第12話-③ 悪役令嬢は国王殺しの現場検証をする
■王都アヴローラ 王宮中央 瑠璃宮王家執務室 ノヴバ小月(5月)13日 14:00
ユーリスとふたりで、重々しい部屋の真ん中に立つ。少し暑い陽射しが大きな窓から差し込み、がっちりとした大きな机を照らしている。その前には黒い革張りのソファーが、低い机を挟んでたくさん並んでいた。壁にはきれいに掃除された暖炉があり、その反対には黒光りするキャビネットに本や資料が整然と並んでいるのが見えた。
「ここ、なんだよね……」
「ええ、この位置に陛下が倒れていたそうです」
ユーリスの顔が曇る。私もそうして感傷に浸りたかったけれど、いまは首を探して真実を知りたいという欲求のほうを優先させた。
「陛下はここにこう立っていました。その場で犯人に首を切られる。それから……」
私は力を抜く。ふわっと体が後ろに倒れていく。ユーリスが慌てる。私を助けようと手を出すけれど間に合わない。目をつぶって体が倒れていくままにする。
ごちんっ!
「いったぁーい!」
「ファルラはもう……。大丈夫ですか?」
「ええ、こぶができたような気がしますけど……。ユーリス、陛下は私より身長が高かったですか?」
「はい? ええと、そうですね……。こぶしひとつぶんぐらい高かったでしょうか」
「だとしたら、首を斬られていなければ、私と同じ目にあいますね」
「うーん。ファルラ、ちょっと不思議です。そんなに近かったら、ファルラが頭をぶつけたテーブルに血が付くはずですよね……」
「そうです。テーブルやソファー、ここに敷かれている絨毯は、首から吹き出した血を浴びるはずです」
「そんなの、どこにもないですよ?」
そばにあるソファーにぽふんと座る。すきまに指を入れて慎重に拭うけれど、血のようなものは付着しなかった。
「ユーリス、血を吹き出させずに首を落とす方法はあるでしょうか?」
「なくはないですけど……。魔法で焼きながら切るとか」
「それなら襟回りに影響が出るはずです。焼けてしまうとか、熱で変形するとか」
「なら、凍らしましょう」
「斬るときに破片が飛び散りそうですね」
「それなら……。うーん……」
考え込むユーリスの手を引き、隣に座らせる。そのまま手をつなぎながら、私は考えていることを話し出す。
「いずれにしろ、この場で首を落とすのは面倒そうです。まず音が出ます。首が落ちるとき、この位置ではテーブルに当たるか床に転がります。体が倒れても同様です。あまり大きな音ではありませんが、極度な緊張の中で警備している衛士の気を引くには、じゅうぶん過ぎる音です」
「それができたとしても、10分ですべてを済ますには、やることが多すぎますよね……」
「さすが、ユーリスです。陛下をここに立たせて、血が出ないように首を静かに切り、道具を片付けて、落ちた首と一緒にこの部屋から消える……。なかなか忙しいですね」
「うーん。どうすれば……」
「もう少し簡単にできそうなこととして、死体をあらかじめ用意しておく方法があります。どこか別の場所で首を落とし、体だけここに置いておくのです。それなら死体を運ぶだけで済みます」
それを聞いたユーリスが考え込む。何かに気づいたように私へ話す。
「もし……。もしもですよ。死体が陛下ではないとしたら……。あ、でも、陛下はどこへ……」
「そうです。そこです。そして、死体が陛下ではないとしたら、問題がもうひとつ起きます」
「なんです?」
「死体が陛下の身代わりだったとしたら、それはいつからでしょう?」
「え……」
「背格好が似ている死体を転がしただけでしょうか? 本当はずっと偽物が私達の前にいたのかもしれません。もしかしたら陛下がまだ生きている可能性だってあります」
「ええ……。それは少し考えすぎな気もしますが……」
「さて、どうでしょうね」
私はソファーに深く沈み込む。唇に指を当てながら考え込む。
「……犯人です。犯人から考えてみます。影を渡って瞬間的に移動する高位魔族たちは、私達とずっと交戦していました。魔王アルザシェーラはひとりでここに来たはずです。だと、したらです。魔王自身は影を渡れない。違いますか?」
「はい……。アルザシェーラ様は人の体を持っていらっしゃるので、そんなことはできません」
「やはりそうでしたか。影を渡れるのなら、私に顔を見せずに、そのまま消えて帰ればよいはずでした。ダートムでも影を渡れるのなら、不要なはずの妖精の道があった」
「アルザシェーラ様は陛下の死体を持って、どこからやってきたんです?」
「そうです、ユーリス。そこが突破口になりそうです」
勢いをつけてソファーから立ち上がると、私はユーリスの手を引いた。
