第12話-⑦ 悪役令嬢は葬儀に参列する
「追いかけないと」
ユーリスがそうつぶやく。私は駆けようとしたユーリスを腕を捕まえて、それを止めさせる。
「無駄です」
「魔王を止めなくちゃ。そうしなければ、もっと大勢の人が……」
「止まりませんよ。それに……」
「なんです?」
「大規模な作戦を行う力は、もう魔族に残されていません。王都で彼らが払った犠牲は多大なものです。兵はたくさん生産できますが、指揮する高位魔族はおいそれと作れませんからね。しばらくは大丈夫です」
「でも……」
「ユーリスは間違えています。こんなもので済まなくなると言ってたのは、私のことです」
「え? それって……」
私はユ―リスを遮り、陛下の首の近くまで歩く。安らかに眠っているように見えるその首を、自らの手で抱きかかえた。
「殿下たちに会わせてあげましょう」
「ファルラ……」
「すみません。ユーリス。この部屋は爆破します。子供には見せたくなかったでしょうから」
「いいけど……。本当にいいの?」
「親がこっそり敵とつながっていたなんて、知りたくもないでしょう?」
「じゃ、どうして陛下はこの部屋をファルラに見せたの?」
私はそのことに思いついていた。
元々王位を継ぐ者だけに知らせるつもりだったのだろう。何が心残りだ。しっかり私を王家の中に組み込もうとして。
王家とはつまり魔族と対抗する仕組みに他ならない。だけど、裏側は対抗どころか結託して共存を図る仕組みができていた。私はうっかり連綿と続いてたそれを受け取ってしまった。
私は物言わぬ陛下の首を見下ろしながら、「ひどいところはやっぱり似た者同士かもしれませんね」とつぶやいた。
殿下たちなんかに見せてやるもんか。アシュワード王家は、悪虐非道な魔族をやっつける。それでいい。それだけでいい。
「きっと意地悪をしたかったのですよ。すみませんが、爆裂魔法の準備をお願いします」
「うん。わかった……」
ユーリスが指先に魔力を込めて、空中に白く光る魔法陣を描いていく。円の端を繋ぎ終えると、魔法陣が全体で脈動し始めた。
「10分ぐらいで起動しちゃいます」
「では、早くこの部屋から出ましょう」
扉を開けると、ユーリスが先頭になって階段を駆け上がる。執務室のキャビネットの裏側にたどりつくと、ユーリスが思い切りそれを開けた。
「やってくれましたね、ファルラさん」
ユーリスの向こうにオルドマン衛士長が怒っていた。その後ろには衛士ばかり20人はいる。全員抜刀していて、私達をいつでも斬れるようにしていた。
「衛士長、体の具合はいかがですか?」
隠れていたユーリスの背中から、横へ踏み出る。手に抱えていた陛下の首を見せると、衛士たちがぎょっとしてひるんだ。ただひとり衛士長だけは、険しい顔をしていた。
「ジョシュア殿下を呼んできてください。父君との最後の対面になります」
そう言ったとたん、鼓膜が破けそうな鋭い爆発音が階下から響いた。
■王都アヴローラ グラハムシュアー大聖堂 中央礼拝堂 ノヴバ小月(5月)20日 15:00
雨音が人の声と混じりあい、広い大聖堂に反響していた。
香油の清々しい匂いが、あたりに立ち込めている。
私は大聖堂の2階から、手すりにもたれかかって下を眺めていた。
中央に安置された陛下の棺と、それを見送る大勢の参列者が椅子に座っている。その席には黒い喪服を着こんだ貴族たちしかいない。
私が陛下の首を見つけてきたあの日、ジョシュア殿下は首を一目だけ見て、すぐ大聖堂に送るよう命令した。私達はジョシュア殿下の判断で無罪放免となった。
首が大聖堂に着いてからは、とても早かった。葬儀の日取りがすぐに決まり、だんどりがされ、こうして大聖堂で見送っている。
宰相からの意見で、平民は大聖堂から締め出された。表向きは被災された者に負担をかけたくないから。本音はアシュワード王家への不満が日々高まっていて、平民に何をされるのかわからなかったから。
人類の王が消えたことで、みんなが不安に思い、怒り、怯えていた。
「陛下の首を見たときのジョシュア殿下の表情が、まだ気になるのですが……」
何かが急に失われたような顔をしていた。無茶なことをしなければよいなと願うほどの表情だった。
ここからでは、遠すぎて殿下の顔を見られなかった。父君の棺のそばに座っているのは、ジョシュア殿下だけではなかった。セイリス殿下も、ミルシェ殿下も、そこにいる。ジョシュア殿下の思いとは関係なく、次期国王の選抜はもう始まっている。
私はあきらめて、棺の前で弔辞を読み上げている宰相をぼんやりと見つめていた。
「……このような魔族の悪逆非道な振舞いに、陛下は果敢に立ち向かわれた。奮戦むなしく、陛下は月へと旅立たれてしまった」
魔族へ果敢に立ち向かわれた、ね……。私は魔王アルザシェーラと陛下が最後の別れをしていた場面を思い出していた。もっと良い方法はなかったのか、私はそんなことに思いを馳せる。
「しかし、食まれた月がやがて元に戻るように、いつか陛下の精神は復活される。それをいつまでも待とう。アシュワード連合王国にかしづく我々臣民は、しばらく喪に服す。偉大なる陛下に思いを馳せ、偉業の数々を胸に刻み込まなければならない。魔族への鉄槌となる大規模遠征は、それによって凄惨を極めることになるだろう。魔族に死を! アシュワード連合王国に栄光を!」
全員が起立した。「アシュワード連合王国に栄光を!」と何度も叫ぶ。楽団がいいタイミングで国歌を演奏し始めた。みんな口々に歌いだす。
――気高くあれ。潔くあれ。流した涙で我らは結束する。武器を取れ。前進せよ。魔族を殺せ。奪われたものを取り戻せ。遥かなる月のもとに集う我ら。不滅のアシュワード連合王国に栄光を!
剣呑な歌詞を聞きながら、私は考えていた。宰相の演説は喪が明けるまでしばらく大規模遠征を行わないという宣言だった。いつまでとは言わなかったので、いまのところ無期限なのだろう。
そうだとすると……。王都の復興に連合王国の兵が動員されるのだろうか。連合王国軍を押さえていたイリーナと何か取引があったかもしれない。
私はまた階下を眺める。最前列の中央、棺を間近に見るその席には誰も座っていない。貴族の中の貴族であるイリーナ・ユスフは、まだ王家そのものを許していない。空席がそれを示している。
「イリーナも頑固なところがありますからね。ひょっとしたら弔問に来ると思ったのですが……」
私が親友のことを思ってため息をついていると、国歌斉唱が終わった。
階下の貴族が着席する最中、ジョシュア殿下が棺の前に出る。それから大聖堂が静まり返ると、少しずつ言葉を口にした。
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作者が「アシュワード連合王国に栄光を!」と叫びながら喜びます!
次話は2023年1月9日19:00に公開!
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