第11話-⑮ 悪役令嬢は高位魔族と朝焼けの決戦をする



 ゴブリンを乗せたワイバーンが、一騎、また一騎と数を増やして、私へ向かってくる。


 私は剣を振り払った。

 襲い掛かろうとしたワイバーンが見えない斬撃に討たれて、ぼたぼたと地上に落ちていく。


 「どうした高位魔族! 人が怖くて引きこもるつもりか!」


 撃たれた。

 どこからかわからなかった。


 それは私の頬をかすめて、石畳の上に突き刺さった。

 赤黒い矢。勇者殺しの矢……。


 私はゆっくりと後ずさる。

 風を切る音がする。

 すぐさま飛んできた矢を剣で振り払う。

 何度もそれを繰り返す


 どこから飛んでくるのかわからない。左右前後、どこからも飛んでくる。

 まずい……。

 場所がわからなくては……。


 後ろに下がろうとしたら、地響きが聞こえてきた。振り向くと煙と炎を上げながら、化け物たちの巨体が迫っていた。


 ふふ、うふふ。


 前からワイバーン、後ろから化け物ですか。

 ちょうどいいですね。実にちょうどいい……。


 「いまです!」


 私の叫びに弾かれるように雷が轟いた。ワイバーンが稲妻を這わせて落ちていく。


 「なめるな魔族!」とハルマーン先生が崩れた建物から現われた。怒りを吐き出すように手を掲げて、何度も雷をワイバーンに落とす。

 「かっかっか! お返しはたっぷりとしてやる」とクリュオール先生が建物の屋上が飛び降りた。仕込み杖のような細い剣を振り回して化け物の群れに突っ込む。倒された化け物につまづいて、後ろに続いていた化け物が大きく転がっていく。

 「ワシのぶんも残せいっっ!」と包帯でぐるぐる巻きになったミュラー先生が、化け物の中に突進する。大きな剣を振り回すと、化け物は横半分にすっぱりと斬られて倒れた。


 乱戦だった。私のまわりで先生たちが暴れていた。砂煙が上がり、状況がよくわからなくなっていく。ただ、激しい音で戦いは続けられているのがわかった。


 砂煙の中から黒い手が伸びる。

 革の手袋をした大きな手に、右腕をつかまれた。

 振り向く。

 黒いコートを着た男がそこに立っていた。右手には赤黒い矢を握り締めていた。それを私に勢いよく振り下ろそうとした。

 私はされるがままにしておいた。なぜなら、その男の腕を学園長がつかんだから。


 「世話になったな、高位魔族。どうだ、お返しは何がいい?」

 「な……、認識阻害魔法か!」


 男がつかまれた腕を必死に振り払おうとする。だけど離れない。たまらず男が魔法の矢を至近距離で放つ。学園長は腕をつかんだまま飛び上がり、それをかわす。


 「ええい、くそ! 離せ!」

 「そんなに男に捕まえられるのは嫌か?」

 「キュルゲ! 何をしている!」


 黒いフードをかぶった女が、男の後ろから現れた。手を前にし、学園長へかざす。すかさず男から手を離して、学園長は後ろに避けた。

 大きな歯形が石畳についたと思ったら、地面をえぐり取った。まるで見えない化け物がかじり取ったように見えた。


 「ジェルジアも来い。なんとかしろ!」


 黒いコートが目の前にいくつも現れる。幻惑使いか……。学園長が剣で振り払うが、手ごたえなく消されていく。

 敵の高位魔族たちが乱戦の奥へと消えていく。


 「逃げるな」


 学園長と気がついたハルマーン先生が追いかける。

 私も前へと歩き出す。


 門を後ろに3人の高位魔族が立っていた。門の先にはうごめく黒い塊がいっぱいに詰められているように見えた。


 あれが妖精の道……。

 東門そのものが妖精の道だったなんて……。


 「ばかめ。ここを守り切れば我ら魔族の勝利だ。もうすぐ援軍が来る。人類のいまいましい砦など、あっという間に蹂躙してくれるわ!」


 学園長が少しひびが入った黒縁のメガネを手でくいっと直す。


 「させるものか。お前たちはここで死ぬのだからな」

 「死ぬ? 死ぬだと? 何を寝言を言っている。人が我らを殺せるわけが……」


 矢が飛んだ。

 それは絶対な破魔の矢、ディバインアローだった。

 幻惑を使っていた高位魔族が苦しむように倒れる。矢は深々と胸に刺さっていた。分裂しようとするけれど、体が何度かぼやけるだけだった。


 敵の居場所を定めることができた。あとはたやすい。そうですよね、先輩。


 「裏切ったな大公!」


 東門近くの瓦礫に潜んでいた先輩たちが立ち上がる。ふわっと消えると、敵の高位魔族達の前にすぐ現れた。倒れてもがき苦しむ高位魔族を踏みつけながら、先輩は嬉しそうに言う。


 「さて。何を裏切ったのやら。お前たちこそ、いままで魔王を良いように使ってくれたな」

 「それは人ごときが我らに使う、もっともいやらしい魔法なんだぞ!」

 「ああ、だから教えてもらった。私のかわいい後輩に」

 「思い出せ大公。人類殲滅は、我ら魔族の悲願ではなかったのか!」

 「そんなもの、ありはしない」

 「なに?」

 「ギュネスは死んだよ。さて、お前はどう死ぬ? 高位魔族筆頭デュダリオンよ」

 「ええい……。キュルゲ、お前の封印を解いてやる。あれを食って、存分に力を発揮しろ」


 黒いフードを脱ぐと、むくむくと高位魔族が膨らんでいく。コートがやぶけ、それは人の背丈ほどある大きな犬の口がついた、死人のように見えた。


 口を大きく開けたそれは、私を食べようと突進してくる。学園長が私をかばって横に避けさせた。振り向きながらさらに大きく口を開ける。学園長は手にした魔法の黒い剣をそこに向かって投げた。口を閉じてごくんと飲み込む。とたんに学園長がそこへ引き寄せられた。


 「空間ごと食うのか!」


 大きな口がまた開く。そのなかに吸い込まれそうになり、学園長がぐらりとバランスを崩す。


 「分が悪いときは逃げろって教えなかったかい?」


 化け物たちを一掃してきたヨハンナさんが、学園長の腕をつかんで風の魔法で空へ駆け上がる。


 「ああっ! このクソババアが! 放せ!」

 「ふふ、子供はいつまで経っても子供だね」

 「んだと、こら!」


 遠ざかるふたりの裏で、高位魔族デュダリオンが重なった板のような結界を張る。先輩が慌てて回し蹴りを放つがびくともしない。後ろに控えていた味方の高位魔族たちも炎や氷をぶつけるが、結界にあたると消えてしまう。


 「物理防御とアンチマジック……。次元ごと隔離されています!」


 四角い結界をぶつけながら高位魔族のお姉さんが叫ぶ。


 デュダリオンは何も気にせず、怒りのままに命令を下した。


 「全軍突撃せよ。魔族に歯向かう愚か者どもに死を!」


 ワイバーンの群れと化け物たちが、戦っていた先生たちを放り出して、私達に向かってきた。私を殺そうと群がってくる。


 ふふ。うふふ。

 私は笑う。悪役のように口を歪ませて、愉快そうに笑う。

 

 「ファルラ、早く!」


 ワイバーンに乗ったユーリスが横倒しになって、私の横をすり抜ける。互いの手をがっちりとつかむ。私は引き上げられながら、力の限り叫んだ。


 「見せなさい、勇者メルルク! あなたの力を!」


 私と入れ替わるように、勇者の剣を握った勇者メルルクが敵のど真ん中に現れた。

 認識阻害魔法は、ひとりだけじゃない。私の後ろには学園長ともうひとり、勇者メルルクもいた。これが私の最大の切り札!


 勇者メルルクの眼光が鋭く光る。


 「勇者の剣、応えてくれ!」


 叫んで剣を空に掲げる。

 ……何も起きない。


 「ああ、私は偽物だよ。偽物の勇者なんだよ! それがどうしたって言うんだ! いまこの場ででっかい敵に立ち向かおうとしている、この私に力を貸さないお前こそ、なんなんだよッ!!」


