第13話-③ 悪役令嬢は王の候補たちに聞き込みを始める
私は微笑んで、円卓の席に着いている人々を見渡した。
宰相は目をつぶって腕組みをしている。
ジョシュア殿下は渋い顔をして、横目で私を見ている。
セイリス殿下はただテーブルの真ん中を見つめている。
ミルシェ殿下はにこにことしているけれど、私の方を見ていない。何かを考えている。
この人たちは……。
自分で決められないのですね。自分のことなのに。
だから来たくはなかったのです……。
ジョシュア殿下が、学生時代と同じような気安さで私へ話しかけた。
「いいのか、ファルラ?」
「何がです?」
「またお前に迷惑をかけることになる」
「いつもかけっぱなしでは?」
「今回は王の選定なんだ。私が選ばなければ、お前がミルシェやセイリスの不興を買うことになる」
「それが?」
「お前は……。雨で濡れたお前にコートをかけてやるようにはいかないのだ」
私はこほんと咳払いをする。
「ジョシュア殿下にあらせられましては、愛する奥方にご配慮したほうがよろしいのでは?」
「なんだ、それは」
「私に馴れ馴れしくするな、ということです。妃殿下が見てらっしゃいますよ?」
「む……」
そのまま椅子に深く座り、ジョシュア殿下は黙り込む。
まったく。
誰を選んでも私が悪者になる。
そんなことぐらい、ここに来る前からわかっている。
私は手を広げ、円卓にいる人たちに向けて、役者が芝居をするように話しかける。
「私は妃殿下に依頼を受けた一介の平民でございます。依頼人の期待に出来るだけ応えるというのが、私が生業としている探偵の務めであります」
それからアーシェリに向かって言う。
「ヨハンナさんからも、助けてやって欲しいとお願いされています」
アーシェリの顔がパッと明るくなった。
「みなさんよろしいですか?」
黙っていた。みんな口を開かなかった。
ふふ、うふふ。
では、私が好きなようにやらせてもらいましょう。
「それでは、席につかせていただきます」
ユーリスがアーシェリと宰相の間にある椅子を引いてくれた。そこに座ると、私はにんまりと笑った。
宰相がゆっくりと口を開く。
「まず現状を話しておこう。魔族の襲撃による王都の惨状は散々たるもので、復興については連合王国軍を割り当てたとしても3年以上、年間予算の4割以上はそちらにかかる。連合王国軍の維持費ですら重い負担になり、いずれにしろ当面赤字になる見込みだ」
「貴族たちを締めあげるほかあるまい」
「ジョシュア殿下、本気で言っておられますか?」
「冗談を言うほど暇ではない」
「よろしいですか。貴族のおよそ半数がユスフ家についております。これ以上締めあげたら、離反者が増えるだけでありましょう」
「離れたい者はそうすればいい」
「それではユスフ家の力が増すばかりですな」
宰相が諦めたようにため息をつく。
なるほど。アーシェリが私を呼ぶわけだ。王位継承の順で言えば新国王はジョシュア殿下になるけれど、アレな性格のせいで、全員「うん」とは言いにくいのだろう。
私は宰相にたずねた。
「いまユスフ家はどんなことになっているのですか?」
「連合王国の根幹を成す三つの国が離反。ユスフ家のもと、新しい国家体制を作ると言っている。国家承認されたら連合王国への食料や物資の提供、資金援助は惜しまないとも」
「脅しに近いですね。豊かな南方の国々なのでしょう? 北方の魔族と板挟みですか。ユスフ家に足元を見られましたね」
「それはもう見事にな」
宰相が苦笑いをする。
ジョシュア殿下が苦々しく言う。
「実に馬鹿な者たちだ。ユスフ家がそのままの貴族制を取るわけがなかろうに」
「どういうことです?」
宰相が口を挟む。
「議会設置をするそうだ。国家運営は議会と平民が担うらしい。ユスフ家は今まで通り国家運営そのものにはたずさわらない。まったく狡猾な奴らだ」
