第11話-⑧ 悪役令嬢はやってきた空中戦艦に喜ぶ
私は何でもないように女優へ言う。
「では、ベッポさん。逃げてください」
「へ? ここは守るんじゃないの?」
「守りますが、命が危ういのなら別です」
「逃げるたって、どこへ」
「この通りを奥へ進んでください。そう、その方向です。私達が暮らすパン屋に突き当たります。右に進めば王宮へ続く道に出られます。王宮へ避難してください。結界があるので、ここよりは良いはずです」
「わかったけど……」
「老人や子供を連れてってください。できるだけ多く。それからベッポさんも」
「逃げないわよ、私は」
「いえ、逃げてください。王都はもう安全ではありません。すぐに別のところへ。そうですね。イリーナのところならきっと歓迎されますよ」
ドシンドシンという何度もぶつかる音が聞こえる。
家具でできた壁を男たちが必死に押さえていた。
私に文句を言っていた冴えない男は、狂ったように石を化け物に投げつけていた。
ふだんパンを作って売っているような人たちだ。魔法で攻撃なんかしたことはないだろう。だから化け物に立ち向かうには、石を投げるぐらいしか方法がない。
女優もそろそろ魔力が切れるはず。ユーリスも一度魔力が尽きている。魔力の補充には時間がかかる。これだけ魔族に力と数で押されると、戦い続けるのは難しくなってくる。
ぱっと火がきらめいた。すぐ近くの家が燃え上がって炎に包まれる。
ここはもう……だめなんだろう。
「ベッポさん。お願いです。いまはあなたにしか、みんなを助けられないのです」
「いいけど、あんたたちはどうするの?」
「そうですね……」
時間稼ぎをしながら、大き目の魔法でこのあたりを吹き飛ばして、化け物を少しでも減らしてから……。
ふふ、うふふ。
そんなのは無理だ。
私達だけならば逃げ出せるだろう。だけど……。
「そんなことしたらユーリスは怒るでしょうね」
「ええ、もちろんです」
「わかってましたか」
「ずっとそばにいるんですから。ファルラが考えてることぐらいわかります」
「それはそれは」
力なく微笑むと、私は女優に改めてお願いをした。
「ベッポさん、お願いします」
「うん、わかった。生き延びるのよ。いいわね」
去っていく女優の後ろ姿を私は見送った。
さて、仕方がない。やれることはやろう。
起き上がろうとしたら、見上げた夜空に何かがじわりと姿を現した。あれは……。
プロペラの回る音が近づいてくる。
気がついた何人かが空を指差した。
「空中戦艦だ……」
「やったぞ。連合王国軍だ!」
「助かった!」
歓声が沸く。私もほっと胸をなでおろした。
鉄の鯨のような空中戦艦が、お腹を揺らめく炎に照らされながら、ゆっくりと進んでいた。
連合王国軍が動いた。イリーナが中央司令部を解放したのかもしれない。
魔物も飛行戦艦に驚いたのか、突進を止めて後ずさる。
空中戦艦の艦首がふたつに分かれていった。その間に流れる青白い稲妻が、暗い夜空に映しだされる。
この勇姿は私もよく知っていた。
「あれは戦艦エルトピラーですね」
「あんなにぼろぼろになったのに」
「ガッド艦長は修理に1年はかかると言ってましたが……」
勇者メルルクもあれに乗っているのだろうか。
それなら……。それは頼もしい援軍になるだろう。
稲妻が狂気を孕むように強くなっていく。
そうか、主砲を撃つのか……。
……え?
どこへ?
