第12話-④ 悪役令嬢は国王殺しの聞き込みをする
陽動の陽動の、さらに陽動。
魔王アルザシェーラが王都を襲撃したのは、陛下の殺害を隠蔽するためだろう。そのせいでいったい何人が犠牲に……。
動機。そうだ動機だ。いったいそれは……。
単純に「人類の宿敵である魔族の王だから」とは思いたくなかった。ユーリスのウェディングドレス姿をやさしく見つめていた魔王アルザシェーラの姿が頭をよぎる。陛下を殺さなければならない事情があったはずだ。そう思いたかった。
……確かめなくては。
私は衛士長にたずねながら、手を後ろに回し、ユーリスに向かって小さく手招きする。
「陛下のご遺体は、いまはどうされていますか?」
「極秘裏にグラハムシュアー大聖堂へ運んでいます。司祭たちが葬儀の日まで氷漬けにしてくれるはずです」
「そちらも衛士で警護を?」
「50人ほどが詰めています。教会との交渉には、セイリス殿下に間へ入ってもらって助かっています」
「ジョシュア殿下から、セイリス殿下が疑わしいと聞きましたが?」
「とんでもない。セイリス殿下のご助力がなければ、衛士は教会へ踏み入ることもできませんでした。それで、その……、私見ですが……」
「なんでしょう?」
後ろにいるユーリスへ見せるように、指で魔法陣を描く。魔法をすぐ覚えてしまうユーリスなら、これがどんな内容の魔法陣なのか、すぐにわかるはずだ。
「ファルラさん、私は心配しています。ジョシュア殿下には、かなりのご負担がかかっているのではないかと思うのですが……」
「有能な部下やよき伴侶がいくら支えても、ジョシュア殿下はもう救えないと私は思っています」
「それは、あんまりでは……」
「誰もが敵に見えるのは、人の上に立った者が必ず見る幻想です。そうなってしまっては、誰が助けようとしても拒絶されます。もう、どうにもなりません」
「たとえそれがあなたでもですか?」
衛士長がすがるように、説得するように私を見つめる。
もう、どうにもならない。
あの婚約破棄の日から、私とジョシュア殿下は別の道を歩んでいる。誰が望んでも、同じ道になることはない。そう私が決めたのだから。
私は衛士長へ短く拒絶の言葉を返した。
「ええ、そうです」
「しかし……」
手をぱんと叩く。それからきっぱりと私は言う。
「さて。陛下の遺体を検死されたのは、アルガイン医務長ですか?」
「はい、そうですが……」
「王宮にまだいますよね。お会いしたいので、ご案内していただけますか?」
「はい……」
後ろへ振り向くと、ユーリスの耳元でささやく。
「ユーリス。ここに残って、いま描いた魔法陣をこの部屋で発動してください。それから中庭で落ち合いましょう」
「これって空中戦艦で使った……」
衛士長が訝るように声をかける。
「どうなされたのです?」
「申し訳ないです。ユーリスはこちらに残って、もう少し事件の検証をしてもらいます。よろしいですか?」
「ええ、かまいませんが……」
「それではユーリス、お願いします」
ふふ。うふふ。
私はにっこりと微笑むと、執務室を出ていく衛士長のあとについていった。
■王都アヴローラ 王宮中央 瑠璃宮医務長室 ノヴバ小月(5月)13日 14:00
消毒液の臭いがわずかにする部屋で、その小男は着ている白衣の袖をいじりながら、私のことを値踏みしていた。古めかしい机の奥に座りながら、忌々しそうに私へたずねる。
「ゼルシュナーの弟子と言うから、会うことにしたが……」
「何かご不満でも?」
「信用ならんな」
「ああ。きっとお怒りなのですね。ハロルド殿下の死亡診断をくつがえしたのは私ですから」
「そうだ。お前がいなければ、あれで丸く収まったのだ」
「そうですか? それはそれは」
ゼルシュナー先生から聞いていた。王家に都合よく使われることが、彼の存在意義だと。この地位まで登り詰めることができたのは、人の体を治すことより、王家の顔色をうかがうのが得意だったからだ。ある意味で潔い人間なんだろう。
私はそんなことを思いながら、にんまりと笑う。
「いずれバレる嘘を放置しても、あなたのためになりませんでしたよ?」
「勅命に従ったまでだ。非難される筋合いなどない」
「考えてもみてください。あなたは王家の言うことを聞き過ぎた。あなたの首をはねることで、起きたことをうやむやにするつもりだと思いますが」
「まさか。そんなことをするはずがない」
「陛下と約束をしていたのでしょう? 次に即位する方がやさしい人だと良いですね」
実際のところは、どんな約束か私は知らない。それでもゼルシュナー先生を差し置いてここに座っているのだから、何かはあったのだろう。
