第11話-⑪ 悪役令嬢は高位魔族に体を奪われる
そのまま焼けただれた壁の前に連れていかれる。髪の毛を乱暴に引っ張られ、頭を壁へ叩きつけられた。何度も何度も。執拗に。壁にぶつけられるたびに目の前が白く瞬く。
……ユーリス、お願い、来ないでユーリス……。来たら殺される……。
気絶することも許されない痛みのなかで、そう願い続ける。
疲れたのだろうか、それとも飽きたのだろうか。ギュネスの手が私から離れた。荒い息を整えながら、力なく倒れた私を見下ろしている。
「僕には大好きなことがたくさんあるんだけど、こうやって暴力をふるうことで、相手が無抵抗になっていくところがいちばん好きなんだ」
「ゲス……が……」
「おや、まだそんな口を利くとは。これはがんばらないといけませんね」
髪をつかまれ頭を持ち上げられる。ギュネスの左手が無数の臓物のようなものに変わる。生臭いそれに体を縛られ、腹這いに伏せさせられる。
「さて、ファルラ・ファランドール。お前は散々邪魔をした挙句、僕に恥をかかせて、頬に傷を作ってくれた。失態を責められ、魔力を封じられたのは、実に恥辱あふれる経験だったよ。何か言うことはあるかい?」
「……死ね」
「ああ、ご令嬢がそんな言葉を吐いてはいけないな。もっとも、剣を振り回したり、足らない頭で推理したりする、そんな令嬢はいささかどうかと思うけどね」
そう言うとギュネスは、私の頭をつかみ、思い切り石畳に叩きつけた。頭を無理矢理あげさせられると、おでこから血がぬるりと流れていく。
私はギュネスをぎゅっとにらみつける。
こんな奴に……負けるものか。
「いい目だ。これは欲しくなってしまったな」
臓物から細い触手が無数に伸びる。私の顔を這っていき、左目へと入り込む。
ぷちっという音がした。
あまりの激痛に意識が飛びそうになる。体はきつく拘束され、ただひたすら叫び声をあげるしかなかった。
「目は脳に直結しているそうだよ。痛みがすぐ脳に伝わる。ああ。なかなかいいね、いい痛がり方だ。ぞくぞくする」
痛みで涙が流れる右目に、ギュネスが私の左目を口に含む姿が見えた。くちゅくちゅという音が響く。
「ふふ。これはいい味だ。素晴らしい。もうひとつ味わえるというのも、実にいいね」
嬉しそうに喜ぶギュネスの後ろに、見覚えのある人影がうっすらと見えた。
「先……輩……」
私の声でギュネスが振り向く。いつもと変わらず黒い丸眼鏡をかけたグリフィン先輩。魔族の大公でもあるその人は、私達に苦悩が混じる表情を向けていた。
「これは大公閣下。どうなされたのです?」
「我々に王宮へ攻め入れとのお達しだ。戦力を失いすぎた」
「僕はもう少しこのおもちゃと遊んでいたいのですが?」
「魔王アルザシェーラ様の勅命だ。従え」
ギュネスは笑い出す。お腹を抱えて爆笑している。
「僕は魔王アルザシェーラ様に全権を委任されているんです」
「だから、なんだ」
「僕に指図してみろ。お前のお気に入りをこの場で壊してやる」
先輩の動きが止まる。ゆっくりと腕組みをして、私達をじっと眺める。
何もできないのだろう。
魔王アルザシェーラの意向があるのなら、大公として魔王の後見役をしている先輩でも逆らうことができない。
ギュネスの顔が私に迫る。
「お前はもう誰にも救ってもらえない。誰も助けはしない。絶望とはどういうものか、心の奥底から良く味わえ」
後ろに下がると、ギュネスは剣を拾い上げた。残忍な目をして剣を逆手に構える。突き刺すつもりなのだろう。
私は目を閉じなかった。それしか抵抗する術がなくても、私はそれをした。
次の瞬間、ギュネスが横に吹き飛んでいった。
転生前の記憶から、それがフライング・ドロップキックというプロレス技だったのを思い出す。
「ユーリス……」