私はがばっと起き上がった。
「どこへ撃ってますか!!」
放たれた。
空中戦艦からまっすぐに、夜空へ青白い線が引かれる。
雷鳴が遅れて空から響く。
「ファルラ、どうしたんですか?」
「ロマ川の上空にあの空中戦艦はいます。私が考えていた本命の進軍ルートと一緒です。魔族の狙いは王宮……」
言い終える前にユーリスが私を引きずり倒した。石畳に転がされたまま、ユーリスが防御結界を素早く何重にも作る。
一瞬体が持っていかれた。そして揺り戻した強い風が吹き付ける。転がりそうになるのを石畳に爪を立てるようにして、必死にふたりで耐えた。
風が止む。
耳が痛い。
ユーリスと一緒に体を起こし、その場にしゃがみ込む。
暗がりの中で、多くの人のうめき声だけが聞こえていた。
燃えていた建物は崩れていた。
燃えていなかった建物も、屋根は吹き飛ばされ、窓が粉々に割れていた。
バリケードも魔物も人も、みんな吹き飛ばされた。
ユーリスがうなだれたまま言う。
「魔族は王都で暮らす人達を皆殺しにしたいのですか……」
「王宮にはこうした攻撃を跳ね返す結界があります。多少は遠くに落ちたはずです。まだ、なんとか……」
プロペラの音が上から聞こえた。見上げると、空中戦艦は私達の真上にいた。
目の前がぐらりと揺れる。いろいろな光景が目まぐるしく切り替わる。頭の中にさまざまな人の思い、感じていることが流れ込む。
それは地獄だった。
戦艦の中にあふれ出した粘菌のような生き物が、自分の体を溶かしていく痛み。
そして地上で焼かれている人々の気絶しそうな痛み。
激痛と絶望のなかで死んでいく人たちの意識が、一斉に私へ共有された。
「くはっ」
私は地面を抱えるようにして吐いた。同じく苦しんでいるユーリスの腕をつかむ。
「勇者メルルクの……、固有スキルです……」
国王陛下が言っていた勇者の弱点。人々の意識共有を逆手に取られた。
勇者メルルクが固有スキルを止められない。その悔しささえも共有された。
魔族も対抗策を生み出している。人と同じように弱点を乗り越えていく……。
気が遠くなる。
この泥沼のような戦いはいつ終わるのだろうか……。
地面が揺れ出した。重い足音が聞こえる。
吹き飛ばされたはずの化け物達が戻ってきた。
バリケードはなくなり、防ぐものはもう何もない。それは蹂躙の始まりだった。
化け物が、地面に伏せて吐いている人々を踏みつぶしている。
人がつぶれて死ぬ感覚が自分の中に流れていく。
絶叫していた私をユーリスがどうにかひっぱり、建物の陰へと連れ出した。
すぐ前を化け物が足音を立てて通り過ぎていく。
私の手をユーリスが握る。その温かさで自分を取り戻す。
なんとかしないと……。
ふいに意識が自分のものだけになった。あの苦しみが急に消えた。
「固有スキルが消えたということは、勇者に何かが……」
空中戦艦での戦いで、勇者と一緒に投げ出されたときのことを思い出す。
あのときは勇者が甲板へ叩きつけられたことで、共有が途切れた。
ドダンという何かが落ちた大きな音がした。
顔を上げると、その音がした場所がわかった。私はよろよろと立ち上がる。
「歩けますか、ユーリス」
「はい……」
「我が家に何か落ちたようです」
後ろから化け物が襲ってきた。素早く剣を抜き、開いた醜い口を斬り刻む。化け物が倒れるのを見てから、苦しそうにしゃがんでいたユーリスに手を差し出す。
「行きましょう。ヨハンナさんが心配です」
■王都アヴローラ ベーカリー街「焼きたてパンの店 221 B.コルネイユ」 3階ヨハンナの部屋 ノヴバ小月(5月)4日 22:30
勇者メルルクが空から我が家に落ちていた。
屋根を突き破り、3階にあるヨハンナさんの部屋に突っ込み、白いシーツに包まれたベッドを壊し、そこに横たわっていた。
暗がりに灯るランプが、勇者の首に巻かれたスカーフをぼんやりと照らしていた。
エプロンを付けたままのヨハンナさんが、そばで必死に手をかざしてヒールをかけていた。
「大丈夫ですか?」
私の声に気づいて振り向くと、ヨハンナさんが悲しそうな声をあげる。
「むずかしいね……」
「ポーションはまだありますか?」
「ああ、あるけどさ……」
ヨハンナさんが奥の戸棚からガラスの小瓶を取り出した。歩きながらそれを受け取ると、蓋を空けて一気に口にした。かがみこむと、そのまま私の唇と勇者の唇を合わせる。少しずつポーションを彼女の口へ流し込む。ゆっくりとあふれないように。ごくりと喉を鳴らす音がした。よかった、飲み込んでくれた。
すべてを流し込むと、真っ白になっていた勇者の顔に少しずつ赤みが差してきた。勇者を見つめたまま、私はそばにいるユーリスに謝る。
