我、処刑の場で華麗なる最後を迎え、堂々と退場せんとす

別れの挨拶編

第14話-① 悪役令嬢は牢から月を見上げる


■王都アヴローラ 王宮 翡翠宮「嘆きの塔」5階 特別監房 エルタ小月(8月)5日 11:30


 私は空を見上げていた。鉄格子がはめられた小さな窓から、夏の青空を眺めていた。


 悔いていた。

 自分は耐えられると信じていた。

 それはとんでもない間違いだったと思い知った。


 ずっとユーリスのことを思っていた。

 ひたすらに寂しさが募っていた。

 いまはそれしかできなかった。


 流れる薄い雲を見つめながら、ネフィリアを奪還した日の朝に、ユーリスといっしょに食べたパンのことを思い出す。

 本当においしかった。挟まれていたキジ肉は、少し甘い、私が好きな味だった。


 ユーリスは私のことをよく知っている。何が好きで、何をしたら私が喜ぶのか。


 空の下でいっしょに行儀悪く食べること。

 そばにいてくれること。

 叱ってくれること。

 助けること。

 私を想うこと。


 それを愛という言葉で表現するには、あまりにももったいない気がした。

 ずっと抱きしめ、いつまでもたいせつにしなくてはいけないもののように思えた。


 「いまさらこんな気持ちがわかるだなんて、私は恋人失格ですね……」


 ユーリスの想いに私は何も返すことができなかった。そばにいることを自ら拒否した私は、きっと悪い子なのだろう。


 その日、何度目かのユーリスへの謝罪を思っていたとき、木の扉を叩く音がした。


 コンコン。


 私の返事を待たずに、扉がガチャリと開かれた。

 監房へ5人の衛士と一緒に、ジョシュア陛下とルナイゼン宰相が入ってきた。

 私はいつもと変わらないように声をかけた。


 「これは国王陛下。それに宰相閣下まで。今日はお天気が良くて……」


 パンッ。


 陛下が私の頬を叩いた。

 痛みが刺さる。

 叩かれたところに手を当て、震えるほど怒っている陛下をじっと見つめた。何も言わない私に、しびれを切らしたように陛下は怒鳴る。


 「なぜ、こんなことをした!」

 「こんな? ふふ、うふふ。ああ、そうでしたか。アーシェリは亡くなったのですね」

 「わずかな時間であっても最後までいっしょに居たかった。それをお前は……」

 「私は悪役です。その役をきちんと演じたまでです」


 パンッ。


 また頬を叩かれる。


 「殺したければどうぞ。アーシェリを死なせたのは、この私ですから」


 ジョシュア陛下の怒りが膨らむ。叫びながら頭をかきむしると、腰にある剣の柄に手をかけた。


 「いけません!」

 「おやめください、陛下!」


 そばにいた衛士たちがあわてて叫びだす。陛下がかまわず引き抜こうとした剣をすぐに取り押さえた。


 「放せ! こいつを殺さないといけないんだ!」

 「いまここで罪人の血を浴びたら、陛下も同じ罪人になってしまいます!」

 「いいから放せ!」

 「なりません!」


 なおも剣を抜こうとする陛下を衛士たちが腕をつかみ押さえつける。そのまま扉の外へ陛下を押し込むように連れていく。


 「殺してやるぞ、ファルラ! お前が私からアーシェリを奪った罪は必ず償わせてやる!」


 私に怒鳴りながら、ジョシュア陛下は衛士たちに連れ去られていった。

 残された宰相が、私へ静かに語り掛ける。


 「ファルラ、やってくれたな」

 「何をですか?」

 「とぼけおって。お前はジョシュア国王陛下の勅命により、火刑に処されることに決まった」

 「裁判も開かずに極刑ですか。怒り狂ってますね」

