我、王家の最悪なる秘密を暴き、王を安らかに眠りにつかせんとす
王の終焉編
第12話-① 悪役令嬢と助手は隠し合う
■王都アヴローラ ベーカリー街「焼きたてパンの店 221 B.コルネイユ」 3階のヨハンナさんの部屋 ノヴバ小月(5月)13日 11:00
じわりと吹き出す汗を、首から下げた布でぬぐう。見上げていた天井の、さらにその上から、ユーリスの声が聞こえた。
「ファルラー、この位置で平気ですー?」
「はい、大丈夫です。陽の光は入らなくなりました。あー、でも、もうちょっと布を左にお願いできますか?」
「わかったー」
勇者が空から降ってきたせいで、屋根には大穴が空いていた。その穴から雨水が降り注ぎ、3階のヨハンナさんの部屋は水浸しになってしまった。ユーリスが部屋の片付けを手伝ったとき、壊れたベッドの水を含んだその重さに、何回も「うへえ」と言っていた。
今日になってようやく晴れてきたので、近所の人から貰ってきた厚手の大きな布を、雨避けに屋根の上へ張ろうとしていた。
ユーリスが金槌をふるう音を聞きながら、私は右手を握り締める。しびれる痛みがすぐに走った。
毎日ユーリスからヒールをかけてもらっているけれど、ゼルシュナー先生からは、これ以上の改善はむずかしいと言われていた。
……役に立たないこと、この上なしですね。私は……。
「きゃっ!」
悲鳴のあとに、どすんと何かが落ちた音がした。
「ユーリス?」
窓から下をのぞき込む。ユーリスが石畳の上で倒れているのが見えた。
あわてて部屋を飛び出す。まだ骨が砕けたままの右脚が悲鳴を上げるが、かまわず階段を駆け下りる。
店から外に出ると、痛そうにしゃがみ込んでいるユーリスが見えた。
「大丈夫ですかっ!」
「……あはは、ドジっちゃいました」
「けがはしていませんか? ユーリスにしては……」
そこで言うのを止めた。普段なら、あの高さから落ちても風の魔法で何事もなく着地していた。そうしたはずだった。
「えっと、その。……お尻が割れちゃいました」
そう言うと、ユーリスはにししと男の子のように笑った。
何でもないように。私を心配させないように。
ギュネスや魔族との戦い以来、ユーリスの魔力はゆっくりと弱くなっていた。あれだけの激戦だったのだから、ユーリスにも体の不調とか疲れがあるのだろうと思っていた。
それはユーリスの消える日が近くなっていることを意味していた。先に消えてしまったコーデリア先生は、私達といっしょに魔法学園へ来たあと、ほとんど魔法を使っていなかった。使えなかったからだ。
こっそり見てしまったコーデリア先生からユーリスへ宛てた手紙の中に、そう書かれていた。
ユーリスは魔力が弱くなっていることを私に隠そうとしていた。いつもと変わらないように笑いながら。
私はため息をつくと、ユーリスに言う。
「お尻は最初から割れています。さて、都合よく誰か来ないものでしょうか……」
私が屋根へ上がれば済む話だった。でも、それはできなかった。無理をしたせいで痛みを増す右脚をじっと見つめる。私は私で、ユーリスに体のことを心配されたくなかった。
「立てますか、ユーリス」
「うん、なんとか。ああ、でも、スカートを汚しちゃいましたね」
「上で拭いてあげます。水たまりの上でなくて良かったですね」
「きっと、今日はラッキーな日ですよ」
「ええ、きっとそうです」
だからこうして、虚ろな会話を続けている。
私達はどうにもならなくて、笑いたくもないのに笑い合った。
「取り込み中だったか?」
地味なフードをかぶった男がそうたずねてきた。聞き慣れた声に、驚いて振り向いた。
「こんなところで何をしているんですか? ジョシュア殿下」
「しっ。内密に頼む。探偵であるお前に、調査の依頼をしたいんだ」
■王都アヴローラ ベーカリー街「焼きたてパンの店 221 B.コルネイユ」 2階のファルラの部屋 ノヴバ小月(5月)13日 11:30
水色の小さなソファーにどかりと座るジョシュア殿下へ、ユーリスが手慣れた手つきでお茶を淹れている。
すごく心配していた。ミルシェ殿下にしたように、また激情に駆られてトレイごとお茶をかぶせやしないか、ハラハラしながらユーリスを見守っていた。
カップを片手で優雅に持ち、一口飲むと、ジョシュア殿下はぽつりと言う。
「ひどいな」
その一言に、私の中の何かが切れた。
「それは私の体のことですか? ユーリスが淹れたお茶のことですか? それとも何もされなかったあなたのことですか?」
ジョシュア殿下の目の端がピクリと動く。殿下は殿下なりに苦しんでいるのだろう。でも、そんなことはどうでもいい。
殿下はカップを静かに置くと、私に反論してきた。
「お前の体が悪いのは一目でわかる。お茶は水の質が悪くなっていて風味を損ねている。それに、自分にやれることはやっているつもりだ」
「あまり見えてきませんが?」
「復興予算の組み立て、復興事業の優先度付け、貴族たちからの予算の徴収。被災者の保護と埋葬地の確保。ユスフ家との物資融通の交渉。北方の軍備増強。それに父上の国葬の準備まで。平民と王家では見えているものが違いすぎる」
「何かをお間違いでは?」
「何をだ?」
「あなたの立場です」
「ちゃんと王家としての義務を果たしているつもりだ」
「どこがです?」
「待て、ファルラ。私は……」
「私達が犠牲を払っている最中、あなたたちは王宮で燃える王都を眺めているだけでしたね? いくらユスフ家に連合王国軍を押さえられていたとしても、王宮護衛の近衛師団ぐらい動かせたでしょうに」
「それはそうだが、できなかったのだ」
「どうしてです?」
「父上に止められた。無駄な犠牲が増えると……」
「無駄? 無駄とはなんですか。直接的な戦闘以外にも、避難する人々の誘導や避難場所の安全確保など、やれることはたくさんあったはずです。それなのにあなたたちは門を閉ざして……」
まずい。ユーリスよりも私が怒ってしまっている。わかってはいるけれど、けがひとつないジョシュア殿下が目の前にいると怒りが湧いてしまう。
拳をぎゅっと握る。血がにじむぐらいきつく握り締める。
そうしていたら、後ろからユーリスにふわりと抱き締められた。
「ファルラは怒らなくていいんです。みんなのために、もう怒らなくても……」
耳元でそう囁かれる。背中に温かさを感じる。私の何かをほどいていく。
「そうですね。ユーリス……」
ヨハンナさんは炊き出しを続けていた。野宿で慣れているからと、ずっと王宮近くの避難所で寝泊まりを続けている。
先生たちもけがを押して活躍していた。
ゼルシュナー先生は指導していた学生を100人ぐらい魔法学園から連れてきて、大勢いるけが人の手当てに当たっていた。
行方不明者の捜索には、クリュオール先生の占いが役に立った。
街にあふれている化け物の死骸は、サイモン先生が指導して、魔法で灰に返していた。
学園長たちは衛士を集め、態勢を立て直し、安全の確保に努めていた。
イリーナは素早かった。食料品、毛布、さまざまな物資を保有する空中戦艦一隻に詰めるだけ詰めて、王都に派遣してきた。その日のうちに市場や避難所にユスフ家の紋章が描かれた箱や袋が山積みになっていた。
怒る暇なんてなかった。
みんなやれることをやっている。
私がいまできることを……探偵をしなければ。
「申し訳ありません。ジョシュア殿下、お話しを」
何か言いたそうだったジョシュア殿下が、あきらめたようにため息をつく。
それから手を組むと、私へ静かに言った。
「父上を殺した犯人を見つけて、取り戻してきて欲しい」
「何をです?」
「首を。父上の首を」
-----------------------------------------
いつも応援や感想をたいへんありがとうございます!
執筆を続けられるのもひとえにご応援いただける皆様のおかげです。
よろしかったらぜひ「♡応援する」「☆で称える」を押してください。
作者が「高所作業には安全帯をちゃんと付けて」と叫びながら喜びます!
次話は2023年1月3日19:00に公開!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます