第11話-⑫ 悪役令嬢は高位魔族の正体を知らされる



 魔族を滅する勇者の剣。魔族の力を押さえつけ、屈服させる力。

 同じ力を持つサイモン先生が作った剣。


 封印が解かれて、その力が発動した。


 音が耳をつんざく。

 光の環が剣から広がる。


 ギュネスが血をぶふっと口から吐き、その場で膝をついた。信じられないという顔をユーリスに向けていた。

 ユーリスは「くわァァァ」という絶叫を上げて、剣を引きずりながら、ギュネスに一歩、また一歩と近づく。


 口を手で押さえながらギュネスが後ずさる。それでもあふれる血が、ギュネスを汚していく。

 引きずっていた剣をユーリスがどうにか上に持ち上げる。


 「応えろ、流星の剣!」


 流星雨が降った。

 何千何万という流れる星の輝きが、ギュネスとユーリスを飲み込んでいった。


 ユーリス……。


 「ユーリスッッッッッ!」


 私は叫んだ。そして地面を握った拳で叩きつけ、片方だけの目で涙を流した。


 光が消えていく。

 夜が戻っていく。


 ユーリスが放心したように月明かりの中で立っていた。

 剣を地面につき立て、ひざをつく。

 そのとたん、ぐはっと血を吐いた。


 血を手で拭いながら、ユーリスはうなだれたまま、私を叱るように叫ぶ。


 「ファルラッ!」

 「うん……」

 「どうしてあなたは! いつも死のうとするんです……」

 「ごめん……」

 「私より先に死んじゃダメなんですよ……」

 「ごめん……なさい……」

 「いま……手当をします……」


 力なく立ち上がるユーリスが、剣を重そうに引っ張り、私に向かって歩き出す。


 「ひどいなあ。体が半分になってしまったよ」


 ギュネスの明るい声にぎょっとする。

 まだ生きているのか……。


 闇から月明かりの中に現れたギュネスは、人の形をしていなかった。左半身はなくなり、そこには脈打つ臓物や細い触手がたくさんうごめいていた。


 「人と魔族の差なんだ。魔族を殲滅する剣の固有スキル。魔族と人の混ざり物なお前は、人の部分があったから助かったのだろう?」

 「ギュネス……、お前は……」

 「僕も半分は人の体なんだ。残念だったね」


 な……。

 驚いて私とユーリスはギュネスを見つめる。


 「魔族13家の中でも末席で、僕はいつもないがしろにされてきた。それは人であるところが残っているからだと僕は思っていた。まさか、それで助かるとはね……」


 ギュネスがゆっくり片手をあげる。


 「まったくお前たちはいつも僕をいらつかさせる。僕は高位魔族だ。栄光ある魔族なんだ! 人であるはずがないんだッッッ!!」


 ぱちん。


 「僕は否定するッ! 僕に残された人の体をッッッッ!!」


 ギュネスの体がはじけた。

 それはグロテスクに変容する。

 辺りには生暖かい臓物があふれだす。それがいくつか集まるようにして形を成していく。


 無数の手と無数の口。

 それがでたらめに地面を覆う。


 無数の手が指をはじき、無数の口が願いを叫ぶ。


 「「「僕は否定する。魔族の兵が燃え尽きていることを」」」


 炎が消える。もぞもぞと化け物達が動き出す。そして立ち上がると、口を大きく開け、咆哮をあげた。


 私は茫然とその光景を見ていた。


 「神様にでもなるつもりですか……」


 ユーリスが痛みを我慢しながら駆け寄ってくる。私のそばにひざまづくと、すぐに手をかざしてヒールをかけ始めた。顔を見ると、とても悔しそうに言う。


 「ギュネスはファルラの目を食べたのですね?」

 「ええ……」

 「人の魔力は目に宿ります。ギュネスはファルラの魔力の半分をもらったことになります」

 「それは最悪中の最悪です。膨大な魔力と現実を否定する能力、そしてねじくれた性格が合わさったら、グレルサブの惨劇どころではありません。世界が壊されてしまう」


 私はユーリスの手をつかんで、ヒールを止めさせた。


 「ユーリス。痛覚だけ遮断してください。痛みが思考の邪魔をします」

 「ファルラ……」

 「いつもしてくれたじゃないですか。屋敷で父に殴られたときに」


 ユーリスもまた私の考えはわかっていた。言葉では引き留められないことも。私の手を握り返すと、そっと自分の太ももに置いた。それから見慣れた魔法陣を指先で宙に描く。


 「あとでゼルシュナー先生に診てもらってください。ファルラの体はもう……」

 「わかりました、ユーリス。迷惑をかけました」


 ユーリスが白い魔法陣を描き終えると、私の胸にそっと押し当てた。溶け込んでいく。痛みが遠のいていく。


 「……まだ戦うんですね」

 「ええ。ギュネスを止めなくてはいけません」


 ふいにユーリスが私を抱き締めた。それからこらえていたものを吐き出すように泣き叫んだ。


 「世界なんてどうでもいい! ファルラが生きてくれればそれでいい!」

 「世界が壊れたら、私達はここにはいられませんよ」

 「でも、それでファルラがぼろぼろにならなくてもいいんです!」

 「それは私もそう思ってます。ユーリスが傷つくのは見ていられませんでした」

 「なら……」


 私は立ち上がる。私を強くつかんでいたユーリスの手が、あきらめたように離れていく。


 「足に力が入りませんね。まあいいでしょう」


 目の前にはギュネスだったものが一面に広がっていた。


 「それでもやらなくてはいけないことがあるんです」


 ヨハンナさんが「おーい」と声をあげた。近くの瓦礫の山の上から手を振っている。

 私達に気がつくと、すぐに走ってそばにやってきた。


 「ファルラちゃん、大丈夫かい?」

 「ヨハンナさんこそ」


 ぼろぼろに裂けたエプロン、血が幾筋もにじむ腕を見る。大公と激戦だったのはすぐにわかる。


 「目を……やられたんだね」

 「右目はどうにか見えます」


 私は臓物と手と口で埋め尽くされた、その先を見つめる。


 「この状況に絶望しますか?」

 「ふふん、そんなこと今の一度もないね。勇者なんだよ、私は」

 「上等です」


 私は人差し指を前に出し、宙をなぞるように魔法陣を描き出す。


 「やれることをやります」


 魔法陣をつかむ。それを引っ張ると、人の背丈を大きく超える白い弓が現れた。

 矢を大きく引く動作をする。右手に10本の矢が現れ、弦につがえる。


 「ディバインアロー!」


 白い光の群れがまっすぐギュネスの手と口に刺さる。


 「撃ちます! ディバインアロー!」


 ユーリスも同じようにして、何度も破魔の矢を放つ。


 矢が刺さったところが膨れて大きく破裂する。

 無数の口から悲鳴と憎悪の叫びが上がった。


 生き返った化け物が私達を見つけると、突進してきた。地響きで体が揺さぶられる。


 刃が光る。

 剣を抜いたヨハンナさんが、あっという間に化け物を斬り倒した。その体から、炎がいくつも吹き上がる。


 まだ、できる。まだ……。

 私は力の限り叫んだ。


 「まだ終わってないぞ、魔族!」


 燃える化け物に影が揺らいだ。

 炎の中から、剣を握り締めた大公が現れた。


 「いいや。これで終わりにしよう」



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次話は2022年12月29日19:00に公開!

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