第12話-⑤ 悪役令嬢は動機を見つけ出す
私の真剣な声を聞くと、宰相が笑い出した。
「ふっ、なんだそれは。私は知らんぞ」
「ジョシュア殿下が執務室から出たあとで『ちょっと違うな』と閣下から聞いたそうです。さて、何が違うんです?」
宰相が目を閉じると、静かに話し出す。
「次の王位継承者の選定を、陛下から相談されていた。ずいぶん前から、私の指示を無視する者を、次の王に選びたいと」
「それはそれは。陛下らしい意地の悪さですね」
「そうだ。陛下は意地が悪かった。魔族の襲撃は予期していなかったとはいえ、陛下のご意向を聞かされていた私は口を挟まなかった。殿下たちには良い試練だと思ったのだ。ところが陛下は、襲撃に対して何もせず、ふたりを執務室から追い出した。だからちょっと違うと思ったのだ」
「なるほど。それは確かにおかしいですね」
「陛下に何をお考えなのか、おたずねしようとしただけだ」
「それまで両殿下は、どんなことを陛下とお話しをしていたのです?」
「ジョシュア殿下は、陛下を説得しようとしていた。だが、考えがない。作戦がない。やみくもに兵を戦いへ投入しても死なすだけだ。私も陛下もそのことを話したが、殿下は理解されなかった」
「まあ……。あれはアレですから」
「アレ?」
「ええ、アレです。そのときセイリス殿下は?」
「何も。ただ話を聞いてうつむいていた。セイリス殿下はやさしすぎる。被害を受けている人を思いやるのは結構なことだが、兄や父に思ったことを言わないのは、間違ったやさしさだ」
私は口角を歪めて笑う。
「次は誰にされるのです?」
宰相もにやりと笑う。
「なんのことだ?」
ふたりで静かに笑い合う。
陛下に負けず意地が悪い……。
次の国王を誰にするのか、それは決まっていないのだろう。先ほどの話だと後継ぎを選んでいる最中に陛下が亡くなった。それなら遺言で誰かを指名していることはないはずだ。
私はため息をつく。
犯人である魔王は、この状況を作りたかったのだと思う。
国王陛下を急襲し殺害することで、魔族への最大の反抗作戦となる大規模遠征を先延ばしにし、王家の後継問題で連合王国をきしませる。しばらく人類は魔族領へ侵攻できなくなるだろう。
魔族側は高位魔族と大勢の兵を失った。でも、こうなることが魔王にはわかっていたはずだ。もっとうまくやるのなら、功に焦るギュネス・メイなんかに戦いの指揮は執らせない。不利になった時点で高位魔族を退かせないと、貴重な戦力を失うことになるのに、そうしなかった。
そう、戦力……。
双方が戦えなくなるぐらいの力の削減。
それが目的、そして動機か……。
私は険しい顔を隠すように、にこにこと微笑む。
「お時間をいただきありがとうございます、宰相閣下。お忙しいでしょうから、そろそろお暇します」
「もういいのか?」
「はい、あとは平民である卑しい私に、口を挟める問題ではありませんから」
「よく言う。まあ、それが賢明だろう。巻き込まれたくなければ去ることだ」
「ええ、そのようにいたします。それではお健やかに」
私が政務室を出てそのまま歩いていくと、衛士長が扉を閉め、私に駆け寄ってきた。
「次はどちらへ?」
「大聖堂まで行って陛下のご遺体を検分したり、セイリス殿下や翡翠宮にいる人達にも話を聞きたいのですが……。もうしなくてよいでしょう」
「では、わかったのですか?」
「これからわかります。ですが……」
「なんでしょうか?」
「あなたには見せたくありません」
私はきょとんとした衛士長の目の前で、魔法を発動させる。
「スターシェル」
夜戦で太陽の代わりに使う照明の魔法が爆発的に光る。
顔をそむけて目をつぶっていても、光が瞼から襲ってくる。
それはほんのわずかの間だったけれど、屈強な衛士長をひるませるにはじゅうぶんだった。
私はすぐさま手のひらを衛士長の胸元に当てる。慎重に魔力を抑えて魔法を詠唱する。
「ライトニング」
衛士長の体に魔法の電気が流れ、びくんと跳ねる。そのまま床に倒れて動かなくなった。
「ハルマーン先生なら詠唱なしでできることですが……。私はまだまだですね」
首元に触れて脈があることを確認する。ちゃんと生きている。失神しただけだ。
「申し訳ないです、衛士長。あなたがこの先を見てしまうと、綺麗な奥方のところへ戻れない可能性があるのです。お叱りは、また後ほど」
衛士長を寝かせたままその場に置いて、私は廊下の奥へと歩いていく。
■王都アヴローラ 王宮中央 瑠璃宮中庭 ノヴバ小月(5月)13日 15:40
中庭に出ると、王宮の建物に寄りかかりながら、ユーリスが待っていた。
「遅くなりました」
「もう。いつも私を待たせてばかりですよね?」
「うーん。ええと……。本当にそうですか?」
「まったく……。そういうとこです。私が言いたいのは……」
私は壁に手をつく。ユーリスに体を寄せ、間近に顔を見上げる。ユーリスが少し顔を背けて恥ずかしそうに言う。
「……え。ファルラ、こんなとこで……」
「このあたりを調べましたか? ここは執務室の真下です」
「……暇つぶしに見ときました」
「当日は雨でしたから、足跡が残ったり、泥が飛び散ると思いましたが、そうしたものはなかったのですね?」
「地面にも壁にも跡はなかったです。魔法の残滓も見つけられなかったし」
「やはり、外から執務室に入ったのではありませんね……。ああ、ユーリス。もしかして期待しましたか?」
「……しません」
私は顔が赤いユーリスの手を取ると、中庭に広がる草原へと歩き出す。建物から少し離れたところで、ユーリスに言った。
「外からではない。隠れる場所がない。だとしたら、答えはひとつだけです」
「なんです?」
「ユーリス、執務室に仕掛けた魔法の解除を」
「ええ……。本気ですか?」
「ええ、もちろん。そうしなければわかりません」
「どうなっても知りませんよ」
ふたりで建物のほうへ振り返る。
ぱちん。
ユーリスが指をはじく。
執務室の窓が吹き飛んだ。そこから大量の水が滝のように噴き出す。
それは空中戦艦の主砲を見学するときに使った、水で術者を保護する結界だった。部屋の中に満ちた結界を解除したことで、はじけたように大量の水があふれだした。
「名探偵は火を使って人を追い込みましたが、私は水攻めにしてみました。魔法というものは実に便利ですね」
ユーリスが建物を指さす。
「ファルラ、あそこ!」
壁から水が不自然に噴き出ていた。
「ああ、下の階でしたか。この位置は……。なるほど。執務室のどこかに階段がありますね」
「この下は倉庫しかなかったけど……」
「行ってみればわかります」
「2階から入ります?」
「いいえ。3階の執務室からそこへ行けます」
■王都アヴローラ 王宮中央 瑠璃宮王家執務室 ノヴバ小月(5月)13日 16:00
扉を開けると、執務室は一面水浸しだった。絨毯を踏むと、ぐじゅりという不快な音がする。開いていたキャビネットからは、大量の資料があふれ、散らばった紙が床にこぼれだしていた。
わずかに溜まった水が床を流れていた。流れる先をたどっていくと、水に浮いた紙片がキャビネットの一番端に集まっていた。
「ここから水が下へ流れ込んでいるようです。何かありそうですね」
「隠し扉かな……。どうやって開けます?」
「ユーリス、わかりますか?」
「え? ぜんぜんわからないですけど……」
「私もです。まったくわかりません」
私は一歩退いた。
それから魔法陣を指先で描いていく。
「なら、壊してしまいましょう」
「ええ……。そんなことしたら、あとでたくさん怒られませんか?」
「みんな魔族のせいにしてしまえばいいのです」
「それじゃ、あんまりですよ……」
「爆裂魔法の一番大きいものなら、この部屋ごと隠し扉を吹き飛ばせます」
「……え?」
「行きますよ」
「ちょっと、ファルラ!」
ユーリスがあわてて私の指先を押さえたときに「カチャリ」という音がして、キャビネットが手前に動いた。それをつかむと、扉のように開いた。その先を見てみる。石壁が剥き出しの暗い階段が下に続いていた。
唖然としているユーリスへ、私は嬉しそうに言う。
「では、行きましょう。陛下がお待ちです」
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作者が「壁ドンされたことない! されたことない!」と叫びながら喜びます!
次話は2023年1月7日19:00に公開!
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