第11話-⑨ 悪役令嬢は逃げ出し勇者と出会う


 私は茫然としながらヨハンナさんにたずねた。


 「どういうことです? 本当の勇者は……」

 「ここは旦那といっしょに作った思い出の店だからね。逃げ出すわけにはいかなかったのさ」

 「あ……。ああー! もしかして、あなたは20年前に逃げ出した勇者ユディア……」

 「ヨハンナのほうが良い名前だろ? 旦那がつけてくれたんだ」

 「ちょっと待ってください。辻褄が合いません。その勇者の剣は1000年前からダートムで隠されていたんです。なぜ、それを使えるのですか? それではまるで……」


 そう。それでは1000年前から生き続けている、元人間な魔王なのでは……。


 「ファルラちゃん。人間は1000年前に急に産まれたわけじゃない。その前からも人は生き続けている」

 「では、ヨハンナさんは……」

 「ずっと勇者と魔王で戦っていたのさ。でも、1000年前のあの日、ふたりとも戦うことに疲れたんだ。魔王の奴は才能ある人間を新しい魔王に仕立てて、自分は隠居しちまってさ。だから、私もアシュワード家に勇者の役を譲ったんだ」

 「……その魔王はいまの大公、新しい魔王というのは現魔王アルザシェーラのことですね?」

 「そうだよ。会ったことあるんだろ?」

 「ええ。魔王アルザシェーラは言ってました。あなたを頑固者であると……」

 「あいつは、私のために仲間を手にかけてその遺体を贈ってきたんだ。あのときのルドルファス家に比べたらアシュワード家なんて田舎貴族もいいとこだったからね。心配に思ったのだろうけどさ。そんなことしなくてもいいって、あいつを叱っただけだよ」

 「それはそれは……」


 ヨハンナさんが剣を器用にくるくると回しながら言う。


 「この1000年、何度も転生して勇者じゃないことをするのは本当に楽しかった。いまの体になってからは、ドジ踏んで勇者をやらされそうになったけれど、旦那には出会えたからね。なんにしても幸せってもんさ」


 逃げ出し勇者のヨハンナさんは、そう言うと嬉しそうに微笑んだ。


 「さて。いまの勇者ちゃん。立てるかい?」


 そう言うとヨハンナさんがまだ寝ている勇者メルルクへ手を差し出した。


 「……はい」

 「よし、立てたならいい。お勉強の時間だよ」



■王都アヴローラ 王宮に通じる大通り ノヴバ小月(5月)5日 23:30


 月がきれいだなと思った。空に浮かぶ空中戦艦を目で追いながら走っていると、ふとそんなことを思った。


 私達は大通りに出た。

 いろいろなものが焼け落ちていて、生きている人はそこにはいない。化け物達もいなくなっていた。


 私達は広い通りの真ん中に立つ。

 目の前に見えるのは、高度を下げて迫ってくる空中戦艦エルトピラーただ一隻。私達はその巨大な鉄の塊と対峙した。


 「いいかい、いまの勇者。剣はこう使うんだ」


 ヨハンナさんが勇者の剣を縦に構えて、顔のすぐ近くまで引き寄せる。


 「ヴォルザッパー、封印式限定解除。20秒間全力解放」


 ――わかりました。勇者様。20秒間全力解放。


 「今日は満月だ。存分に食らいな」


 ――ひさしぶりです。月を食むなんて。


 ……なんだろう。

 オオカミの遠吠えがした。

 街中なのに……。

 あちこちからせつなげな声がたくさん聞こえる。

 どんどん声が近づいてくる。


 ヨハンナさんは月を刺すように勇者の剣を振り上げた。


 建物の隙間から、崩れた建物の影から、光で出来た狼が何百匹も飛び出した。

 私のそばをすり抜けて、一目散に勇者の剣に集まり、月を目指して駆け上がる。


 月が欠けた。黒い歯型のようなものが一瞬見えた。


 ――重力子充填120パーセント。20秒間全力解放。カウントスタート。


 勇者の剣が、青い月のような光に包まれる。剣がその光を食うようにじわりと変形していく。


 「行くよ」


 ヨハンナさんは剣を強く握り締めると、自分を中心にしてぶんぶんと振り回した。回るたびに剣の光は強くなり、稲妻が走り、狼の遠吠えのような低い音が体に響いていく。

 足をぐっと踏みしめた。

 勢いをつけた剣を上から振りかぶって、まっすぐ打ち下ろす。


 天まで届く青い光が走った。

 地面をえぐりながら、空中戦艦へと向かう。

 艦首から光が貫いていく。


 空中戦艦はじわりと進む。やがてそれは左右に分かれた。


 左半分は失速して、つんのめるように大通りの建物に刺さり、そのまま家々を薙ぎ倒して倒れた。


 右半分は轟音を立てながら私達のすぐそばを通り過ぎる。多くの家々や屋敷を巻き込んで、滑るように落ちていった。振り返ると、王宮にはわずかに届かないところで、それは止まった。


 すごい……。

 ただ、すごかった。


 ヨハンナさんは剣を振る。まとっていた光もそれに合わせて、滴のように落ちた。白い水蒸気が束のすぐ上から噴き出す。


 ――全力解放終了。封印状態に移行します。お疲れ様でした。勇者様。


 剣がガチャガチャと変形を始める。すぐに元の姿に戻った。ゆっくりと鞘に納めると、それを勇者メルルクへと手渡した。


 「だいたいこんな感じだよ」

 「いえ、ちっともわかりません……」

 「大丈夫だって。剣を信頼したら、応えてくれる。話しかけてくれるようになる。剣に自分を惚れさせてみなさいな」

 「ますますわかりません……」

 「お前さんだって、誰かに惚れたり惚れられたりしてるだろ?」

 「それは、まあ……」

 「なら、恋人に恥じないようにカッコよく生きなよ。それだけでいい」


 ヨハンナさんが、勇者メルルクの頭をポンポンと撫でた。


 「行って来な。大事な人が乗ってたんだろ?」

 「私は……、勇者なので……」

 「勇者だからこそだよ。自分が好きな子ひとりを救えないんじゃ、世界なんてとても救えないさ」

 「……はい。ネネを探しに行かせてください」

 「そうしな。ちゃんと生きてる。大丈夫」


 ヨハンナさんにこくりとうなづくと、勇者メルルクは落ちた戦艦に向かって走り出した。


 私はそれを見つめる。ネネさんが見つかりますようにと祈りながら。


 ……ん? 何でしょう?

 勇者が走っていく先で何かが動いた。


 戦艦の残骸のなかに、黒いものがたくさんあふれていた。それに足が生え、うぞうぞと蠢く。瓦礫の街中にぞろぞろと歩き出していく。

 それはさっきまで私達が戦っていた化け物だった。


 「ああ、道理で。やたら化け物が多いと思ったら、空中戦艦を使って運んでいましたか」


 私は唇の指を当てながら考える。

 ドーンハルト先生の言葉を思い出す。戦うときは、敵の嫌がることをしろと。


 「まったく……。魔族は本当に嫌なことをします」


 私はため息をつくと、大きな声を上げた。



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次話は2022年12月26日19:00に公開!

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