第12話-② 悪役令嬢は国王殺しの詳細を聞く
私は耳を疑って聞き直した。
「首……ですか?」
「ああ、そうなんだ。見つかったとき、父上の首から上がなく、体だけがあった」
私は指を唇に当てながら考え込む。あの日、瑠璃宮の大階段で、魔王アルザシェーラとすれ違った。その手には何も持っていなかった……。
人として好きだった陛下にそんなことをされた憤りや悲しみなんかより、純粋に事件への興味が勝ってしまった。
「ジョシュア殿下、あなたの父君、ロマード・ルーン・アシュワード国王陛下が死体で発見されたときの様子を教えてください」
窓からの明るい陽に照らされながら、ジョシュア殿下が静かに話し出す。
「魔族の襲撃中、父上は瑠璃宮の執務室にいた。あがってきた報告をその場で聞き、何かあればすぐ決断できるようにしていた」
「執務室には他にどなたが?」
「私、セイリス、ルナイゼン宰相。それに衛士長、近衛第一騎士団からエルハム大佐ほか3人が来ていた」
「かなり多くの人がいらしたのですね」
「そうだ。夕方頃に魔族から襲撃されていると衛士から報告が来て、すぐ父上から瑠璃宮に集まるように言われた」
「なるほど。続けてください」
「日の出とともに東門が倒壊したと伝令が入った。魔族の動きがおかしいと父上は考えられ、私とセイリスを翡翠宮の警備指揮に、近衛騎士団には別命あるまで待機、衛士には王宮内外の警備強化を下命された」
「ルナイゼン宰相は?」
「ユスフ家と交渉して連合王国軍をすぐ取り戻すよう父上に言われ、その日のうちに特使としてユスフ家に赴くことになった。同行する者の人選に頭を抱えていて、ファルラの名前もあがっていたよ。官吏たちと策を練るため、瑠璃宮の政務室へすぐに向かった」
どういうことだろう……。違和感が残る。これではまるで……。
「陛下は、そのあとでひとりになられたのですか?」
「ああ、そうだ。衛士を外に追い出し、『ひとりで考えたい』と言われたので、そのようにした」
「では、最後に執務室を出られたのは殿下なのですね」
「そうだ。近衛騎士団を王都へ出動させて欲しいと、ずっと父上を説得していた」
「それはそれは。最初に陛下が殺されているのを見つけたのはどなたです?」
「私と宰相だ」
「なぜ、見つけられたのです?」
「私が翡翠宮に戻ろうとしたとき、宰相から声をかけられた。『ちょっと違うな』と言われたのを覚えている。そのあと、宰相から確かめたいことがあるからいっしょに執務室に戻って欲しいと言われ、そのようにした。見張りの衛士ふたりが扉の前にいて、私達が開けるように言うと、執務室の真ん中で首のない父上が倒れていた。私はすぐ衛士に命令して、瑠璃宮を封鎖した」
「実に興味深いです。陛下がひとりになられた時間は?」
「たぶん10分もないぐらいだっただろう」
「見張りの衛士たちは、何か物音を聞いたりはしていましたか?」
「とくに不審な音は聞いていないそうだ」
「死体の周りに血はあふれていましたか?」
「いや。わずかに床へこぼれているだけだった」
わずかな時間であざやかに首を落とし、それを見張られている中で持ち去る……。
ふふ、うふふ。
これは愉快ですね。犯人はなかなか面白いことをします。
私は思わず笑みがこぼれるのを隠しながら、ジョシュア殿下にたずねる。
「まずは『動機』です。この剣と魔法の世界ではどのような手段でも取れます。犯人がいるとして、その犯人がこの状況で得ている利益を考えてみましょう」
「魔族は大喜びだろう。兄上に続き、アシュワード王家の重要な人物を亡き者に出来た」
「ところがそうでもないのです。魔族にとっては『殺した陛下の首がない』というのは、さほど良いことになりません。人物の特定がしづらくなったら、いまのように陛下が亡くなられたと発表しにくくなる。もし使うとしたら首をさらして、人類の厭戦感情を掻き立てることですが、そんな動きはありましたか?」
「いや、ない……」
「そうでしょう。魔族は動きを潜めている。魔族領への大規模遠征のほうはどうですか?」
「決めかねているが……。延期することになるだろう。私としては王都の復興を優先したい」
「賢明です。ルナイゼン宰相ともぜひそのようにご相談を」
「宰相は攻めろと言っている。首を取り戻すことを大義名分とすれば、兵たちの士気高揚につながると考えている」
「ああ、やはりそうなりますね。だから魔族が国王陛下を殺したとしても、首を落とすのはいささか利口ではないのです。ほかに利益が得られそうな人はいますか?」
「すべてが疑わしい。セイリスは教会にこもり、事件をやり過ごそうとしている。首に聞いたとでも言って私が殺したと主張すれば王家を握れてしまう。ミルシェは部屋に閉じ込めているが、魔族と連絡を取り合っているかもしれない。ユスフ家は物資支援以外はだんまりを決め込んでいる。時間が経てば多くの貴族はユスフ家につくだろう。宰相ですら、事件を気にせずに国務を淡々とこなしている。私にはもう……」
「もう、お前しかいない、とか言わないでくださいね」
「ファルラ……」
私はため息をつく。この人には頼れる人が誰もいない。私を捨てたくせに。
「あなたにはアーシェリがいるではありませんか。つらくなったらぎゅっと抱きしめてもらえばいいのです」
