第11話-⑥ 悪役令嬢は魔族の罠に落ちる


 「ユーリス! 剣の封印を解除します! 我慢してください!」

 「え、あ、ちょっと!」

 「私に捕まって、できるだけ体を低くしてください!」

 「ええ……っ」


 ユーリスが私の体にしがみつく。頭を押し付ける感触が背中に伝わる。

 私は目をつむり、剣に「頼みます」と一度だけ願った。


 目を開く。

 剣を上にまっすぐ向けて掲げる。

 陽が沈んだ空に、それがきらめいた。


 大きな声で叫ぶように詠唱を始める。


 「星々の荒野から、輝けるもの天から堕ち!

  我が敵、定めは死なり!

  応えよッ!

  メテオスラッシャーッッッ!!!」


 引き金を引く。


 カチャリ。


 煙を吹き出しながら、剣が変形していく。

 幾重もの光が現われて剣を包む。


 あふれた光が天上へと突き抜けた。

 私の願いを乗せて、その光は宙へと届く。


 きらりと輝いた。

 夜空から、いくつもの銀色の線が走ったように見えた。

 流星雨。

 それは音を立てて、私達の前に立ち塞がるすべての魔族に突き刺さった。


 魔族は何をされたかわからない様子で、きょろきょろと見渡していた。

 次の瞬間にそれを悟った。

 手がもげる。羽が取れる。頭がはじける。


 爆発した。あちこちで爆発が繰り返され、はじけた魔物が、雨のように地面へ降り注ぐ。


 気がつけば、私の前にはきらめく星空が広がっていた。


 「流星の粒による超広範囲攻撃……。魔力もあまり消費していません。この剣はすごいです」


 さっと剣を払うと、しゅーという音を立てて元の形に戻っていく。


 ユーリスが後ろから飛びつくようにして怒った。


 「もう、ファルラ!」

 「ごめんなさい。体は大丈夫ですか?」

 「そんなにひどくはないですけど……」


 振り向くと、言葉とは裏腹に真っ青な顔をしたユーリスがそこにいた。紫色の唇が少し震えている。

 私は片手でやさしくユーリスを抱えるようにして撫でる。


 剣と魔法がぶつかり合う音が消えていた。

 上を見上げる。

 そこには丸い月がやさしく灯っていた。


 先生たちも奮戦したのだろう。空を飛ぶ魔物はほとんどいなくなっていた。


 これなら勝てるかもしれない。

 あとは妖精の道を壊して、もう魔族が来られないようにすればいい。


 「あ、あっちから逃げてく!」


 ユーリスの声に下を見る。ワイバーンが地面すれすれを飛びながら、東門のほうに向かっていた。


 「逃がすものか」


 私は手綱を引く。追いかけようと高度を落とした。


 「ばあ」


 目の前にうれしうそうなギュネス・メイの顔が現れた。

 驚いたワイバーンが翼をばたつかせて、その場で止まる。


 なぜ、ギュネスが……。まさか、認識阻害魔法!


 「ファルラ、真下!」


 はじかれたように下をのぞく。

 黒いコートの男が、勇者殺しの矢を放つところだった。


 ワイバーンの腹に矢が深々と刺さる。痛みで絶叫し、もがき苦しみながら、力が抜けたようにすっと落ちる。ギュネスのにやけ顔が遠ざかっていく。


 きりもみ状態になりながら落下していく。暗闇の中で燃え盛る王都の街が、なぜだか美しく見えた。


 私は目をつぶる。

 ユーリス……。


 「ユーリスッ!!!」

 「させません!!!」


 風が起きた。

 ユーリスが必死に風の魔法を迫る地上に向けて放つ。

 私達は手を握る。ユーリスへ魔力供給しながら風の力をもっと強める。


 屋根が迫る。

 目をつむる。

 頭を自分の手で抱える。


 ぶつかった。

 衝撃でワイバーンから弾き飛ばされた。壁にぶつかり、すぐに激しい痛みが体を駆け巡る。かはっと血を吐き出して、気絶しそうになる。石の床にずり落ちると、体を無理に起こして辺りを見渡す。

 目がかすんであまりよく見えない。ここは鳥小屋だろうか。地面を歩き回る鶏のような鳥たちが、驚いたような鳴き声を上げているのが聞こえた。


 ユーリスが私の名前を呼んでいた。どうにか手を上げると、私を見つけたみたいだ。すぐに駆け寄ってくる足音がした。


 「ファルラ、大丈夫です? 生きてます?」

 「はい……、まあ、なんとか」

 「本当に大丈夫なんですか?」


 口から垂れた血を袖でぬぐう。呼吸をすると胸が痛い。あばら骨にひびが入ったかもしれない。

 それでも死ななかったのは、ユーリスがとっさに使った、風で壁を作る魔法「ウィンドウォール」のおかげだろう。王国劇場のときは使うのを止めさせたけれど、いまはそれがクッションになって役立った。


 ユーリスが手を差し出す。その手を取ると、私は立ち上がった。


 「ヒールをかけます」

 「あとでいいです。またギュネス・メイが襲ってきます」

 「空中戦艦で戦った高位魔族ですか?」

 「そうです。ずっとしつこく私を追い続けています。逆恨みの塊ですよ、まったく……。いまは安全なところまで逃げましょう」


 手をつないだまま瓦礫を降りる。目がようやくはっきりと見えてきた。でも、見えたものは、崩れかかった小屋の壁にもたれるように死んでいるワイバーンだった。


 「悪いことをしました」


 私はそっとワイバーンの目を閉じた。


 「ユーリス。行きましょう。ギュネスが認識阻害魔法を知っているということは、人が隠匿していた魔法が、魔族に漏れています。先生たちは高位魔族に苦戦するはず……」


 いや、おかしい。

 空中戦艦での戦いでは、ギュネス・メイは魔王によって魔力は封じられていたはず。それでは、これは……。


 「ファルラ、お願いがあります」

 「なんですか、ユーリス」

 「死なないでください。それだけです」



■王都アヴローラ ロマ川近くの市街地 ノヴバ小月(5月)4日 18:00


 私達は壊れた小屋から外に出た。建物に囲まれた路地をすり抜けると、大きな通りに出ることができた。


 「ファルラ……」


 ユーリスが私の腕を不安げにつかむ。


 街は赤く燃えていた。

 逃げ惑う人が泣き叫びパニックを起こしている。

 石畳の上には、人だったものが燃えたまま投げ出されている。

 何人も何人も。


 あれだけ魔族を落としても、こんなに被害が……。


 炎をあげている家の中から、瓦礫をまき散らして、一つ目の黒い化け物が這い出てきた。こちらをにらむと、口が四つに裂けていく。


 私は剣を抜いた。さっとなで斬りにする。鞘に納めたときには、化け物は吐こうとした自分の炎に包まれ爆散していた。


 「ユーリス、ここはどこですか?」

 「ロマ川と王宮の間だと思うんですけど……」


 燃える家々に照らされた通りをふたりで歩く。角を曲がると、見慣れた街並みがそこにあった。


 「ここは……」

 「ファルラ、ここはベーカリー街の近くです。私達の家が見えます」




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次話は2022年12月23日19:00に公開!

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