第13話-④ 悪役令嬢は推理し国を救う提案をする


 「セイリス、お前は何を言っている?」

 「私が国王になったら議会を発足させ、国を統べる権利を議会へ譲る。王政を廃止し、貴族も王家も平民も、同じ国民として扱う」

 「それではユスフ家と同じではないか!」

 「そうだ。そうしなければ、人類世界に平和はやってこない」

 「馬鹿な……。無責任だ!」

 「そうは思わない。こうして民を混迷に陥れている我が王家が、すべての責任を取らなければならない」

 「気でも狂ったのか!」

 「ジョシュア兄さんこそ、ずっとおかしい!」

 「なんだと!」

 「責任に押しつぶされそうなのはわかっている。なのに、なぜ私を頼らない!」

 「頼れるのなら頼っている!」

 「私が頼りないとでも!」

 「違うのか!」


 声を荒げるふたりに、私は微笑みながら話しかける。


 「まあまあ。兄弟喧嘩はワーウルフも食わないと言うじゃありませんか」

 「ファルラ、お前は……」

 「どっちの味方だ、なんて聞かないでくださいね。ジョシュア殿下」


 私は目をそらす。

 責任があるといって仕事を背負い込む人ほど、実力がない。


 「セイリス殿下。よくおっしゃってくださいました」

 「私は、ただ……」

 「良いのです。セイリス殿下が、ジョシュア殿下、そして連合王国を思う気持ちは、私にもよく伝わりました」


 私は嘘をつく。

 自己責任を取りたがる人ほど、そうすれば許されると思って周囲をめちゃくちゃにしてしまう。


 「そうだよ、お兄ちゃんたち。もっとうまくやらなきゃ」

 「ありがとうございます、ミルシェ殿下。確かにうまくやる必要がありそうです」


 私は複雑な思いを隠す。

 二面性があるこの子の、正し過ぎて残酷な内面に結局触れることはできなかった。


 手をパンと叩き、私は三人の王子たちの注目を集めた。


 「民衆に権力を渡すのは、慎重に進めないといけません。ある国では、権力が二重構造になっていました。王家と武力の長、天皇と将軍という名前でしたが、ふたりの最高権力者が国を統べていたのです。将軍に不満を持つ者たちによって革命が起きたとき、将軍から天皇へ権力を明け渡すことで、さほど国民の血を流さずに済み、国体を守ることができました」


 日本で起きた明治維新は、本当に良くできていた。外圧にさらされる中、誰もが良い選択を取った。社会をよく見ていてやさしい性格だったと言われる徳川慶喜が、尊王派に迫られて天皇へ権力を渡したところは、セイリス殿下に重なるところがある。

 私は息を継いで、話を続ける。


 「さて、アシュワード連合王国で、民衆が倒すべき権力の持ち主は、この王家にほかなりません。何もしなければ、いまこの席にいる方々は怒り狂った民衆にみんな殺されますね」


 権力を王政に集中させていたフランスやロシアでは、民主革命が起きたときに大勢の血が流れた。フランスは国内の粛清が相次ぎ、あげくに王政復古までして混迷を極めた。ロシアでは白軍と赤軍に分かれて内戦が続き、それに勝利した赤軍は、疲弊した最中で世界大戦に巻き込まれていく。


 私は転生前の世界の歴史を知っていた。国の命運が尽きるさまを知っていた。

 そんな自分を思わず呪った。


 ここにいるのは、みんないい人たちだ。

 でも、時代はそれを許さない。


 アーシェリがまっすぐ前を見つめたまま、口を開いた。


 「では、アシュワード王家はどうすればよいのでしょう? このまま滅亡すればよいと?」


 ふふ、うふふ。

 さすが、アーシェリです。そうです。滅亡してしまえばいい。


 「みんなで連合王国から離反しましょう」


 私はにっこりと笑った。


 「「「「は?」」」」


 席に着いている全員が私に声をあげる。それを制するように言葉を続けた。


 「国を割るのです。ジョシュア殿下派、セイリス殿下派、ミルシェ殿下派。それぞれ貴族、月皇教会、魔族や北方民と、後ろ盾がきれいに分かれて良いかと思います」


 ジョシュア殿下が口の端に泡を飛ばしながら怒りだす。


 「何を言う! お前は何を言っている! そんなことをしたら連合王国は血みどろの内戦になるではないか!」

 「ええ、そうです。まずミルシェ殿下は北方で挙兵。魔族と結託して南に向けて進軍してくることでしょう。兄弟を皆殺しにするまで、戦いは続くはずです」


 ミルシュ殿下が笑い出す。


 「あははは。ファルラお姉ちゃん、僕はそんなことしないよ」

 「では、しないという約束を、いまここでなさいますか?」


 何も言い返さず、ミルシュ殿下はただ笑っていた。そのあどけない瞳に、鋭い光が混じっている。


 「セイリス殿下はおそらく月皇教会のコマとして動かされます。殿下がどう思おうとも、いいように使われてしまうことでしょう」

 「そんなことは……」

 「では、教会に集う純粋無垢な人たちの願いを無碍に断れますか?」


 それを聞くと、静かにセイリス殿下がうつむく。


 「ジョシュア殿下は、黙っていても誰かに殺されます。あなたは無意味に敵を作り過ぎました」

 「私は良かれと思ってやっている」

 「それがいちばん良くないのです。実にひとりよがりでしたね」


 ジョシュア殿下はふてくされながら頬杖をつく。

 アーシェリが私にたずねる。


 「国を割り、内戦をして、誰かが勝利したとします。そのあとの連合王国は、そこに集う人々はどうなるのですか?」

 「そうですね。きっと、ここにいる人たちは、その頃にはみんな月に召されています。知ったこっちゃないですね」


 みんなが一様にうめき出す。「ファルラはこれだから……」、「まったく……」と口々に嘆く。


 実際のところ、ほかに方法がない。あったとしても、ユスフ家や魔族から圧迫されているいまでは、打てる手は限られる。

 そう。だからこそ、私はここに来た。


 いまから話すささやかな裏切りを、ユーリスは許してくれるだろうか……。

 私は手を握り締める。それから、探偵が推理した真実を披露するように、この国を救う方法を話し出した。


 「さて、みなさん。いいですか? 新国王の即位に時間がかかれば、そうしたくなくても内戦へ進みます。何もなされないことに焦れた人々、不満を溜めた貴族、悲しみと怒りに満ちた教徒たち。みんな暴れたくてうずうずとしています。なるべく早く国王を決め、その新しい国王がこのような人々から、多く支持されるようにしなくてはいけません」


 ジョシュア殿下がぼやく。


 「それができれば、このような会議を10回も繰り返していない」

 「そうでしょう。本当にそうです。だから私は思うんです。悪役が必要だと」

 「悪役?」

 「王家の失態をとりつくろって、みんな私のせいでしたと死んでお詫びする、そんな悪役がいるのです。悪役を新しい国王がやっつけてくれた。みんなで倒したんだ。そう思わせることができれば、みんな納得して新国王を支持してくれます」

 「誰だ、それは?」

 「悪役なら、ここにいるじゃないですか」


 私はにやりと笑い、自分の胸をぽんと叩いた。


 「この私が、その悪役になりましょう」



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次話は2023年1月14日19:00に公開!

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