第13話-⑭ 悪役令嬢は犯人から真実の告白をされる


 私はデュダリオンへ、一歩二歩と近づいていく。


 「異世界に魔法。魔族と人類の対立。あなたは実に面白い世界を作りましたね」

 「知らん」

 「でも、ちょっと不思議に思うところがあったのです。まず、醤油です」

 「醤油?」

 「ええ、醤油。日本人ならおなじみのものです。ある日、醤油をグリフィン先輩が持ってきました。いただきましたが、味は転生前の記憶と同じでした。ところで、醤油はどう作るかご存じですか?」

 「そもそも醤油自体がわからん」

 「醤油を作るために必要な麹菌は、毒性がないカビというたいへんめずらしいものです。まったく違う世界では、おいそれとは作れません。もしかしてここは日本ではないのか? これが『転生前から変わらない場所にいるのではないか』と考えるきっかけになりました」


 立ち止まる。

 机の前で手を組み、私を見上げているデュダリオンの顔が良く見える。

 このまま攻撃されるかと思ったけれど、そんな素振りは見せなかった。

 私は微笑みながら話を続けた。


 「そう考えると、いろいろな疑問が解決します。なぜ異世界なのに物理法則は同じなのか。なぜ異世界なのに月は同じひとつだけなのか。なぜ異世界なのに日本固有の食べ物があるのか」

 「ほう」

 「そして解決できない問題も残る。米はかろうじてある。小豆がない。あってもおかしくはないのに、ところどころ欠けているものがある」

 「何が言いたい?」

 「あなたたち魔族という生き物もそうです。転生前の世界にはいませんでした」

 「我々魔族はお前たちとは違う。体も考えも……」

 「ええ、そうなんです。あなたたちはどこかからやってきた。だから私は『魔族がいる動機』を考えました」

 「動機?」

 「そうです。すべての犯罪には動機があります。同じようにあなたたちにも動機があるはずです。まずギュネス・メイが、私に良いヒントを与えてくれました」

 「あんな者、我々高位魔族のなかでは最弱のひとりで……」

 「ええ、それでも私達人類は苦しめられました。不死であること、世界に影響を及ぼす魔法が使えること。苦戦しましたが、彼は勇者によってどこか別の世界に送られました」

 「それがどうした?」

 「私は思ったのです。どこへ行ったのか。この世界が転生前の世界と続いているのだとしたら、いったいどこへ?」

 「それは別の世界に……」

 「別の世界とはなんです?」


 私は手にしていた勇者の剣を強く握る。

 やはりデュダリオンには、魔族を退ける結界が効かない。彼は魔族であって魔族ではない。つまり、それは……。


 私は指先を唇に当てながら話を続けた。


 「さて、ギュネスは私が暮らしていた転生前の世界にいたと言ってました。大きな戦争を起こして、この世界へ戻ることができたとも言いました。もし異世界が私の転生前の世界と同じだとしたら、それは過去に行っていたことになります。つまりタイムリープができる。でも、グリフィン先輩はギュネスは古臭いと言っていました。すぐには戻れなかったのです。ユーリスは最近復活したから知らないと。おかしいですよね?」

 「どこがだ?」

 「タイムリープできるなら、どの時間にでも行けるはずです。自分を苦労して閉じ込めた勇者がぼろぼろなうちに戻れば、殺し放題です。それができない。つまり時間の流れは同じなんです」

 「ふむ……」


 デュダリオンが考え込む。そう、考えればいい。そこから隙が生まれる。


 「そしてもうひとつ、転生という仕組みです。なぜ人間の体ごと、この世界に持ち込まないのか。そのほうが便利ですよね。ところがそれができない。ギュネスの例と同じく物理法則に従ってタイムリープができないとしたら、なぜ転生前の記憶を持った人間が、この世界ではたくさん産まれているのでしょうか?」

 「転生前の記憶がどこかにたくさんあって、それを使っているとでも?」


 ふふ。稚拙な鎌掛けです。

 いいでしょう。乗ってあげます。


 「ああ、その通りです。私はそう考えました。なにかこう記憶の保管庫みたいなものがあり、それが使われているのだと。小豆など欠けているものを考えると、おそらく一度、地球から生き物は絶滅したのでしょう。何かが過去の記憶を使って、この世界に生き物を生み出している。そうやって何万年もかけて、ようやくこの世界を生み出した。すべてのピースが当てはまると、この世界は相当な未来だと私は推理しました」

 「だが、穴があるな。お前は、転生前の世界に魔族はいないと言っていた。なら、魔族はどこからやってきた?」

 「それは記憶が少しずつしか取り出せないからです。それこそが魔族が生まれた動機です」

 「なぜだ?」

 「私と母、コーデリア先生は、この記憶を魂魄として考え、どの世界でも魂魄の数は一律同じではないかと考えていました。実際同じです。過去に絶滅していたとしたら、その時点のものしかありませんから。そうだとしたら、この世界は魂魄が少なすぎる。転生前の世界では何十億人も暮らしていたはずなのに。一方で体のほうは勝手に増えてしまう。人の体ができても魂魄はない。それならば、魔族と人類に分けて、定期的に殺し合わせればいい。死者から得られた魂魄は再利用され、まるで異世界から召喚されてきたように、魂魄が少しずつこの世界に継ぎ足されている」

 「誰がそんなことをさせている?」


 私はにやりと笑う。

 誰だと。ふふ、デュダリオンは知っている。意思のある者が、この仕組みを作っていると。


 「そうです。それはどこか。やはり月だと考えます。月に何かがあるはずです」

 「月? 馬鹿な。月には何もないぞ」

 「神はどこにいるかとたずねたら、この世界の人々は月にいると答えます。人が死ぬと月に召されるという月皇教会の教えは、まんざら嘘ではないのでしょう。ギュネスが送られているというのも、月のはずです。大公である先輩が知らないと言うのだから、魔族領のどこかではない。ましてや人類の世界でもない。妖精の道と同じ仕組みで月に送られ、記憶の調整を受けていると考えました」

 「なかなか愉快だ。荒唐無稽すぎるが、嫌いではない。だが、そのような戯言が私にどう関係するのだ?」


 私は息を吸うと真実を言った。


 「ええ、関係します。長樂総一郎の家宅捜査で押収した設定資料と非常に酷似しているのです。ファンタジーにSFで理屈をつけるやり口、おもちゃ箱をひっくり返したような網羅的なシナリオ。あなたが考えそうなことばかりです」

 「違う。私はそんなことは考えない」

 「ここはあなたが考えていたゲームの世界です。自分の想像が現実になるのは、楽しくて仕方がなかったでしょう? きっとどこかで高みの見物をしていると思っていました。この3年近く、ずっと私とユーリスはあなたを探し続けていたのです」


 私は犯人を指さす。


 「さて、デュダリオンこと、長樂さん。楽しかったですか?」


 デュダリオンの顔がゆがむ。

 ふふ、と笑う。

 こらえきれなかったように吹き出す。


 「あはは。ああ、君はあのときの刑事か」

 「ええ。たいへんお世話になりました。爆死させられるとは思ってもみなかったです」

 「面白かっただろう。自分の体が飛び散るだなんて、なかなかできない経験だ」

 「それはそれは」

 「君の言うとおりだ。異世界は存在しない。時空はいつも連続して一本道だ。パラレルワールドはあったとしても、我々には認識できない」

 「では……」


 長樂はゆっくりと立ち上がった。


 「ひとつ言っておこう。私も被害者だ」

 「なぜです?」

 「私もこの世界に連れて来られたからだ」


 腕を上げると、長樂は天上を指差した。


 「あえて神と言っておこう。不毛な地に魂魄を呼び寄せて、始めに魔族を作り、世界を作らせた。私は最初に呼ばれてね。彼らは私の記憶を読み、必要なものを作らせた。魔族領の最深部に行けば面白いものが見られる。高位魔族たちが作られた最初の機材、ゴブリンといった亜人類を少ないリソースで生み出せるプランテーション施設がある」

 「なるほど。SFについては、どうもうとくて。あなたにとってはさぞ楽しいことなのでしょうね」

 「皮肉かね?」

 「ええ。まさに皮と肉です。魔族側の兵器が、生体を使った趣味の悪いものなのは、それがもっともコストがかからないからです。水耕栽培で野菜を作る工場のような、効率的な育成施設があると思ってました」

 「なんだ、わかっているじゃないか。高位魔族の体も人に近いが人ではない。みんな作られたものだ。そうでなければ世界を作るなどという過酷な作業に適応できなかった」

 「たくさんの時間を使い、リソースをすり減らすほどに?」

 「ああ。ずいぶん長くかかった」

 「だからあなたは直接見たくなったのですね。手間暇かけて作った自分の世界を」



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作者が「犯人の告白って燃えるよね。たとえば、犬神家の一族でさ……」と語りながら喜びます!



次話は2023年1月24日19:00に公開!

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