第11話-⑬ 悪役令嬢は高位魔族の最後を見守る



■王都アヴローラ 王宮に通じる大通り ノヴバ小月(5月)6日 2:30


 大公の剣が、きらりと炎を照らした。


 ユーリスは手を膝につき、荒く息をしていた。

 ヨハンナさんは、勇者の剣を構えたままずっと大公を見つめていた。


 「死闘を繰り広げていた」と一言では済まされない戦いが続いていた。

 剣で斬りつけ、できた隙に死角から魔法で攻撃する。それを二人がかりで途切れなくやっている。大公はそれを避けて蹴りを繰り出し、剣で冷静に応戦していた。


 大公が、ずれた丸眼鏡を手で直す。


 「つまらんな」


 ギュネスが無数の口で愉快そうに笑う。


 「「「どうしたんです、大公閣下。闇の栄光であるあなたが、たかだか人相手に苦戦しているようじゃないですか? ふふふ。この僕が手伝ってあげますよ」」」


 無数の口と無数の手が動き出す。寄り集まると、人より何倍も大きい趣味が悪い塊になった。それが一斉にぱちんと指を鳴らす。


 「「「僕は否定する。勇者の……」」」


 一閃。


 大公が回し蹴りを素早く食らわせた。ちぎれた手や口が、石畳や倒れた化け物たちの上へ散らばっていく。


 ……私達をかばった?


 突進してくる化け物を魔法の矢で追い払いながら、私は考え出した。


 大公にしてみれば私達を殺すことなんて、容易にできる。

 それをしないのはなぜなんだろう……。


 もしかして、時間を稼いでいる?

 もしかして、何かを持っているのでは……。


 ふふ、うふふ。


 「交渉できるところがあるのなら、いまの私でもやれることがありますね」


 自分の袖を引きちぎる。腰に下げていた鞘を外して折れた足にあてがうと、袖できつく縛り付ける。


 「軽やかなステップは踏めませんが、まあじゅうぶんでしょう」


 私は前に歩き出した。足を引きずりながら、大公のそばに近づいていく。

 ギュネスの嫌味のある笑い声が聞こえてくる。


 「「「痛いなあ。大公閣下はどうやら僕のことがお嫌いなようだ」」」

 「……ああ、気に食わない」

 「「「いいんですか? 魔王アルザシェーラ様へ大公が僕を蹴ったと告げ口しますよ?」」」

 「勝手にしろ。気に食わないものは気に食わない」

 「「「あっはっは。闇の栄光も落ちたものですね。では、どうぞ殲滅を」」」


 ぐにょりと無数の手と無数の口が動き出す。


 大公が剣を構える。凛とした気迫があたりを包む。目をつぶると、小声で呪文を詠唱しだす。

 ユーリスが飛び出せるように身構え、ヨハンナさんが剣を握り直す。


 私はそこに大声を上げて割り込んだ。


 「推理しましょう。グリフィン大公、いえ先輩!」

 「ファルラ、もう遊びは終わったんだ」

 「いいえ、あなたは遊んでます。ただ楽しくはなさそうですが」


 先輩は剣を下ろした。私にため息をつくその姿は、魔法学園で一緒に遊んだ頃と一緒だった。

 まだ余地はある。私達が助かる余地は……必ずある。


 「先輩は何かを待っていますね?」

 「さあて、どうかな」

 「だから時間稼ぎをしている」

 「今すぐ命を奪ってもいいんだぞ?」

 「そうはされていませんよね? 先ほどからずっと攻撃を受けているだけですから」

 「何を言っている。案外強いんだぞ、こいつら」

 「そう見せているだけです。他の高位魔族には知られないように」


 先輩は黒い丸眼鏡をずらし、私をじろりとにらみつける。


 「何が言いたい?」

 「先輩は魔王がここに来ることを知っている。そして魔王が何かするのを待っている」

 「だとしたら?」

 「私は知りたいだけです。この王都襲撃の目的は何なのです? 魔族が王宮へ行って何をするのです? それを指揮している魔王は何を考えているのです?」


 押し黙る先輩に私は畳みかける。


 「大規模遠征をさせないため? いいえ、違います。それなら武器や食料を貯蔵しているところ、空中戦艦が停泊している港を襲います。アシュワード王家への積年の恨み? 本当にそんなものはあったのですか? ヨハンナさんからも聞きましたが、アシュワード王家が成立しないと、あなたたち魔族も魔王アルザシェーラを擁立することができなかった。アシュワード王家がないと魔族は困るんです。女神の殲滅のため、それを生み出す人を滅ぼす? それなら女神を生み出す黒い髪を持つ女だけを殺すほうが理にかなっています」


