第11話-⑭ 悪役令嬢は夜明けの戦いを挑む



 「大丈夫ですが……。ヨハンナさんこそ大丈夫なんですか?」

 「勇者の剣をいまの勇者に返しちゃってさ。素手やら奪った剣やらで戦っていたら、返り血ばっかり浴びちゃって。慣れた武器でないと、どうもいけないね」


 まるで包丁が借り物だったから、料理がうまくできなかったような言い訳をしている。その言い方に笑ってしまった。


 「そんだけ笑えりゃ、大丈夫だね」


 戦いは続いていた。それでも人と、人に味方する高位魔族たちは懸命に戦っていた。

 魔族の兵は司令官を失って、でたらめに暴れ出していた。それを押さえようとみんな必死だった。


 遠くの方で上がっている炎が、夜空を焦がしている。それを見ながらヨハンナさんはため息をつく。


 「やれやれ。変わらないね。魔族も人も……」

 「また逃げ出すんですか?」

 「ああ、逃げ出したいさ。こんな不毛なことからはね……」


 疲れた姿の先輩と高位魔族達がやってきた。あちこち血のしみができている。

 先輩が握っていた剣をぽいっと無造作にヨハンナさんへ投げた。それを受け取ると、ヨハンナさんが不思議そうに眺める。


 「こりゃ、あんたの愛用の剣じゃないのかい?」

 「魔族の剣を使う勇者、というのもなかなかかっこいいと思うんだよね」

 「はは、こりゃ死んだ旦那にいい土産話ができたよ」

 「待て待て。これが終わったら返せよ」

 「ケチ臭いこと言いなさんな」

 「こら、ダメだって」


 じゃれあう二人を見て、なんかこう親娘のように見えた。これがさっきまで殺し合いをしていた勇者と魔王なのか……と、ぼんやり思う。


 こほんと空咳をして、パンパンと手を叩く。


 「作戦会議をします」


 ユーリスが魔法で小さな灯りをつけてくれた。そこにヨハンナさんと先輩、後ろに高位魔族の3人がやってくる。

 軒先の木床に石ころをいくつか置くと、それを左手で持った剣でつついた。


 「まずは妖精の道を制圧するのが良いと思うのです。先輩。魔族の兵を失いすぎたと聞きましたが、援軍の可能性はありますか?」

 「ある。まだ魔族領にいくつか部隊を残している。高位魔族も3家の当主が控えている」

 「では、やはりそこを押さえるのが得策ですね。妖精の道を守備する者たちはいますか?」

 「いる。高位魔族がふたり、魔族の兵が陸と空で10万ほど」


 ヨハンナさんがため息をつく。


 「あんたたちは、ほんとにゴリ押しばかりだね」

 「人のように13年経たないと剣も握れない、というのではないからね。3年もあれば戦力にできる。生み出すだけなら毎月1万騎はいけるんだ。もっとも、そんなことをしていたら食料が尽きて共食いが始まってしまう」


 私は人差し指を口に当てながら考え込む。


 「だから南下政策なのですね。生存域を広げるための。本音はそんなところでしたか」

 「それもあるが、まあ……。私とアルザシェーラが神を嫌うのは、その通りなんだ」

 「だとしたら、この魔族の王都侵攻は的外れですね。生存域の確保、神殺し、どちらも達成できない」


 先輩が押し黙る。

 狙いは王宮なのはわかっていた。

 ……王宮に何かあるのか? ダートムで魔王が固執していた勇者の剣のように。


 でも、それはもうできない。乗っ取った空中戦艦は私達が落としたし、王宮に攻めあがろうとしていた高位魔族も押さえた。

 なら、いまは……。


 「やはり妖精の道を押さえましょう。先輩たちはそちらの対応をお願いします。私達は魔法学園の先生を集めながら、そちらへ向かいます」

 「ああ、わかった」

 「対価は何が御望みですか?」

 「そうだな。お前の体ではどうだ?」


 灯りが揺れる。ユーリスがものすごい顔をして先輩をにらんでいた。私は努めて明るく言う。


 「やだなあ、先輩。すでに対価として体も命も差し上げるとお約束していましたよ?」

 「それはいつなんだい? 魔王から離れたとはいえ、私が対価を得ようとすれば邪魔してくるはずだ。ギュネスを差し向けたように」

 「それはそれは。私はいつからモテモテになったんでしょう」

 「一刻も早く私のものになって欲しい」

 「まるで告白しているみたいですよ、先輩」


 先輩が微妙に顔を赤らめて言葉を詰まらす。この人は案外かわいいところがある……。

 どうにか先輩が平静を装って声を出す。


 「……そうしなければファルラの命を守れない。高位魔族はファルラの体を欲しがるだろうから」

 「莫大な魔力のために?」

 「そうだよ。食ったほうが早いとギュネスが見せてしまったからね」


 私は悩みだした。でも、答えはひとつしかなかった。


 「いいでしょう。近いうちに必ず」


 ユーリスが叫ぶ。


 「ファルラ、そんなことしちゃだめです!」

 「どうしてです? そろそろユーリスの実家にもご挨拶したかったですし」

 「……それは人の世界を捨てるということです」

 「魔族の関心が私に向いてしまったら、もはや守ってくれる人はいませんよ。どうです、ヨハンナさん?」


 ヨハンナさんが下を向く。


 「……そうだね。いまの人類にはなすすべがない」

 「なら、仕方がありませんね」

 「でも、必ず取り戻す。人類はいつでもそうしてきた」


 そう、人類はそうしてきた。


 ……それでは困るのです。


 私が「取り戻すに値する人」になってしまったら、人類は躍起になって取り戻そうとする。そんなことになれば、私とユーリスは平穏な日々を過ごせなくなる。

 やはり、勇者メルルクをちゃんと勇者として仕立てないといけないか……。


 私は自分の思惑を今までそうしてきたように隠しながら、ヨハンナさんに適当な答えを伝える。


 「ありがとうございます。まあ、きっと魔族が飽きたら、また戻れるでしょう。魔族領でのんびり待ちますよ」


 ユーリスが心配そうに声をあげる。


 「ファルラ、魔族はそれほど甘くは……」

 「いまは仕方ありません。ほかに良い方法がないのです。先輩、ひとまずそれで良いですか?」

 「ああ、かまわない」


 私はユーリスが何か言いたそうにしているのを無視して、剣で床をつついた。


 「では、続きです。まっすぐに突撃しに行っても、守りは堅いでしょう。いくら先輩たちでも無理がある」

 「どうするんだい、ファルラ?」

 「相手が陽動の陽動をしてくれたのです。こちらも陽動で仕返しをしましょう」




■王都アヴローラ 東門の近く 崩れた商店 ノヴバ小月(5月)6日 4:00


 瓦礫の奥で青白い光が見えた。それを目印に歩いていく。音を立ててしまったのかもしれない。まったく気配を感じさせず、その人が後ろから私に狙いを付けていた。


 「ゆっくりこっちを向きなさい」

 「私です。ハルマーン先生」


 振り向くと、服があちこち破けているハルマーン先生が驚いた顔をしていた。


 「生きていたのですね。……目をやられましたか?」

 「いまは痛覚を切ってもらっているので、なんともありません」

 「なんともはないでしょう。こちらへ。ゼルシュナー先生がいます」


 ハルマーン先生のあとをついていく。青白い光のもとに着くと、学園長が寝かされていた。顔を見ると血の気がなく、ほとんど死んでいるようだった。

 そばにいたゼルシュナー先生が錫杖をかざしてヒールをかけていたが、効果がなさそうに見えた。


 「ファルラか」

 「ゼルシュナー先生。学園長は……」

 「生きとる。だが容態は悪い」

 「どうされたのです?」

 「高位魔族の奴らだよ。奴らの攻撃を避けたと思ったら、それを狙ったように勇者殺しを撃ってきてな」

 「それはそれは……」


 ゼルシュナー先生からふいに聞かれる。


 「ん? お前さん、ユーリスは?」

 「いまは別行動です」

 「めずらしいな。どうした?」

 「これから反撃をするからです」

 「ほう」


 私はヨハンナさんから貰ったポーションをゼルシュナー先生に手渡した。


 「もうこれひとつしか残っていませんが……。使ってください」

 「ふむ……。どうしたものか」

 「学園長に使われないのです?」

 「ばあさんも張り切り過ぎてな。サイモンの奴もへばっている。ドーンハルトは行方がわからん」

 「ミュラー先生は?」

 「高位魔族のひとりと差し違えて落ちていった。その隙で俺たちは逃げられたんだ……」


 押し黙る。重苦しい空気が流れる。

 苦戦はしているだろうと思ったけれど、まさかここまでとは……。

 私は開きたくない口を開く。


 「私達はそれでも戦わないといけません」

 「そんなことはわかってはいるが……」


 ほかの先生たちの命と学園長の命をはかりにかけたのだろう。ゼルシュナー先生の苦悩が顔ににじみ出ている。


 ハルマーン先生がひったくるようにポーションを私から奪う。まさか私と同じ口移しで……と思ったら、おもむろに学園長の鼻をつまんだ。開いた口に蓋を開けたポーションをそのまま突っ込んだ。

 ゼルシュナー先生があっけにとられて、ハルマーン先生を見つめる。


 「ずいぶん乱暴なことをしてるな……」

 「北方ではこんな感じでしたよ?」

 「お前はそんなんだから……」


 ぶふーっとポーションが吹きだした。学園長が体を起こすと、けほけほと咳をする。


 「……この味。ほかのポーションと違う、このやたら辛い味。あのクソババアに会ったな」

 「クソババア……、ですか?」

 「ああ、ファルラ。逃げ出した勇者のことだ。あれは私にすべてを押し付けて、逃げたからな」

 「それでは……」

 「私の先生だった。戦い方はみんな教わった。ダンジョンに叩き落されるわ、化け物の巣に放り込まれるわ、ろくな目に会わなかったが……」


 そばに落ちていたポーションの瓶を拾い上げると、学園長はそれを懐かしそうに見つめた。


 「でも、この味が助けてくれた」


 学園長が私を鋭くにらむ。


 「いるんだな?」

 「はい、一緒に戦っています。勇者メルルクもいます。魔族も分裂し、4人の高位魔族が味方になっています」

 「勝てるのか?」

 「ええ。学園長に立ち上がっていただければ」

 「詳しい話を聞きたい。ファルラ・ファランドール」


 私はみんなに説明した作戦を先生たちに伝えた。話し終えると学園長はゆっくりと立ち上がり、空を見上げた。


 「そろそろ夜が明けるな……」



■王都アヴローラ 東門前 栄光通り ノヴバ小月(5月)6日 5:00


 空が色づく様子をもっと見ていたかったけれど、私はあきらめて前を向いた。目の前には大きな石を積み上げてできた壮麗な東門があった。私はその前にひとりで立っていた。


 門の後ろから、ワイバーンの群れが湧き立つ。黒いものが明けの空に広がっていく。

 ワイバーンのぎゃーぎゃーとうるさい鳴き声が、少しずつ大きくなってくる。


 「さて。そんなものでは私は倒せませんよ」


 右足は踏ん張れない。左目は痛み出している。右腕は骨が砕けてて、剣を握れない。


 戦えるとは思えなかった。それでも餌としての役目はできるだろう。高位魔族が食べたくなるほどの体なのだから。


 私は左手で剣を斜めに構えた。


 「さあ、来い!」




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次話は2022年12月31日19:00に公開!

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