「手分けして調べましょう。私は窓辺から見ていきます。ユーリスは魔法の残滓がこの部屋に残されていないか見てください」
「うん、わかった」
私は窓辺に近づくと、拡大鏡の代わりになる光を歪める魔法で、丹念に見ていく。新しいすり傷や足をかけたような跡はない。鍵穴もこじ開けられたような様子はない。
「これは……。やはりある種の密室になっていますね……」
10分の間、陛下はひとりでこの部屋にいた。出入り口は扉がひとつだけ。その扉の前には衛士が警備していた。窓はあるけれど鍵はかけられている。
……魔王アルザシェーラは死体を持ってどこから来たのだろう。
あらかじめここにいた、というのはどうだろうか。死体には認識阻害魔法をかけられない。隠れる場所が必要なはず……。
窓辺から陽の差し込む部屋を見渡す。テーブルは低すぎて隠れられない。執務を行う机の下には袖机があり、ふたり入るには狭すぎる。
「だとしたら、隠し扉か何かでしょうか……」
そうつぶやきながら壁のほうを見ていく。1000年続いている城なのだから、脱出用に抜け道があってもおかしくはない。線でも入っていないか調べていくけれど、何も見つからない。振り返って反対側にある壁一面のキャビネットを見ると、少しため息が出た。
「これをくまなく調べるのは、だいぶたいへんそうですね……。ユーリスのほうはどうですか?」
「とくにないみたい。どこからやって来たのかな……」
陛下が倒れている場所に立つ。それから少し大きな声でこう言った。
「私が敬愛する名探偵に習って、隠し扉の向こうに隠れている人に向けて、ここで『火事だ』と大きな声で叫びたいところですが、そんなことしたら衛士たちがたくさんやってきてしまいますね。違いますか、衛士長?」
執務室の扉が静かに開くと、オルドマン衛士長が入ってきた。たぶん私たちを監視するようにジョシュア殿下にでも言われたのだろう。まったく……。
衛士長は私達に説教するように言い始める。
「そうです。いけません。いま衛士たちは神経質になっています。そんなことをしたら、あなたを牢へ入れることになります」
「それはそれは。でも、少しぐらいやってみたいのですが?」
「困ります。あなたがしでかしたことで、私は職を失いそうです」
「ええと。門を打ち破って焼け出された人を王宮に入れたことですか? それとも、王宮に運ばれるはずだった勇者の剣をこっそりくすねてサイモン先生に預けたことですか? ほかには……」
「全部です」
「ああ、それなら。職を失うぐらいで良かったですね。あなたは陛下と違って、首は繋がったままで済んだということです」
「そうとも言えますが……」
「奥方のご実家であるダートムへ行かれたらいかがです? なかなか良いところのように思えましたが」
「私には義務があります。この連合王国を礎となり……」
「その連合王国がなくなったとしても?」
「ファルラさん……」
ユーリスが私の手を引く。止めてあげてという顔をされる。
仕方ないですね。衛士長は命令に忠実に従っただけなのだろう。
「さて。教えてください。この執務室にそこの扉以外の出入口はありますか?」
「いえ、ありません」
「隠し扉のようなものも?」
「はい。警備の都合でいくつか教えられるのですが、ここにはありません」
「陛下以外の人間がこの部屋から退出されたとき、扉の前にはどんな衛士の方が?」
「私の直属の部下です。ふたりとも長く勤めていて、忠義に厚い人間です」
「その方は、部屋の中からは物音を聞かなかったそうですが?」
「はい。それは私も確認しました」
「では部屋の外からの音は?」
衛士長が「あっ」という短い言葉を上げる。それから、少し考え込むと言葉を返した。
「……いえ、それは聞いていませんでした。でも、あの時間は魔族の襲撃のせいで、衛士たちが慌ただしく王宮を駆けていたので……」
「そうですね。大きな音が聞こえたとしても、魔族の攻撃で起きた爆発か何かと考えられてしまった」
私は笑う。悪役のように口を歪ませて、愉快そうに笑う。
「少し、わかった気がします」
-----------------------------------------
いつも応援や感想をたいへんありがとうございます!
執筆を続けられるのもひとえにご応援いただける皆様のおかげです。
よろしかったらぜひ「♡応援する」「☆で称える」を押してください。
作者が「時代劇なら掛け軸をめくって隠し通路を探したいところ!」と叫びながら喜びます!
次話は2023年1月5日19:00に公開!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます