第13話-② 悪役令嬢は踊る会議に招かれる
「いたたたた! 痛いですって! 何するんですか」
「今頃になって請求しにくるなんてありえません。その値段で私達を働かせたほうが安くつくでしょうし」
ユーリスが投げつけたカップひとつで、このパン屋さんの1年の売上に匹敵するとは言わないでおこう。
アーシェリのメイドが、こんな私達のやり取りを見てくすりと笑った。
「楽しい方たちですね。妃殿下からうかがったとおりです」
「そうですか? それはそれは」
「おふたりにはお礼を言わせてください。私の両親はロマ川沿いに暮らしてました。助かったのは、おふたりのおかげです」
「ああ、あの化け物が火を放っていたところでしたね。私達には人を助ける力なんてありません。ご両親が生き残れたのは、ご両親自身のお力です」
「それでも感謝させてください。ありがとうございました」
丁寧にお辞儀をするメイドに、私とユーリスは、何だかこそばゆいような気持ちになった。
……助かった人がいたのは嬉しいことですが、直接お礼を言われるとちょっと恥ずかしいですね。
「ファランドール様、本日うかがったのは、こちらをお渡しするためです」
「……手紙、ですか?」
「アーシェリ妃殿下より、ファルラ・ファランドール様とユーリス・アステリス様に、なるべく早く参内されるようにとのお申し付けです」
私達は顔を見合わせる。
王宮に軟禁されているはずのアーシェリから直接呼ばれるなんて。
「失礼ですが、このことをどなたかに?」
「ええ。誰にも。とくにジョシュア殿下のお耳に入れてはいけないと、きつく言い渡されております」
「秘密で会いたい、ということですか?」
「私にはわかりかねます」
主人の言うことには関与しないという模範的なメイドの回答を聞きながら、私は考え込んだ。
また、面倒なことを……。
顔をしかめている私に、ヨハンナさんが声をかけた。
「行ってやっておくれよ。きっと助けが欲しいんだ」
「まあ……。私としては関わりたくないことだと思うのですが……」
「そんなこと言わずに。うちの娘によろしく伝えておくれ」
大きなため息をつくと、私はいろいろなことをあきらめた。
「ヨハンナさんにそう言われては仕方ありませんね。すぐ支度してうかがいます。瑠璃宮へ向かえばよいですか?」
メイドの目が少し曇る。
「いえ。夏の離宮、紺碧の宮です」
■アシュワード連合王国 王都アヴローラ「紺碧の宮」 大ホール「歓喜の間」へ続く廊下 ジュノ小月(6月)25日 19:00
歩くたびに赤い絨毯が私の足をくるぶしまで包み込み、まるで雲の上を歩いているような感じにさせてくれた。
いつもひとりでここを歩いていた。父に追い立てられ、心細くて泣きそうな気持ちを抱えたまま歩いていた。このふわりとした感触だけが、私を慰めてくれていた。
いまはユーリスと手をつないで、ふたりで歩いている。
不思議な感じがしていた。良くないようにも思えた。
でも、私はこの手を離さなかった。
この手を握っていれば、心細くなったり泣きそうには、絶対にならないから。
「ふふ」
「ファルラ、何笑ってるんです?」
「いえ、去年の夏は、ここをひとりで歩いていたなって」
「あのときは顔色が真っ青でしたよ」
「そうでしたか?」
「そうですよ。だから私は声をかけたんです。私のためにこれから戦う人へ、応援がしたいなって」
「あれは応援でしたか」
「届きました?」
「ええ、しっかり届きました」
「それは良かったです」
「いまも顔色は真っ青です」
「そんなふうには見えませんよ?」
「応援が欲しいのです」
「それならそう言ってください。もう」
ユーリスが立ち止まる。私も歩くのを止めた。握った手をそっと引くと、私をそばに寄せた。
私に向き合うと、ユーリスは真剣な表情で言う。
「ファルラ、大好きです」
「ありがとう、ユーリス。私もです」
私は少しうつむいて、そう言う。
ちょっと恥ずかしかったから。
にししといたずらっ子のようにユーリスが笑いだした。
「私は幸せなんです、ファルラ」
「そうですか。それは良かった」
私も笑う。そして、私は進んでいた先を見る。
私達の幸せを阻む者たちがこの先にいる。
「行きますか、ファルラ」
「もちろんです」
私達は笑うのを止め、その先へ向かって歩き出した。
その前には、いかついふたりの衛士が黒く厚い扉を守るように立っていた
にやりと笑うと、私はひとりごとのように言う。
「さて。ここで踊っている人はいるのでしょうか?」
「いるんでしょう、ファルラ?」
「ええ、きっと。結論を出せず、堂々巡りというダンスをしていることでしょう」
「じゃあ、ファルラがなんとかしなくちゃ」
「私には、本来どうでもよいことですが……」
「もう、そんなこと言って。かわいそうでしょ?」
「ユーリスがそう言うのなら……」
ふふ、うふふ。
私は悪人のように残忍に笑う。
「では、この探偵がなんとかしましょう」
衛士の前まで歩くと、メイドから貰った手紙を差し出した。
「アーシェリ妃殿下からの招待状です」
衛士のひとりがそれを受け取る。封筒をめくり中身を確認すると、黙ってうなづいた。
衛士ふたりで重い扉を開ける。ギギギギギと音を立てながら扉が開いていった。
■アシュワード連合王国 王都アヴローラ「紺碧の宮」 大ホール「歓喜の間」 ジュノ小月(6月)25日 19:10
その向こうは、まばゆい光に照らされた大ホールだった。
冷たくて白い石のタイルが、その光を浴びてぴかぴかと光っていた。
大ホールにぽつんと丸い机が置かれていた。そこには、この国の最高権力者たちが座っていた。
誰も話さず、重苦しい雰囲気を漂わせたその場所へ歩いていく。
カツカツという私達の靴音が、静かなホールに響いていく。
座っていたひとりが私達に気づいて振り向いた。私を見るなり、ルナイゼン宰相がげんなりとした声をあげた。
「逃げ遅れたのか。さっさと王都から去ればよかったものを」
「そういうわけにはいきせん」
斜向かいに座っていたアーシェリが声をあげる。
「私が呼びました、宰相閣下」
それを聞いて、隣に座っていたジョシュア殿下が目を丸くする。
「どういうことだ? 私は聞いていないぞ?」
「なら、いま聞くことです。私は王太子妃です。このいつまでも決まらない会議に終止符を打たなければなりません」
アーシェリが凛とそう言う。
泣いていた町娘はもういなかった。妃としての風格と威厳がそこにはあった。
たくましくなったね……、アーシェリ。
もっとも、あの逃げ出し勇者が育てた子供ですから、当然ですか。
セイリス殿下が「適任だと思う」と言って静かにうなづいた。
ミルシェ殿下が「ほら。言った通り、また会えたでしょ、ファルラお姉ちゃん」と、にこにこと可愛らしく微笑んだ。
宰相が大きくため息をつく。
「決まるのなら、なんでもかまわん」
アーシェリがうなづく。私に向かって、真剣に静かに言う。
「ファルラ・ファランドール。あなたには、この王位継承会議の行く末を見守り、国王を選定する義務があります」
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作者が『踊る大捜査線』のテーマ曲に合わせて踊って喜びます!
次話は2023年1月12日19:00に公開!
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