「この時期に魔族の血を持つアーシェリと会うのは得策ではない」
「魔族とのつながりを疑われるからですか?」
「そうだ。もし、そのせいで私が排除されてしまったら、アシュワード王家は終わってしまう」
「なら、終わってしまえばいいのでは?」
私の言葉にジョシュア殿下が「なんてことを言うんだ」という顔をする。それから傷つけられたようにうつむく。
こうしてしゅんとしていれば、良い人なのだけど。
私はジョシュア殿下にそれとなく言葉をかける。
「そうですね……。いまわかっている情報だけでは、犯人の動機が推理できません。このあと王宮へ参内して、主要な人に話を聞いてみたいのですが、よろしいですか?」
「調べてくれるのか?」
「ええ、もちろん。とても面白そうな事件ですから」
「そうか、よかった……」
ジョシュア殿下の顔が和らぐ。別にあなたのために事件を調査するわけではないのだけど。
フードのポケットからジョシュア殿下が木箱を取り出した。それを私に差し出す。
「これは?」
「開けて欲しい」
そっと木箱の蓋を開ける。そこに入っていた物を取り出す。眼帯だった。柔らかな白い革でできていて、ところどころに小さな宝石が埋め込まれている。
「ファルラが左目を負傷したと聞いて、職人に急いで作らせた」
ジョシュア殿下が微笑む。私が喜ぶと思って、疑わないようだ。
この人の至らなさはいまに始まったわけではないけれど、さすがに言うしかなさそうだった。
「いま、こんなものを着けて外に出たら、焼け出された王都の人達は私をどう思うでしょうか?」
「ファルラは、元貴族なんだ。平民を導くためには、こうした権威になるものがいるはずだ」
「王家にもらったと吹聴しろと?」
「そうだが?」
「はあ……。余計、反発されますよ? 革命でも起こされたいのですか?」
「そうなのか?」
「だいたい趣味が悪いです。なんで宝石でデコってるんですか。女子高生じゃあるまいし……」
「デコ? 女子高生?」
ユーリスが後ろから私の頭をぽんぽんとやさしくなでる。
「いいじゃないですか。物に罪はありませんよ」
「それはそうですが……」
「私が着けてあげます」
ユーリスに手にした眼帯を取り上げられる。それから頭にかけていた包帯をそっとほどかれる。あらわになった傷に殿下の顔が青くなっていく。
「お前、目が……」
「そこまでは聞いていなかったのですね」
「ああ……」
「幸せそうでなによりです。真実を聞けば殿下が心を乱すと、側近たちが思ったのでしょう」
眼帯の紐をユーリスが縛ってくれる。意外と着け心地は悪くなかった。
「どうですか、ジョシュア殿下」
「似合ってはいるが……。痛くはないのか?」
「ええ、いまは。心配してくださるのですね、捨てた女に」
「親友ではあるつもりだ」
「私はそんなことは露ほども思っていませんが、まあ……」
そのしなやかな眼帯をそっとさする。
「これを着けて王宮に参内します。それでよいですか?」
「ああ。そうしてくれ。衛士たちには、その眼帯を着けた女を通すように申しつける」
■王都アヴローラ 王宮前の大通りを進む馬車の中 ノヴバ小月(5月)13日 13:00
窓から見る外の景色は、襲撃された傷跡がそのまま残されていた。燃やされ崩れた建物が多く残されている。瓦礫はうず高く積まれ、復興など遠い先のように思えてきた。
隣に座っているユーリスが私へおどおどとたずねる。
「ファルラ、その……。犯人は魔王アルザシェーラ様でしょうか……」
「あの日、大階段ですれちがったときには、もう陛下を殺していたと思っています」
「それじゃ、首は……」
「持っていなかったのは確認しています。私はまだ首が王宮に残されていると考えています」
「そうなんです?」
「警備は厳重でしたし、首を持って密室となった執務室から抜け出すのは困難でしょう。案外、首というものは重たいものなんです。いくら隠しても、持っていたら不審がられます」
ユーリスがそっと私の手を握る。
「なぜ、アルザシェーラ様はこんなことを……」
「それを確かめてみましょう。ユーリスはやっぱり気になりますか?」
ふいに窓の外をユーリスが見た。
「この惨状もアルザシェーラ様がされたことです。私にはどうしてこんなことをしたのか、わかりません……。あんなに私達の結婚を祝ってくれたのに……」
ユーリスはずっとつらいはずだ。私と出会う前は母親のように慕っていたのだから。
私は思っていた。
自分の母が罪を重ねることを、私は止めることができなかった。
でも、いまならユーリスの母親であるアルザシェーラを止められるかもしれない。止めらなかったら、そのときは……。私が手を下す番なのだろう。ユーリスが私の母にそうしてくれたように。
「ええ、私も残念に思います」
私達はそのまま寄り添うと、馬車の揺れに身を任せながら、じっとしていた。ただそうしていた。それが私達が知っている苦しさから逃れる唯一の方法だったから。
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作者が「首の重たさはボーリングのボールとだいたいいっしょ!」と叫びながら喜びます!
次話は2023年1月4日19:00に公開!
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