第11話-⑩ 悪役令嬢は高位魔族に敗北する
「勇者メルルク! そこで止まってください!」
「どうかしたのか?」
「この先に敵がたくさんいます!」
「それなら私が……」
「いえ! 私がなんとかします! その間にネネさんを!」
勇者メルルクが剣を抜いて、私に向かって返事をするように振る。それが暗闇のなかできらりと光った。
……はい、任されました。
私は指先で魔法陣を急いで作りながら、そばにいたユーリスにお願いをした。
「ユーリス、風の魔法を使って、あのあたりに飛ばしてもらえますか?」
「びょーんと?」
「そう、びょーんと」
「うん、まあ……。むっちゃ化け物だらけに見えますけど、なんとかなるんですよね?」
「ええ、なんとかします」
「わかりました。ファルラを信じます。合図を出したらジャンプしてください。行きますよ!」
「お願いします!」
私の後ろで風がうなる音がした。その音が強まる。
……この剣なら、なんとかなる。もうこれ以上、魔族の好きにはさせない。
ユーリスが「飛んで!」と叫ぶ。私はその場で飛び上がる。風でできた壁が私の足を押す。それにうまく乗ると、夜空に向かって投げ出された。
空中でくるりと一回転する。火の手をあげている王都が目に入る。地上を見下ろすと、暗がりの中を何かが動いていた。
「スターシェル!」
準備しておいた魔法を発動させる。
強烈な白い光が、地上を照らす。
息を飲む。
化け物達で埋め尽くされていた。
何万匹いるのかわからない。
私はすぐに続けて魔法を放つ。
「シャドーバインド!」
私が持つ大きな魔力にものを言わせて、当たり一帯の化け物達をすべて影で縛った。もぞもぞとした動きが瞬時に止まる。
剣を抜く。落ちていく。化け物達のど真ん中に私は降りた。すっと立ち上がると、剣を天に刺すように突きあげた!
「剣よ、応えよ! 流れよ、星よ!」
夜空がきらめく。星が流れる。それは数を増し、空を真っ白にした。
流星雨。
それは雨というより、もはや大嵐だった。
化け物達が天から落ちた星に貫かれる。それは頭や体を壊し、吐き出そうとしていた体内の炎で自らを焼き出した。
夜空が戻っていた。
死にゆく化け物のうめき声のなか、私は剣を振り払う。
「さて、戻りますか」
歩き出そうとしたそのときだった。
空から声がした。
「やってくれたね、ファルラ・ファランドール」
「……ギュネス・メイ」
黒く大きなワイバーンが私の前に降り立つ。
巻き上がる風で炎が大きく立ち上る。
ワイバーンの背から妖艶な美しさを持つ上位魔族が飛び降りる。
私に向き合うと、親し気に声をかけた。
「どうかな? 気分は?」
「最悪ですね。あなたの顔は見たくはないので」
「ふふ。僕は案外気持ちが良いんだ」
「先ほどはなかなか良い奇襲でした。でも、あの程度で気持ちよくなられては困りますね」
「ああ、そうだね。僕もそう思っている。満足するには程遠いかな」
燃え盛る化け物を後ろに、ギュネスは腰に下げていた鞘から細く長い剣を抜く。
「僕は美味しいものは先に食べたいほうなんだ。お前はどうだい?」
「私はそんなことを思ったことがありません。ユーリスが作ってくれるご飯は、私が好きなものばかりなので」
「それは幸せなことだね。僕はお前と出会ってから、幸せなことはひとつもなかったよ」
「それはそれは」
私はにんまりと言う。
「それは、あなたが小細工ばかりする嫌な奴だからでは?」
ギュネスがうすら笑いを浮かべて、突っ込んできた。構えていた剣を力任せに振り下ろす。私はそれを握り締めていた剣で受け止める。
剣を打ち合う。
何度も打ち合う。
そのたびに火花が暗闇に散らばる。
「この頬の傷の痛みが消えないんだ。君を八つ裂きにしないと、もう治まらないよ」
「知ったことではありませんね」
「ほら、もうこんなになってる。痛くてたまらないんだ」
「それなら傷を増やしてあげます。そういうのがお好きなんでしょう?」