「すみません」
「……いえ、私も同じことをしましたから」
ユーリスが私の後ろから寂しそうに手を握る。
勇者が腕を動かす。「うーん」とうめきながら、目をうっすらと開けた。
「勇者メルルク、何があったのですか?」
「……ああ。あの嫌な探偵か」
「空中戦艦で何があったのです?」
「……魔物が空中戦艦に寄生した」
「寄生?」
「魔族の船だよ。艦首から突っ込んだろ? あのときのかけらが成長していたんだ」
「ドッグで修理しているときに、取り除いたのでは?」
「したさ。燃やして処分した。昨日、船の床や壁に作業員が食われる事件が起きて、私とネネと艦長で調べていたんだ。営倉から抜け出したシュガロフ少尉がそこにいたよ。体の半分が粘菌みたいな魔物に食われていたけどね」
「ああ、少尉が苗床になったんですね」
「少尉は捕まってからもずっと連合王国軍と空中戦艦にこだわっていた」
「では、魔物が動かしてここまで……」
「そうだよ。空中戦艦エルトピラーはまるごと魔物にされてしまった」
嘆くように勇者が言う。
「では、止めないといけませんね」
去ろうとする私の手を、勇者がつかんだ。
「待ってくれ。艦長もネネも……」
「あなたが魔物に脅されて固有スキルを使ったのは、意識共有されたのでわかっています。だからといって、このままではよくありません」
「わかっている」
「このままだと王宮に突っ込んで爆沈しかねません。やはり、なんとかして止めないと……」
「わかっている!」
勇者が拳で壊れたベットを叩く。
「お前は、王都にいるみんなの命よりも、王家の命を選ぶのか?」
「そういうわけでは……」
「ネネの命よりもか?」
勇者がまっすぐ私を見つめる。
「ひっ」
ヨハンナさんが悲鳴をあげた。
テーブルの陰に、てらてらとした緑色のゴブリンが隠れていた。小刀をちらつかせて、いやらしい目で私達を舐めまわすように見ている。
ヨハンナさんが恐々と後ずさった。
ゴブリンはそれを追いかける。小刀を突き刺すそぶりを見せて、ヨハンナさんを威嚇する。
ユーリスが気がつかれないように、そっとゴブリンに近づく。頃合いを見計らって、えいっとユーリスがゴブリンに飛び掛かった。
ゴブリンは気づいていた。タイミングよくユーリスの前に小刀を突き出した。ユーリスが体をそらして、どうにか刺されるのを避ける。
それもゴブリンはわかっていた。狙いはユーリスではなかった。そのまま体をひねって踏み出し、刃をヨハンナさんに向けて飛びかかった。
「ヨハンナさん!」
飛んできたゴブリンの両腕をヨハンナさんは素早くつかんだ。そのまま持ち上げると、ゴブリンが持ってた小刀を奪い、あざやかにゴブリンの喉元を斬り裂いた。血が噴き出す。ゴブリンが動かなくなると、手を離して床にどさりと落とした。
ヨハンナさんは私達に微笑んだ。
「料理するときは躊躇しちゃいけないって、教えなかったかい?」
……はい?
「え、いや、ヨハンナさん?」
私の問いかけを無視して、ヨハンナさんが勇者のそばに行く。
「勇者ちゃん、ちょっとその剣を借りるよ」
「あっ、はい……」
腰に付けたままでいた勇者の剣を、ゆっくりとヨハンナさんは引き抜く。
突然、部屋の扉が破られた。何十匹ものゴブリンがあふれだし、ヨハンナさんめがけて飛び掛かる。
ヨハンナさんはそれを予期していたかのように、体をゴブリンに向けて流れるように飛び出す。
暗がりの中で刃がきらめいた。それはほんの数秒のことだった。
「まだ腕はなまっていないね」
まっぷたつにされたり、切り落とされた首が床を転がる。
手慣れた様子で、剣を振り、血を落とす。
――お久しぶりです。勇者様。
え、誰?
頭の中に声が響く。
「ほんと久しぶりよね。ヴォルちゃん、まだまだ元気そうじゃないの」
ヴォルちゃん……。ヴォルザッパー……。
……え。剣が喋っているのですか?!
――勇者様はずいぶんとふくよかにならたようで。
「あんたは相変わらず口が悪いね。パン切り包丁にしちまうよ」
ヨハンナさんは勇者の剣をえいっと担ぐと、にっこり笑った。
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作者が「メリークリスマス!」とサンタコスしながら喜びます!
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次話は2022年12月25日19:00に公開!
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