 「ああ。ひどいもんだ。周りへのとばっちりが激しくてな」


 宰相がかけていたモノクルが曇る。

 私は宰相に同情していた。王家の近くいる人々の中で、ひとりまともであることはつらいはずだ。


 「なあ、ファルラ。お前はここまでやる必要があったのか?」

 「ありました。あの円卓でお話ししたとおりです」

 「命あっての物種だぞ?」

 「それは私に助かって欲しいということですか?」

 「私はただ……」

 「あなたたちは何も決められず、私に事態の収拾を丸投げしてしまった。その結果をいまさら嘆いても仕方ないのでは?」

 「しかしだな……」

 「そう思うのなら、あの場で私を助けるべきでした。犠牲になる私を見て、いま悔いているのであれば、洞察力が低いと言わざるを得ません」


 黙り込む宰相に私はうつむきながら言った。


 「初歩的な推理です。私がこうなるとわかるのは」



■王都アヴローラ 王宮 翡翠宮「嘆きの塔」5階 特別監房 エルタ小月(8月)5日 19:00


 小さなテーブルで、パンと薄いスープだけの食事を取り終えたときのことだった。

 扉がノックもされず開かれる。


 やってきたのはセイリス殿下だった

 見張りの衛士に「これを」と言いながら何かを渡し、どこかへと追いやった。


 私は椅子から立ち上がると、セイリス殿下に皮肉を言った。


 「めずらしい生き物でも見に来たのですか?」

 「自己犠牲は人としてはめずらしくはない」

 「私がそうするのはかなりめずらしいことではないかと」

 「自分で言っているのなら世話はない」


 セイリス殿下の黒い美しい髪が揺れる。やさしい顔を険しい表情にさせていた。


 「ファルラ、本当にこのまま死ぬつもりなのか?」

 「ええ、そのつもりですが」

 「枢機卿に言われた言葉を噛みしめている。皆、どうしたらいいのか悩んでいる」

 「悩んでいるうちに私はきっと死んでいますね」


 突然セイリス殿下が大きな声をあげた。


 「そんなことを言わないでくれ!」


 私は静かに告げた。


 「わかっていたはずです」


 その言葉を聞くと、セイリス殿下は苦悩の表情を浮かべる。うつむくと、祈りの言葉を小声でつぶやいた。


 「月の導きがあらんことを」

 「その祈りは、実に腹立たしいですね」


 驚いた顔をしてセイリス殿下が私を見つめた。


 「……なぜ?」

 「セイリス殿下。どうか祈ることに逃げないでください」

 「私はファルラのために……」

 「祈れば済む。そんなことはありません。行動してください。あなたに必要なのは、光差す場所から濁り切った闇へと踏み出す勇気です」


 そう言った私に、セイリス殿下は何かを感じたのかもしれない。静かに拳を握ると、私へ決意を言う。


 「わかった。そうする」

 「これからジョシュア陛下を止められるのは、セイリス殿下だけになります。大好きな人が闇へ堕ちるのを引き留められなかった、私やユーリスのようにはならないでください。どうかお願いします」


 セイリス殿下の目に光が宿る。


 「ああ。私はファルラの勇気を無駄にはしない」



■王都アヴローラ 王宮 翡翠宮「嘆きの塔」5階 特別監房 エルタ小月(8月)7日 22:00


 半分だけの月が夜空から見えていた。ベッドに腰かけ、それをそっと見上げていた、


 ユーリスと初めて出会ったのも、こんな夏の夜だった。青い月光りに照らされて、ユーリスが草原の上に立っていた。「私が君のお化けだよ」と言われたとき、私は自分の死を受け入れた。罪を重ねる母を止められずにいた悪人なのだから、こうして殺されるのは自然なことだと思った。


 「あのとき、ユーリスに殺されていれば……」


 そうして欲しかった。

 そうしていたら、ユーリスと過ごした3年の日々はなかった。


 私は悩みだした。どうすればよかったのだろうと、どう考えても解決できないことを、ただずっと……。


 「お姉ちゃん……、ファルラお姉ちゃん……」


 閉められた扉からミルシェ殿下の声がした。

 私はベッドから立ち上がると、扉越しに小声でたずねた。


 「どうしたのですか? 見張りは?」

 「あまり時間がないんだ。僕はファルラお姉ちゃんに聞きたかったんだよ」

 「何をです?」

 「これでいいの、ファルラお姉ちゃん?」


 私は言葉に詰まる。


 これでいいわけがない。

 でもこうするしかない。


 そんなどうにもならない思いを、私は短く吐き捨てる。


 「……いいんです」

 「やだよ、ファルラお姉ちゃん。寂しいよ……」

 「なら、寂しさに立ち向かってください。ミルシェ殿下ならできます」

 「でも……」


 幼いミルシェ殿下は、これからますます寂しさを募らしていくだろう。


 ジョシュア陛下とセイリス殿下は、人への想いの違いで、きっと争うようになるはずだ。放っておかれたミルシェ殿下は、何をするかわからない。寂しいからと言って、あらゆる手段を躊躇なく取ってくる。


 ……それなら、あらゆる手段というものをなくしてしまえばいい。


 私はミルシェ殿下にやることを用意してあげることにした。ほかのことができないように。


 「ひとつお願いがあります」

 「何? 何でもする!」

 「あなたのお友達にお伝えください。対価を得られず残念でしたね、と」


 明るさを取り戻したミルシェ殿下の声がした。


 「うん、わかった。僕が伝える」

 「無茶はしないでくださいね」

 「あはは。ファルラお姉ちゃんにその言葉をそのまま返すよ」

 「私は無茶など一度もしていません」

 「嘘ばっかり」


 ミルシェ殿下のかわいらしい笑い声が聞こえる。


 「僕は頑張れるから」


 そう言い残して、去っていく足音がした。


 私は扉に背を預けて座り込む。


 私の願った言葉は、魔族へミルシェ殿下を縛りつけることになる。

 いま魔族と接触したら、ジョシュア陛下とセイリス殿下は許さないだろう。きっと魔王は、真意を汲んでくれるはずだ。うまくミルシュ殿下をどこかへ逃してくれる。きっと……。


 私はまた悩みだす。

 これでいいのだろうか……。こうするほかないのだろうか……。

 考えても解決できないことをまたずっと……。



■王都アヴローラ 王宮 翡翠宮「嘆きの塔」5階 特別監房 エルタ小月(8月)8日 16:00


 机に向かってイリーナへの別れの手紙を書いているときだった。扉が叩かれ、衛士のひとりが監房へ入ってきた。私に向かって感情を交えずに用件を伝えだす。


 「ファルラ・ファランドール。人類を危機に陥れた罪により、明日昼に火刑へ処する」

 「……罪、ですか」

 「最後に司祭へ許しを乞え。そうすれば迷わず月へと召されるだろう」


 衛士の後ろから、グラハムシュアー大聖堂で私を助けてくれた若い司祭がやってきた。


 「トファール司祭……」

 「ネフィリア奪還の作戦会議以来ですね。私のほうから枢機卿にお願いして、こちらに来ました」

 「それはそれは」

 「ええと、衛士さん。お願いです。どうかふたりきりにさせてください」


 衛士が司祭へ何か言いたそうににらみつける。


 「ファルラさんは何もしませんよ。私だって先ほど何度も身体検査をしたじゃありませんか」


 衛士は「10分だけです」と言い残して去っていく。


 扉が閉まると、若い司祭は私へ静かに語り掛けた。


 「なぜ、このようなことを……」

 「仕方ありませんでした。誰かが悪役になる必要がありました。たまたま私がその役にふさわしかったというだけです」

 「枢機卿からすべて伺っています。私は思っています。人々はあなたの罪を許さなければならないと……」

 「許す? 何を?」

 「あなたが行った罪をです」



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作者が「牢でひとり静かに思うシーンっていいよね。たとえば、機甲界ガリアンでランベルが……」と語りながら喜びます!


次話は2023年1月26日19:00に公開!

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