思い切り蹴り上げる。後ろに引くと思ったはずが、横に逃げられた。舞うようにギュネスがその場で回ると、剣の切先を私に向けた。
避けた……つもりだった。
流れる血と痛み。
左腕を斬られた。とっさに剣を持つ右手でかばいながら、後ろに飛び、ギュネスから距離を取る。
「なかなかいいダンスをします。さてはたくさん練習を積みましたか?」
「僕はね。そんな軽口を叩くお前が大嫌いなんだよ!」
ギュネスがなおも剣を繰り出す。避けようとすればそこに剣がある。たまらず下がろうとしたら、すぐに追いかけられる。
おかしい。この動き……。何かで体を強化している。
勇者メルルクが、燃える化け物達を越えて飛び込んできた。ギュネスが振り下ろした剣を私の代わりに受ける。
「加勢する」
「余計なお世話です!」
「それは私が偽物だからか?」
「違います! ここは退いて……」
ギュネスがにたりと笑った。背中に隠し持っていたもうひとつの剣を素早く取ると、目にも止まらない速さで連撃を繰り出した。
とっさに私は結界を展開したけれど、勇者の方は間に合わなかった。体のあちこちから血を吹き出して、そのままうずくまるように倒れた。
ふたつの剣を持ったギュネスが私達を眺める。その口元は悦に入ったように歪んでいた。
私は乱れた息を整えながら、ギュネスに言葉を吐き捨てる。
「さすがです。ずいぶんこずるい手を使います」
「当たり前ですよ。魔族なのですから」
石畳の上に倒れていた勇者をギュネスが思い切り蹴り上げる。
短い悲鳴を上げて、勇者が地面を転がり回る。
「それにしても、いまの勇者は弱いですね。これならまだお前のほうが歯ごたえがある。どうして勇者にならなかったのですか?」
「どうでもいいんです。そんなこと」
「ほう。やはりあの血が混ざった者のせいですか」
「……ユーリスに手を出してみろ。口から切り裂いてやる」
「あはは。怖いですね。とても怖い」
ギュネスが近づいた。あっという間に目の前にいた。体が近づく。私の肩にギュネスが顔を預ける。
ぱちん。指を鳴らすと、息がかかるぐらいの近さでささやいた。
「僕は否定する。お前の右腕が折れていないことを」
これはギュネスの固有スキル!
すぐ激痛が走った。右腕を押さえて「くあッッ!」と言葉にならない悲鳴を叫ぶ。耐えきれず剣を手から落としてしまった。
私は痛みをこらえながら、にやにやと笑っているギュネスをにらむ。
「……ゲスが。やはり魔法が使えるようになっていましたか」
「ああ、そうなんだよ。もう気がついていたのかい? せっかく驚かそうとしたのに、がっかりだな」
「身体強化魔法も認識阻害魔法も、こそこそと使っていましたね?」
「楽しかっただろ?」
「魔王がかけていた封印を外したのですか? どうやって……」
「我が君、我が魔王アルザシェーラ様が自ら封印を外してくださったんだ。僕が犯した罪をその慈愛をもってお許しになられたのさ」
「なぜ……」
「なぜ? それはわかりきったことさ。この王都に地獄を作るためだよ」
凄味のある笑顔でギュネスは言う。
ここからギュネスを連れて離れないと、指先を鳴らすだけで皆殺しにされてしまう。
ユーリスですら……。
私は折れた腕を押さえながら、通りの奥へと歩き出した。
「ああ、逃げようと言うのですか?」
ぱちん。
「僕は否定する。お前の右脚が砕けていないことを」
その激痛に思わず「ぎゃっ!」と短い悲鳴をあげて、私はうずくまる。
「簡単に死ねると思わないほうが良いですよ。僕に盾突くということがどういうことなのか、わかってから死んでください」
ギュネスが私の髪をつかむと、無理矢理立たせた。
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作者がエスカフローネのディランドゥ様の真似をしながら喜びます!
次話は2022年12月27日19:00に公開!
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