ただにやにやとしているだけだったけれど、脅しの効果は思ったより早く表れた。
「何が聞きたい?」
「陛下の体に傷は?」
「なかった。擦り傷すらない」
「首が焼かれたり凍らされた痕はありましたか?」
「ない。綺麗に斬られていた。組織がまだ生々しかった。傷の具合から、大きな刃物を落としたか、かなりの達人が斬ったとしか思えない」
「血は出ていなかったのですね?」
「にじみ出てはいたが、吹き出すほど多くはない。私が思うに、死んでから首を斬られている」
「なるほど。それなら血は多く出ませんね。最後にひとつだけ」
「なんだ?」
「陛下は多指症でした。左の足指が6本あったはずです」
一瞬、間が空く。それがじゅうぶんな答えになっていた。
「ばかな。何を言っている。どのカルテにもそんなことは書かれていない」
「ああ、それでは私の勘違いでしたか。大聖堂に安置されている陛下のご遺体も、左の足指は5本なのですね?」
「もちろんだ」
「ありがとうございます。もう聞くことはありません。ご協力ありがとうございました」
私は立ち上がると、後ろに控えていた衛士長にお願いをする。
「いくらか待ってもかまいませんので、宰相閣下にお会いしたのですが?」
「いまならまだ政務室にいらっしゃるはずです」
「では、うかがいましょう。それではアルガイン医務長、ごきげんよう」
「ふん。もう来るな」
医務長室から出ると、衛士長が歩きながら、私へ困ったようにたずねた。
「ますます、わかりませんが……」
「そうですか? 私にはだいぶ絞れました」
「殺されてから首を斬られたとしたら、いったい誰がどこで……」
「ここです。この王宮のどこかで殺され、首を斬られ、体だけ執務室に置かれたのです」
「では、首は……」
「もちろん、それもここにあります」
ふいに立ち止まった。気がついた衛士長が私へと振り向いた。にこにこしながら私は衛士長へ言う。
「そうそう。アルガイン医務長が今日中に大聖堂までいらっしゃるはずです。警備されている衛士の方に伝えてください」
「なぜです?」
「きっと左の足指を1本生やそうとします」
「は?」
「多指症なんて嘘です。この事件、遺体を陛下だと思わせる協力者が必要なのです。恐らくアルガイン医務長はまた使われているのでしょう」
「待ってください。誰がそんなことを……」
「それは決まってます」
私は衛士長に指をつきつけながら、にっこりと言う。
「陛下ですよ」
■王都アヴローラ 王宮中央 瑠璃宮政務室 ノヴバ小月(5月)13日 15:00
重厚な扉をノックすると「はいりたまえ」と、宰相の低い声が響いた。衛士長が扉を開ける。うわ……。その部屋にはあちこちに本や紙束がうず高く山のように積まれていた。あふれた紙が床を覆いつくしている。その山の奥から、宰相の声がまた聞こえた。
「ああ、その山は新しい貿易条約に関するものだ。崩さんでくれよ」
「お邪魔して申し訳ありません。宰相閣下」
「なんだ、お前か」
私は慎重に前へ出る。机にも置かれている紙の山にうずもれるようにして、ルナイゼン宰相が座っていた。
「陛下のことか?」
「はい、首を探しています」
「まったく。王の首など、誰が欲しがるものか」
「物好きがいるのでしょう」
「その物好きは魔族か?」
「さあ」
宰相がモノクル越しに私をぎろりとにらむ。
「手短にしろ。ユスフの小娘のことで忙しい」
「交換条件と行きましょう。私がイリーナ・ユスフとの交渉に立ちます。いざとなれば私を売ってください」
「高く売れるのか?」
「ご存じなのでしょう?」
「ああ。それで、ユーリスをここに連れて来なかったのだな」
「ご明察です。さすがは宰相閣下ですね」
私は嘘をついた。売られるつもりなどなかった。それに、イリーナは私のことをよくわかっているから、きっと「ファルラちゃん、だめですよ。自分を安売りしちゃ」と笑って拒絶するはずだ。私がユーリスのことを忘れるぐらい遥か先の未来か、ユスフ家からイリーナが退くまでは、一緒に過ごすことなどできないだろう。
モノクルを外して机の上に置くと、宰相は腕組みをして椅子の背に深くもたれた。
「対価はなんだ?」
「事件の真相を」
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作者が「聞き込みと言えばアンパンと牛乳! でも、それを思い浮かぶ人は、もう若くない!」と叫びながら喜びます!
次話は2023年1月6日19:00に公開!
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