我、お別れの推理を皆に披露し、彼方へと旅立たんとす

最後の事件編

第13話-① 悪役令嬢は助手を抱えて寝てしまう



■王都アヴローラ ベーカリー街「焼きたてパンの店 221 B.コルネイユ」 2階のファルラの部屋 ジュノ小月(6月)25日 8:00


 朝の気配をベッドの中で感じていた。


 行き交う人々の足音、馬車が石畳の上を駆けるリズムの良い音、階下のパン屋から広がる香ばしい匂い。

 それでもまだ布団の中が恋しかった。


 私は覚めてくる意識を無理矢理夢の世界へ戻そうと、掛け布団をぎゅっとつかむ。


 「ファルラ、起きてください。朝ですよ」


 ユーリスが私を起こそうとしている。

 薄く目を開くと、メイド姿のユーリスが私の顔をのぞき込んでいる。ちょっと怒っているようだった。


 「最近のファルラはお寝坊さんですね」


 私は掛け布団をつかんだまま、ユーリスに詫びた。


 「すみません。資料を読んでいたら朝になってしまって……」

 「今日の朝ご飯はどうします?」

 「まだ少しだけ寝かせてもらえると嬉しいのですが……」

 「もう。ここのところ、朝ごはんが私ひとりなんですよ?」


 私は掛け布団から腕を出して、ユーリスのほうに差し出す。


 「それはそれは。ユーリス、すみません。起きるのを手伝ってください」

 「ファルラは甘えん坊さんですね……、え、ちょっと、きゃっ」


 近づいてきたユーリスの首に腕を回して、ベッドに引き込んだ。私の上にユーリスが倒れ込む。少し驚いた顔を近くで見ながら、私はたずねた。


 「推理します。私のために毎朝パンを焼いて用意しているのに、食べてくれない。調査にかかりきりな私を邪魔したくなくて、声をかけられない。そんなところですか?」

 「……嫌な探偵さんです」

 「当たりましたか」

 「ええ、そうですよ」

 「寂しいですか?」

 「もう……。言わせないでください」


 ユーリスが力を抜く。私に体を預ける。心地よい重みをゆっくりと感じる。


 「ユーリス、寂しい思いをさせてすみません」

 「謝っても許しませんよ」

 「私も寂しいんです」

 「ファルラ……」


 ユーリスの頬に手を添える。そのまま唇を重ねる。温かくて柔らかい。絹のような吐息を感じる。ああ……。私はユーリスが大好きだ。湧き上がる感情がそれを教えてくれる。


 少しとまどいながら、ユーリスが体を離した。

 私は腕を横へ伸ばし、ベッドをパンパンと叩く。それは私達の間では、腕枕をしてあげるという合図だった。

 ユーリスが少し困りながらも、顔を少し赤くして言う。


 「5分だけですよ」

 「じゅうぶんです」


 ユーリスが掛け布団をめくる。ベッドへ入り、腕枕に寄りかかると、私に背を向け布団をかぶる。向けられた背中を私はやさしく抱きしめた。華奢で温かいその体を深く感じる。


 髪に顔をうずめると、いい香りがした。香油を変えたのだろう。それは最近ユーリスに似合うと私がプレゼントしたものだった。


 芯のあるけれど少し甘い、ユーリスのような香り……。ふふ、贈った物を使ってくれることが、こんなにうれしいだなんて。初めてです。こんな気持ちは……。


 ユーリスと出会ってから、よくわからない感情をたくさん知った。

 たとえば、こうやってユーリスの体を抱きしめると、ぽかぽかとした陽射しのような心地よさをじんわりと感じる。


 ユーリスは「それが安心というものです」と、笑いながら教えてくれた。

 子供の頃から、そんなことは感じたことがなかった。父にも母にも甘えることはできなかったし、誰も教えてはくれなかった。


 それがここにいまある。

 こうやって、ユーリスが教えてくれる。

 でも、もう……。


 いつのまにかユーリスが寝息を立てていた。

 ふふ。まあ、いいでしょう。

 私もなんだか……眠く……。


 私達はそのまま寝てしまった。

 ずっとこの感情を忘れないように。

 ユーリスが消えてしまっても覚えていられるように。



■王都アヴローラ ベーカリー街「焼きたてパンの店 221 B.コルネイユ」 2階のファルラの部屋 ジュノ小月(6月)25日 16:00


 最初に起きたのはユーリスだった。「ぎゃー!」という叫び声で、私も目が覚める。


 「……ユーリス、なんですか?」

 「窓! ほら! 陽が!」

 「ああ、もう陽が傾いていますね。ちょっと寝すぎましたか」

 「ちょっとどころじゃないです! ヨハンナさんの手伝いがっ! 店番がーっ!」


 ユーリスがあわてて掛け布団をめくる。ベットから勢い良く出ようとしたら、うっかり布団に足を取られて体がつんのめり、どでんとベッドの下に落ちてしまった。


 「痛くありませんか?」

 「痛いですよ!」

 「そんなにあわてなくても」

 「あわてます!」


 私はベッドからゆっくりと出て、足を床に下ろす。ユーリスに手を差し出して起こすと、メイドらしい実用性しかない厚いスカートをぱんぱんと振り払った。


 「ユーリス、私もいっしょに怒られに行きます」

 「でも、ファルラは……」

 「私も共犯です。ふたりならなんとでもなりますよ」

 「……そうですね」


 さっきまで泣きそうな顔で焦っていたユーリスが、にししと笑った。


 私は寝巻の上から適当にガウンを羽織ると、そのまま靴を履き、ユーリスと一緒に下へ降りた。

 廊下に出て、橙色に染まる店先へと出る。レジのカウンター越しに、ヨハンナさんがひとりのメイドと話しているところだった。


 「やっと起きたかい。ふたりにお客さんだよ」


 そうヨハンナさんに紹介される。

 誰だろう。見覚えがある……。


 じろじろ見ていたら、そのメイドはスカートの裾を持ち、私達へ丁寧にお辞儀をした。


 「シャーロット・アーシェボルトと申します。王太子妃アーシェリ・アシュワード様のレディースメイドを務めさせていただいております」


 そこでようやく思い出した。


 「ああ、そうでした。ユーリスがミルシェ殿下にお茶を投げつけたときにいた方ですね。たしか、あのときもアーシェリからの手紙を渡してくれて……」


 ユーリスの顔がみるみる青くなる。


「やっぱり弁償させられるんですか! 高かったですよね? 王室が使っている茶器なんか、とんでもなく高いですよね? トレイだって銀でしたよね? へこんじゃいましたよね?」


 早口でそうまくしたてるユーリスのおでこを、私はぺしぺしと叩いた。



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作者が「むにゃむにゃぷちゅーん」と寝ぼけながら喜びます!



次話は2023年1月11日19:00に公開!

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