むくりと起き上がるユーリス。ふーっふーっと獣のような声を立てている。
私を見ず、ギュネスをずっと目で追い続けている。
「お前は……。半端な作り物ふぜいが!」
ギュネスが私の拘束を解いて、からんでいた臓物を自分の体へ瞬時に戻した。その勢いで起き上がるところを、ユーリスが回し蹴りで狙う。ギュネスが後ろに宙返りして立ち上がったところを、ユーリスの二撃目の回し蹴りが追いかける。それを手でかわすとギュネスが口を開く。そうさせまいと、ユーリスが殴り掛かる。止めようとギュネスが手を出す。ユーリスは殴ると見せかけて魔法の矢を胸元で撃とうとする。横にそらそうとしても間に合わない。かすめるように矢が飛ぶ。思わず胸を手で押さえあごを下げたところを、ユーリスが掌底で狙う。当たる。ギュネスが人の背丈ほど上に吹き飛ぶ。
息をつかせない攻撃。ギュネスが口を開く前に攻撃をしている。ユーリスにはギュネスという高位魔族がどんな相手なのかわかっている。
目を引き千切られたときの悲鳴は、ユーリスの耳にも届いたのだろう。
私のせいで、こんなことをさせている。私をこんな目に合わせた敵を、ひたすらに殺そうとしている。
ギュネスをにらんだまま、ユーリスが落ちていた私の剣を手探りで拾い上げる。手にするとギュネスへ飛び掛かろうと間合いを詰めていく。
「大公。僕を助けなさい。魔王アルザシェーラの命を守れないのですか?」
私達をただ見つめていた大公が腕組みを解く。歩き出そうとしたとき、炎の中から人影が現れた。
「おや。顔なじみに挨拶もせず行くのかい?」
「なんだ、勇者じゃないか。久しぶり過ぎて記憶から抜けてたわ」
「そりゃひどいね。あんだけ殺し合った仲なのに」
「ああ、冗談だよ。死んでも忘れるわけがない」
「私もさ」
何をすべきなのか、ふたりともわかっているのだろう。
逃げ出し勇者のヨハンナさんと、魔族の大公が、お互いに剣を抜き合った。
「ずいぶんデブったんじゃない?」
「あんたもその恰好はあいかわらず似合ってないよ」
そう言うと、ふたりは殺し合いを始めた。
■王都アヴローラ 王宮に通じる大通り ノヴバ小月(5月)6日 1:30
ユーリスとギュネスが、肩で息をしながら、ぼろぼろになったお互いを見つめ合っていた。
そんなふたりをゆらめく炎が照らしていた。
ギュネスが少しでも動けば、ユーリスがカウンターを放つ。それをギュネスがかわしていく。ずっとそれを繰り返していた。
ユーリスが私のせいで傷つくのは見ていられなかった。
自分はいくら傷ついてもいいのに。
たぶんユーリスは私を見ながら同じことを思っていたのだろう。私一人で死にに行くなと叱られたことを思いだす。
わかっていてもつらい。それを嫌でも思い知らされる。
ふいにユーリスが炎の中で笑った。覚悟を決めたように笑い出す。
ギュネスがたじろぐ。後ろに引き、何が来てもいいように構える。
私にはユーリスが何をしようとしているのかわかっていた。
それを止めることができなかった。
私の剣をギュネスへと向ける。
「剣よ。お前の封印を解く。魔族を圧せよ。ファルラを害したこの者に死を与えよ」
剣の柄に人差し指をかけると引き金を引いた。カチャリという音がして、剣がぞわりと変形していく。キーンという澄んだ音が強まっていく。
魔族の血が混ざるユーリスにとって、それは自殺と同じだった。
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作者が東京喰種の月山習の真似をしながら喜びます! とれびあーん!
次話は2022年12月28日19:00に公開!
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