第12話-終 悪役令嬢は雨の中をふたりで駆ける
「我が父、月の恩寵下にある我が君、アシュワード連合王国国王ロマード・ルーン・アシュワードは、月へと旅立ちました。父上は……」
殿下の言葉が詰まる。
どうしたのだろうと階下を見ると、殿下が泣いていた。むせび泣いていた。そのまま泣きながら言葉を途切れ途切れに口から出す。
「私にはやさしくしてくれた父上でした……。夏には兄弟たちと川辺で遊び、よく体を水の中へ投げてもらいました……。寒い雪の中で凍えていたら、着ているコートの中に入れてもらえました……。いつも私のことをやさしく、それはやさしく見守ってもらい……。なぜ……。なぜ父上は私の前からいなくなったのですか……。私にはまだ……、まだ父上から教わらないといけないことが……、まだたくさんあるのに……」
手すりから離れ、疲れたように後ろの椅子に座る。ジョシュア殿下の嗚咽が、大聖堂にどこまでも響いていた。
「陛下から何も教えてもらえなかったのですね」
唇に指を当てながら、ジョシュア殿下の後ろにある物言わぬ棺を見つめる。
「いえ、違いますか。親を乗り越え、人々の輪の中へ子供が一歩踏み出すところを、陛下は見たかったのでしょう」
そうひとりごとをつぶやくと、席から立ち上がる。黒いドレスの裾をぱたぱたとはたく。
「きっと愛情のかけ方を間違えたのです。でも、それは、私には少しうらやましいことですが……」
意地悪だったけれど、実の父親になって欲しかった。そう思った。
小さな階段を降り、大聖堂の出口へ向かう。そこは、動揺している貴族たちの話声でうるさいほどだった。1年で王家の者がふたり亡くなったことで、貴族たちは及び腰になっている。そして離反したユスフ家が、陛下の葬儀に来ていないことが決定的だった。泣いているジョシュア殿下に、王家と連合王国の将来を見てしまったのだろう。
「感情に任せて泣いてはいけなかったようですよ、ジョシュア殿下」
私は大聖堂の外へ向かう。王家を見限った何人もの貴族たちが、私に続いて大聖堂から出ていく。この流れは止まりそうにない。
黒い傘を差しながら大聖堂の壮麗な大玄関を出ようとしたときだった。聞きたくなかった声に呼び止められる。
「やあ、ファルラ」
「父上……」
うっかり会うとは……。また葬儀の途中だ。王家と家格にこだわっていた父が、中座するとは思ってもみなかった。
父は低い声で私にたずねる。
「どうしたんだい、その目は?」
「魔族と戦っているときに負傷しました」
「そうかい。すっかり傷物になってしまったね」
あいかわらず人を売り物のように言う。いらいらしながら私は言い返す。
「私はもうファランドール家から離れています。父上も欲しかった称号を得ているでしょう。いまさらなにを…」
「そうだね。どうしてこの葬儀に来られたんだい? 平民の地位では入ることすらできないのに」
「それは……」
手にしていたのはジョシュア殿下から個人的にもらった招待状だった。父上に見られると「殿下とよりを戻せ」とか、「側室になれ」とか面倒なことを言い出すに違いない。私はそっと招待状を背中に隠すと、言い訳を考え始める。それを無視するように父が話し出す。
「ユスフ家とつながりがあるからだろう? それなら理解できる」
「……何ですか、それは」
「魔法学園でユスフ家の当主と仲良くなったのだろう?」
「何が言いたいのです?」
「ユスフ家に取り次いで欲しい。わかるだろう、ファルラ。ここでは口にできないが……」
父まで王家を見限るつもりか。
アーシェリを養子に迎え入れることで、ジョシュア殿下の花嫁の父となったのに。
「そうですか」
私は傘を広げ、父に背を向けて歩き出した。何かを叫んでいたが、私の耳には届かなかった。
ほんとうにどうでもいい。どうでも……。
駆けるようにその場から離れる。
大聖堂の前の大通りを歩く。灰色の雲から傷だらけの王都へ、しとしとと雨が降る。石畳を濡らし、家々の屋根を伝い、行き交う馬車が滴を散らして走り去る。
ジョシュア殿下と父に会ったことで、私にはどうにもならない感情が沸騰していた。
早くユーリスに会いたい。すぐに。一刻も早く……。
お菓子の商店の前で、メイド服姿のユーリスが傘を差して待っていた。つまらなさそうに空を見上げている。
私は傘を手から離す。
そのまま駆け出し、ユーリスの体をぎゅっと抱きしめた。ユーリスが困ったようにたずねる。
「どうしたんですか、ファルラ?」
「疲れました」
「葬儀で何かありました?」
「血の繋がっていない親子は愛情にあふれて、血が繋がっている親子は敵対するばかりです。どうして私はこんな……」
「私も血は繋がっていませんよ。ああ、でも半分はファルラのお母さんの血でしたね」
「では、私達は一体なんですか?」
「家族です」
そう言うとユーリスはにししと少年のように笑った。八重歯をのぞかしながら、楽しげに言う。
家族……。
父とは、それは呪いの言葉だった。
母とは、それは後悔の言葉だった。
ユーリスとは……。
「ファルラ、今日はごちそうです! 大きなキジをオーブンに仕込んでおきました。ほら、肉屋さんとこの。あの人がお礼にって持ってきてくれたんです」
「……それはおいしそうですね」
「きっとじゅわじゅわのぱりぱりですよ! 久しぶりにヨハンナさんが家に帰ってきます。いいお酒も出してお祝いしちゃいましょう」
「そうですね……」
私はユーリスの体から離れると、そのまま手を取る。指と指が絡み合い、ユーリスの温かさを素直に感じることができた。
もっと触れていたい。
もっとこうしていたい。
とてもほっとする。
とてもやさしくなれる。
握りしめたその手を見つめながら、私は困ったように微笑んだ。
「ふふ。私はずいぶん欲張りになりました。私にはわからないのですが、これでも家族でしょうか?」
「もちろんです。ああ、でも。恋人でもありますからね? そこは忘れないようにしてくださいね」
「ええ。忘れることなんかできません」
私達はくすくすと笑い合った。それからひとつの傘にふたりで入り、灰色の街へ歩き出した。
「ありがとう、ユーリス」
「いいえ、どういたしまして」
堂々と私達は歩いていく。ふたりで傘を持ち、手を重ねて歩いていく。
大聖堂の近くでは、月皇教会の司祭や信徒が多い。同性愛を禁じている教義から、私達を咎める者も出るだろう。
どうでもいい。
どうだっていい。
だって私達は家族なのだから。
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作者が「家族ばんざい!」と叫びながら喜びます!
次話は2023年1月10日19:00に公開!
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