 私は手をパンと叩いた。みんなの注目を集めると、話を続けた。


 「違います。みんな違うんです。あなた方が言っている魔族の大儀名分はすべて嘘です。そんなこと、誰が言い出しているんです? ああ、言えませんよね。あなたたち魔族は完璧な階級社会です。上位の魔族には何も言えない。逆らえない。そして大公であるあなたが従うのは、ただひとりです」


 人差し指を先輩に向けると、私ははっきりと言う。


 「先輩、あなた、魔王アルザシェーラに騙されているのでは?」


 風の唸り声が聞こえたと思ったら、視界がぐらりと揺れた。

 石畳の上にどさりと倒れると、痛みがあとから襲ってきた。頭が猛烈に痛い。


 ……蹴られたのか。


 片足をゆっくり下ろす先輩の姿を横向きに眺めていた。

 ふふ。図星なんですね、先輩……。


 ギュネスの無数の口から感極まった声が流れる。


 「「「すばらしい! それでこそ闇の栄光。ルドラ・グリフィン大公閣下であらせられます。我が君、アルザシェーラ様もお喜びになるでしょう」」」

 「黙れギュネス。虫唾が走る」

 「「「では終わらせたらいかがです? この愚かな者たちに慈悲を与えましょう。あなたができないというのなら……」」」

 「良い。それは私の役目だ」

 「「「そうですか。でも、兵が暴走した、というのなら仕方ありませんよね?」」」


 地響きがした。化け物たちが我先にと向かってくる。すさまじい速さで津波のように襲ってくる。

 間に合わない!


 「ファルラ!」


 ユーリスが駆け寄ってくる。手を伸ばしてユーリスの手を握る。魔術紋が共鳴して光をほとばしらせて回りだす。


 「「結界!」」


 ふたりで叫ぶと、幾重もの魔法陣が瞬時に出る。最初の化け物が結界に触れた。バリンと割れる。次々と砕けていく。化け物たちは数と力で結界を粉砕していく。


 「わーっっ!」


 ユーリスが叫ぶ。私も力を籠める。

 私達は強く手を握りあった。


 ……。

 なんだろう。歌が聞こえる。


 頭の中に歌が流れた。


 血を流し、倒れた化け物の上に立っているヨハンナさんを感じた。気がついたように「歌?」とつぶやく。


 意識共有……。

 それは魔族に悪用された勇者メルルクの固有スキルだった。


 女優と勇者メルルクがいる。それを感じる。

 どこかの高い建物の上にいるようだった。彼女らが見ている燃え盛る王都を一緒に眺めていた。


 歌っているのは女優だった。聞き慣れた澄んだ声が、炎に染まる夜空に吸われていく。


 頭の中がはっきりしていく。

 いろいろなところで、魔族と戦っている人々を感じた。


 衛士たちが子供を守って化け物と戦っていた。

 街の人たちが火事になった家へ必死に水をかけていた。

 男たちは手近な武器を投げつけて、ワイバーンを落とそうとしていた。

 女たちは腕組みをして道に並び、これ以上通さないと、大勢のゴブリンと対峙していた。


 頭の中で流れる歌を聞いて、みんな動きを止めた。

 不思議そうに辺りを見回している。


 聞いたことがない言葉で歌っていた。でも、どこか聞いたことがある懐かしい言葉だった。

 女優が思う歌詞の意味が、私にも伝わってくる。



 ――月の影を追うように。流れる星をつかむように。

 無邪気にそうしていたかった。

 いつから忘れたのだろう。いつからそうなったのだろう。

 私はずるくなった。生きるために。

 私は捨てた。あなたといるために。

 いまは眠ろう。ふたりで眠ろう。そうすればあの頃に帰れるから……。



 大公がふふーんと鼻歌を歌っていた。


 「良い歌だ」


 ようやくわかった。

 聞き覚えがあったはずだった。

 それは先輩の部屋に泊ったときに聞いた子守歌だったから。


 「沙丘の苑台で紂王によく歌ってもらっていた。懐かしい……」


 大公が何かをあきらめたようにふっと笑う。


 「そうだな。やはり私は人が好きらしい。人を憎む心も、人を愛する心も、すべてが愛おしい」


 それから手を上げ、鋭く叫んだ。


 「我は闇の栄光、ルドラ・グリフィンである。集え!! 我に忠誠を誓う者よ!!!」


 暗闇の中から3人が現れた。

 みんな黒いコートを来ている。胸元を止める金細工がきらりと光る。


 「13家がひとり、ネイラ・クローデシア」と長い髪を三つ編みにした高位魔族の女が言う。

 「13家がひとり、ノシュア・ルフィカール」と赤いマフラーを巻いた高位魔族の男が言う。

 「13家がひとり、ルケア・ジオザム」とやんちゃそうな高位魔族の男が言う。


 3人が胸元に手を当て、頭を下げる。


 「「「我ら大公閣下のもと、闇の底まで付き従う所存!」」」


 3人へ振り向くと、大公は子供のように笑った。


 「これより我らは魔王アルザシェーラから離反する。良いな!」

 「「「はっ!」」」


 ギュネスがうろたえた声を無数の口から出す。


 「「「裏切る……、裏切ると言うのか? あははは、ばかか! 狂ったか、大公」」」


 大公が、近くでうごめいていたギュネスの口のひとつを踏みつけた。


 「狂っているのはお前のほうだ。私の愛おしい人間たちをたくさん殺しておいて、ただで済むとは思うなよ」


 大公がもぞもぞ言う口を蹴り上げたのが合図だった。

 高位魔族がギュネスに次々と襲い掛かる。


 「世話になりましたねギュネス。せめて同胞の手で闇へと返します」


 ネイラ・クローデシアが手を上げると、無数の四角い結界が宙に現れた。それが下に降り、ギュネスの散らばった肉体を包み込んんでいく。


 「俺はお前が大嫌いだったよ」


 ノシュア・ルフィカールが手を上げると、辺りは吹雪になった。すべてが凍りつく。


 「二度とニヤニヤ笑いができないようにしてあげるね」


 ルケア・ジオザムが手を上げると、辺りは火の海になった。すべてが燃えあがる。


 無数の口がそれを否定しようとするのを、先輩はすさまじい速さで蹴り上げ、殴り、剣で突き刺す。


 「「「貴様らぁ!」」」


 私はユーリスに立たしてもらうと、ギュネスの最後を見つめていた。

 ギュネスはじわじわと囲まれ凍らされ燃やされていく。あげていた悲鳴が小さくなっていく。


 ヨハンナさんが小声で何かを詠唱していた。指先を振り下ろすと、暗闇の中で青白い線が縦に描かれた。その線がバチバチと稲妻を這わせながら横に裂けていく。


 「「止めろ! それは止めろ!」」


 大公が腰に手を当ててすっかり小さくなったギュネスに言う。


 「勇者が使う次元送りの魔法だ。二度も味わえて嬉しかろう?」

 「「アルザシェーラ様が黙っていないぞ!」」

 「それはどうかな」


 大公が四角い結界のひとつを裂け目へと蹴り上げる。稲妻のひとつが触手のように伸び、それをつかむと裂け目の奥へと飲み込んだ。

 次々と稲妻が伸びていく。ギュネスの体を結界ごと裂け目へ飲み込んでいく。ギュネスは悲鳴まで吸われていった。


 ねばる最後の一つを、ヨハンナさんが剣先でつついた。


 「あんたはその性格を直しておいで」

 「嫌だぁぁぁぁ!」


 ギュネスは断末魔を上げて、裂け目に飲み込まれていく。なおも這い出ようとするのを、稲妻が奥へと押し込む。

 すべてが終わると、裂け目は閉じられ、消えていった。


 「終わった……」


 ほっとしたように言うユーリスに、私は現実を知らせる声をあげる。


 「いや、まだです」


 化け物はまだ火を吐いて暴れていた。ゴブリンは街を荒らしていたし、大公に応えなかった高位魔族も先生たちと戦っているようだった。

 共有している意識の中で、戦いは続いていた。


 「大公……」

 「先輩でいいよ。もう大公辞めたし」

 「じゃあ、先輩。手伝ってもらえますか?」

 「いいよファルラ。あの頃のように無邪気に暴れようじゃないか」



■王都アヴローラ 王宮に通じる大通り 商店の軒先 ノヴバ小月(5月)6日 3:00


 ユーリスが自分のスカートの端を口で切り裂く。細い布切れに変えると、それを私の左目に当てながら、頭に巻いていく。


 「応急処置です。痛覚遮断の魔法が切れたら、きっと痛みでのたうちまわりますよ」

 「かまいません。ああ、それなら。ユーリスは日ごろ私におでこを叩かれている恨みを晴らす、いいチャンスですよ」

 「そんなことしません」

 「本当ですか?」

 「……少しだけしたいです」

 「ふふ、正直ですね、ユーリスは」

 「でも、それよりいまは一緒のベッドでファルラと寝たいです」

 「疲れましたか?」

 「もう、ファルラは。見てわかりませんか?」

 「まあ、それはそうですが。焼けてないといいですね」

 「うん……」


 ヨハンナさんがそばに歩いてきた。


 「大丈夫かい、ファルラちゃん。ユーリスちゃん」


 全身血塗れですさまじい姿になっているヨハンナさんは、いつもと変わらずにっこりと笑った。



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次話は2022年12月30日19:00に公開!

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