「イリーナらしいですね。裏からこっそりやれと言った私の助言を忠実に守っている」
「お前はそんなことをあの嬢ちゃんに言ったのか。はた迷惑な……」
ジョシュア殿下が怒りに任せてテーブルをドンと叩く。
「離反した貴族など、ユスフ家にいいようにあしらわれて捨てられるだけだ。なのに、なぜわからんのだ」
わかっていないのはジョシュア殿下のほうでしょうに。
この人は貴族という金づると力の源泉を捨ててしまった。
私はまた芝居がかった仕草で嘆いて見せた。
「ああ、なんておぞましい。貴族たちの命運は、そして我がアシュワード連合王国はどうなってしまうのでしょう」
宰相が私に向かって拍手をしてくれた。虚ろな音が大きなホールに響く。
「名演技だよ、ファルラ・ファランドール。演劇好きだった陛下もさぞ喜ばれているだろう」
「それはそれは」
「いいか。亡くなられた陛下は遺言をいっさい残さなかった。事態は切迫している。新しい国王の下、我々は団結して諸問題を解決しなければならない。方針がどのようになっても、新国王が言うことだから、で押し通すしかない」
「ところが誰が王になっても一長一短。ジョシュア殿下はこの通りですし。だから自分たちでは決められない。そういうことですね?」
「ああ、そのとおりだ」
私はしたり顔で言う。
「では、関係者の証言を集めてみましょう。まずはミルシェ殿下から伺いたいのですが」
「なにを? ファルラお姉ちゃんにだったら何でも答えるよ」
「あなたが国王になったら、連合王国をどうされるのです?」
「魔族達と講和するんだ」
なんだそれはという顔をして、宰相と殿下たちが、一斉にミルシェ殿下を見つめた。
私は続けてたずねた。
「どういうことです?」
「魔族にも耳と口があるんだ。取引はできる。対価さえ差し出せばね」
「それで北方を落ち着かせてから、南方のユスフ家を落とすと?」
「そうだよ。北方の人たちは手伝ってくれると思うんだ。僕達はそれで安泰になれる」
「魔族に食われたくなければ、南方を落とせ、ですか」
「最もいい案だと思うけれど、違うかい?」
表情を変えず、にこにことしている。
かわいいのにかわいくない。
「魔族と結託してるのに講和も何も……」
「なんのこと?」
きらきらと目を輝かせて、幼い王子は私を見つめた。
きっと知っている。陛下が自分の代でおしまいにしたかった王家の暗部、そして魔族とのつながりも。
「ありがとうございます。ミルシェ殿下。お気持ちはたいへんよくわかりました」
「そう? 良かった。ファルラお姉ちゃんの役に立てられて」
「ええ、そうですね……」
私はため息をつきながら、目線を下に落とす。ミルシェ殿下は正しいけれど、これまで魔族に抵抗してきた人類には受け入れがたい策だ。大勢の人から反発され、やがて王家は滅ぶだろう……。
顔を上げ、セイリス殿下のほうへ振り向くと、私はやさしくたずねた。
「さて、次はセイリス殿下にお伺いします。あなたは国王になったらどうされるのです?」
「私は……」
セイリス殿下が口ごもる。私はうながすように言う。
「おやさしいのはわかりますが、いま言わないと、きっと後悔されますよ」
私の言葉を聞くと、目をつむり考え出した。セイリス殿下の黒髪が美しい顔にはらりと落ちる。それから意を決したように話し出す。
「私はすべてを民に明け渡し、アシュワード王家から身を引く」
それを聞いたジョシュア殿下が、セイリス殿下へ噛みつくように叫ぶ。
「なんだと! いまがどういう状況なのか、わかってるのか?」
「ああ、わかっている。だからこそだ」
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次話は2023年1月13日19:00に公開!
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