第11話-⑦ 悪役令嬢はベーカリー街を守る


 私の前には、見慣れた灰色の街並みがあった。石造りの古い商店が石畳の道沿いに並んでいる。


 振り向く。


 私の後ろには、燃えているたくさんの家々があった。炎は海のように広がって、あちこちで竜巻が炎と一緒に吹きあがっている。


 パチパチと燃える音がずっと耳から離れない。

 焦げる臭いがずっとしている。

 見上げた夜空は赤く染まっていた。


 私は拳を握り締める。


 「あれだけ魔物を倒したのに、これはなんですか……」


 人々はみんな店の外に出て、石畳の上から迫ってくる火の手を不安そうに眺めていた。


 私達に気がついたひとりの老婆が、ユーリスの元に歩み出ると、その手を両手で包むように握った。


 「ユーリスちゃんは無事だったんだねえ。本当によかった……、本当に……」

 「ナーシェさんとこも大丈夫でしたか?」

 「うちはねえ……。息子が戻ってこなくて……」


 黙り込む老婆を見て、ユーリスは祈るようにうつむく。


 「ナーシェさんの息子さんは大酒飲みでどうしようもない人なんです。でも、ナーシェさんだけにはいつもやさしくて、よく買い出しを助けていて……」


 ユーリスが言葉を止める。

 それでじゅうぶんだった。


 私はユーリスにそんな思いをさせたすべてのものを倒す。

 そう、いま決めた。


 拳をきつく握る。強く強く、血がにじむまで。


 「全力で止めます」


 私はそうつぶやくと、注目を集めるために手を上げた。

 息を吸い込み大きな声を張り上げる。


 「皆さん! 家の中にある家具やベッドを道の外に出してください! バリケードを築きます!」


 そばにいた冴えない男が私にたずねる。


 「なんのためにそんなことをするんだよ。火の手はもう、そこまで……」

 「いいからやりなさい!」


 私の怒声に、みんなが弾かれたように家へ入っていく。やがて、窓から大きな物が通りに向かって、どんどん落とされていった。


 「ファルラ、来ます」


 ユーリスの声に振り向くと、炎の先に化け物がゆらゆらと立っていた。

 2体、いや3体か。


 「私が剣で仕留めます」

 「大丈夫ですか?」

 「心配しないでください」


 私は無理に笑う。胸から来る激痛が笑顔を引きつらせる。それを隠すように、炎から這い出てきた化け物へと振り向く。


 ユーリスを見ずに私は指示を出す。


 「みんなといっしょに家具を並べて壁を作ってください。あの化け物達をこの先へ入れないように」

 「待ってください。せめてヒールを……」


 私はユーリスを置いて歩き出した。


 「さて。ベーカリー街攻防戦といきましょう」


 こちらに気がついた化け物達が、大きな一つ目でぎょろりとにらむ。

 私は剣をしっかり握ると駆け出した。



■王都アヴローラ ベーカリー街から外れた小路 ノヴバ小月(5月)4日 19:00


 荒く息を吐きながら剣を突き立てて、石畳の上にしゃがみ込んでいた。

 だいぶユーリスがいるところから離されてしまった。


 数が多い。

 すでに100体は切っているのに、どこからともなく湧いてくる。


 いったいこれは……。

 妖精の道はひとつのはず。そうそう簡単に作れないとはユーリスは言っていた。

 でも、この魔族の数は異常すぎる。


 もしいくつもあるとしたら……。


 ああ、そうだ。

 きっと、そうだ。


 ずっと前から妖精の道は作り続けられてきた。何十年も昔から準備していたんだ。毎年数本、それを何年もかけて……。


 「しつこいのはギュネスだけではないようですね……。魔王はいったい何を……」


 靴音がした。前を向くと、血のように赤いイブニングドレスを着た女がいた。火の粉を散らした風にドレスをはためかせながら、その女は不敵に笑う。


 「あら、お困りのようね」

 「ベッポさん……。ああ、その。見て、わからないのですか?」

 「わからないわ。だって、ほら」


 女優が背中に右手を回す。反りのある大きな剣が手にして、彼女が微笑んだ。


 「あなたを助けに、ここへやってきた。なんてね」


 私は、ふふと笑う。


 「誰に頼まれたのですか?」

 「私を見て黙り込んじゃった大ファンの子から」

 「イリーナですか」

 「私、ファンの子には弱いの」


 彼女が剣を振るう。それからその場で踊りだした。「剣よ剣よ。我が剣よ」とつぶやきながら、軽やかにステップを踏む。剣が炎を反射して赤く光る。


 突然建物が壊れた。化け物が炎が散る壁ごと突進して、女優を潰そうと向かってくる。


 飛んだ。


 女優は化け物の顔に片手をつき、宙へと舞った。くるりと舞うと、崩れていく建物を蹴り、戻ってきた化け物に向かって剣を振り下ろす。着地したのと、化け物の首が落ちたのは同時だった。


 火の手を上げていた周囲の家が次々と壊される。中から化け物が何体も這い出てきた。女優はその間をくるくると踊る。

 口を大きく開けた化け物を縦から真っ二つにした。

 左右から押しつぶそうとしてきた2体を飛び越え、足を払い首を落とす。

 着地した瞬間を狙って炎を吐いてきた化け物には、剣を素早く回転させて炎を散らした。そのまま押し付けるように、なおも炎を吐き続ける化け物へ迫る。ひるんだ化け物の一瞬の隙をついて喉を割く。溜められていた炎がどばっと宙に流れて散っていった。


 化け物の返り血を浴びた女優が、とても嬉しそうに私へ微笑む。


 「さ、行きましょう。ユーリスちゃんが待っているわ」


 女優から差し伸べられた手を握って立ち上がる。

 私は彼女の無敵ぶりに笑うしかなかった。



■王都アヴローラ ベーカリー街の通り ノヴバ小月(5月)4日 21:00


 通りの外れで、私はユーリスに膝枕をされながら、炎で赤く色づいた夜空を見つめていた。


 ユーリスは怒っていた。「また、こんなになるまでひとりで戦って」と私に説教をしながら、片手を胸のあたりにかざしてヒールをかけていた。


 「ユーリス、すみません」

 「謝るぐらいなら、こうなる前に戻ってきてください」

 「そうですが……。まさか、こんなに数が多いとは」

 「おかしいですよね」

 「ユーリスも思いましたか?」

 「これだけの数を集めるのは、なかなかできることじゃなくて……。重たいから、ワイバーンは2騎でひとつの卵を運ぶんです。私達が空の上でたくさん倒したのは、ほぼ空中戦向けの兵でした。化け物の卵を積んだものはそれほどいなかったですし……」

 「地上から化け物が送られてきたのでしょうか?」

 「そうだとしたら、東門に近いところがよく燃えているはずです」


 もしかしたら、陽動の陽動……。

 私はユーリスに答えを明かすように話した。


 「ワイバーンは複数の妖精の道から同時に渡ってきたはずです。でも、卵は別の経路から運ばれています」

 「そうなんです? どうやってあんなにたくさんの卵を?」


 ドシンという何か重たいものが突き当たる音がした。

 何度もそれが繰り返される。

 走ってきた女優が焦った顔をして、寝ている私をのぞき込んだ。


 「もうだめ。バリケードが壊されちゃう」




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次話は2022年12月24日19:00に公開!

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