 剣から声がした。


 —―限定解除します。60秒間全力開放が最適です。


 「頼む!」


 勇者が腰だめに剣をかまえる。力を溜める。剣がうなりをあげて、青白く光る。


 「ヴォルザッパァァァーーーー!!!」


 放った。

 青白い光が刃になって襲い掛かる。


 犬の口をした高位魔族を割いた。

 四角い結界ごと高位魔族を斬った。

 東門を妖精の道ごと打ち砕いた。


 城壁は轟音を立てて崩れ、砂埃を巻き上げていく。

 薄い朝の明かりが、それを照らしていた。


 すごい……。

 次元ごと全部一振りで斬ったのか……。


 私はユーリスの後ろに捕まって旋回しながら、その様子を眺めていた。敵の魔族たちは全滅したように見えた。


 「土壇場での賭けでしたが、うまくいきましたね。勇者メルルクは本当の勇者です」


 一騎のワイバーンがふよふよと私達に近づいてきた。


 「釣り野伏せとはまた面白い技を使ったの、ファルラよ」

 「いえ、以前授業で習ったのを思い出しただけです。教えていただいたドーンハルト先生のおかげです」

 「ワシに感謝するでない。教えたものを実践できたのは、お前の頭の出来が良いからよ」

 「……ありがとうございます」

 「いい教え子を持ったものじゃ」


 ユーリスが手綱を握りながら、空を見上げる。


 「あ、雨……」


 いつのまにか広がっていた灰色の雲が、水の滴を落としていた。

 王都に広がっていた火の手が弱っていく。


 「なんとかなりそうですね……」


 魔族の攻撃は中途半端に終わった。

 人の命を使う新しい妖精の道は作られなかった。

 王宮にも魔族はたどり着けなかった。

 戦艦は乗っ取られたが、王宮への侵攻を食い止めることはできた。


 「私達は勝ちましたよ、ユーリス」

 「ええ……」


 壊された街に雨が流れる。それを曇った顔で見つめるユーリスがそこにいた。

 私は後ろからそっとユーリスの華奢な体を抱きしめた。


 「帰りましょう。私達の家へ」



■王都アヴローラ ベーカリー街「焼きたてパンの店 221 B.コルネイユ」 1階の店先 ノヴバ小月(5月)6日 7:00


 小さな店先には、けが人であふれていた。

 女優が包帯を縛ってやり、手をかざしてヒールをかけていた。


 そのそばでユーリスが首を振る。


 「この人はもう……」


 女優は泣きもせず、その人の目を手で閉じる。


 「ごめんね。ここを生きている人に使わせて」


 そう女優が言うと、亡くなった人を奥の廊下へと引っ張っていく。


 店の扉が勢いよく開いた。頭から血を流している老婆が男に担がれてやってきた。


 「ナーシェさん……」


 ユーリスが驚いて声をあげる。男を助けながら老婆をゆっくりと床に座らせた。


 「王宮に逃げようとしたら、人があふれてダメだったよ」

 「そう……ですか……」

 「頼む、助けてやってくれ。もう俺たちには行けるところが……」


 ユーリスが老婆の体に触る。そのとたんに大粒の涙を流した。


 「もう……ナーシェさんは……」


 そんなユーリスを見ていた目の前に、ヨハンナさんが割り込んだ。


 「お前さんはこっち」


 ヨハンナさんに引っ張られるように、奥の小さな食堂へ連れて行かれた。


 窓からは雨に煙る中庭が見えた。小さな草原には鈴のような花がうなだれるように咲いていた。


 椅子に座らされると、右脚を板で挟まれ、布切れでぐるぐる巻きにされた。それが終わると右腕も同じように添え木を当てられる。


 「痛いかい?」

 「いえ。まだ、痛覚遮断の魔法が効いていますから」

 「それって、軍用の魔法だろ?」

 「ええ。ドーンハルト先生やゼルシュナー先生が連合王国軍から依頼された研究をしていて、その手伝いの見返りとして術式をいただきました」

 「いいかい。そんなもの日常的に使うもんじゃないよ。ろくなことにならないんだから」

 「わかっています。でも、悠長にヒールをかけていられませんから」

 「休めばいいんだよ。ファルラちゃんがあれこれしなくていいんだ。はい、これで良し。あとで目のほうも包帯に取り換えてあげるから」


 そう言うと、ヨハンナさんが台所へ歩き出す。かけてあった大きなカバンに、台所に置いてある小麦粉の袋、刻んであった野菜、塩、いろいろなものを詰め込んでいく。


 「逃げるんですか?」

 「そうだよ。私にはやることがあるからね」

 「被害は甚大です。東側だけでなくロマ川沿いに火が回って、王都の半分は灰になりました」

 「だからなんだい?」

 「ヨハンナさん……、なぜ逃げるんです? あなたは勇者なのでしょう?」



-----------------------------------------

いつも応援や感想をたいへんありがとうございます!

執筆を続けられるのもひとえにご応援いただける皆様のおかげです。

よろしかったらぜひ「♡応援する」「☆で称える」を押してください。

作者が鍋の中から顔を出して喜びます!


2022年はご愛読いただきありがとうございました!

来年もぜひよろしくお願いします。


次話は2023年1月1日19:00に公開!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る