第11話-⑤ 悪役令嬢は先生達にピンチを救われる



 その後ろ姿はとても強く大きく見えた。


 「下がっていなさい。あれは私の獲物です」


 魔族は学園長の登場に一瞬たじろぐ。でもすぐに魔法でできた弓を構え直した。魔族の雄叫びとともに、すぐさま無数の矢を放たれた。それは禍々しい光の束となって、学園長に襲い掛かっていく。


 「この程度では!」


 片手だった。

 手を広げただけだった。


 すべての魔法の矢がその手のひらに集められる。


 「落第です」


 静かにそう言うと、ぎゅっと片手を握り締めた。魔法の矢はあっという間に消え去った。


 左側から怒声が響き渡る。


 「退けぇぇぇぃ! 我は人類最強の騎士ィィィ! ゲルハルト・ミュラーであるッッッ!!」


 銀色の装甲がきらりと輝く。私達を追い越すと、単身で魔族の群れに突っ込んでいった。


 わずかな間が過ぎると、青い閃光があちこちで走った。魔族達が端から爆発していく。黒い群れの左半分が赤く燃え盛る。ミュラー先生のぬわっはははという豪快な笑い声が聞こえてきそうだった。


 さらに右側から笑い声が響き渡る。


 「ドロリア・クリュオールが来たぞい! ただの占いばあさんと思ったら大間違いぞ! かっかっか!!」


 私達を追い抜くとき、豪快な老婆は杖のような黒い鞘から銀色に光る剣を抜いていた。ワイバーンの背の上に立つと、飛び上がって大空へと身を躍らす。まっすぐ魔族達の群れへと落ちていく。その姿が飲み込まれると、銀色の光が夕闇に何度も光った。それは魔法陣の形となり、急速に光り出し、そして爆発した。今度は黒い群れの右半分が赤く燃え盛る。

 クリュオール先生が乗っていたワイバーンが大きく弧を描いてそこへ向かう。爆発の明るさの中に、クリュオール先生がそれに飛び乗ったのが見えた。


 熱を帯びた強い風が正面から吹きつけられ、私の髪がばたばたとはためく。


 「嫌な匂いがする。高位魔族がいるな」


 そう言うと学園長は、手から何かを落とした。きらりと光ると、学園長の周りをぐるぐると巡り出す。そこから銀色の糸のような細い光が放たれた。それはまっすぐ魔族の真ん中を指していた。

 あれはクリュオール先生が占いに使っていた水晶……。


 「12時の方向、仰角3度」


 学園長が右手を下に振り抜く。とたんに黒い稲光をまとう魔法の剣が、その手に収まっていた。それがワイバーンよりもずっと大きく、禍々しく伸びる。


 「参る!」


 速かった。

 一陣の風のようだった。


 光の線が夕闇にひかれていく。魔法が学園長の速さに追い付いていないんだと思った。作られた魔法陣が、滴となって後ろに飛び散っていく。


 魔族の群れにぶつかる。何度も大きな閃光が走る。それが糸を引き、たそがれの空の上をジグザグに走っていく。その度に激しい爆発が起きた。巻き込まれた魔族達は赤く燃え、爆発し、次々と地面へ落ちていく。


 それはなんとも胸がすくう光景だった。


 「私達の先生は最高です」


 右側からワイバーンがゆっくりと近づいてくる。乗っていたのはゼルシュナー先生だった。精霊石を収めた大きな錫杖を私達にかざしながら怒鳴る。


 「こうなる前に休めと教えたはずだぞ! 施術が面倒だろうが!」

 「申し訳ありません、ゼルシュナー先生」

 「先にユーリスへヒールをかける。その後でお前だ」

 「ワイバーンにもお願いします。翼をやられたようです」

 「人使いが荒いぞ。まあいい。診てやる」


 次は左側からワイバーンがゆっくりと近づいてくる。乗っていたのはサイモン先生だった。


 「ファルラ君。良いものをあげます」


  ぽいと何か長い物をサイモン先生から投げられる。少し体をよろけさせながら空中で掴むと、鞘に納められた幅広の剣が手の中に収まった。


 これは……。


 空中戦艦で勇者に渡した剣とそっくりだった。


 「それが、いまの最高傑作です」

 「これ、勇者の剣ですか?」

 「複製品です。本物ではありません」

 「では、構造を解析できたんですか?」

 「はい。神から渡された希望について、人類はじゅうぶんに知ることができました」

 「すごいです……」

 「大量に複製する方法もみつけています。あまり褒められた方法ではありませんが」


 その剣を握って、のぞき込むように見ていく。本当に勇者の剣と同じだった。でも……。


 「勇者の剣とは、少し違うところがありますね。たとえば、ここ……。古代文字が書かれているようですが?」

 「ファルラ君、流星召喚を成した君に合わせて、この剣には流れる星の精霊を宿させました。星霊の力を持って流れ落ちる星をも斬り裂く刃と成す。名付けてメテオスラッシャー」

 「メテオスラッシャー……」

 「未知のものを知り、自分の力として使いこなし、そして、さらに優れたものを生み出す。これこそが人類の強さです」


 鞘から剣を少しだけ抜く。刃から流れる銀色の光は、星の瞬きのようだった。


 「封印してあります。解除するときは柄の引き金を引いてください。魔族が苦手とする結界も発せられますから、ユーリス君に気を付けて」

 「はい。気を付けます」

 「この一振りを君に託します。どうか人類の意地を、魔族どもに見せてやってください」


 先生の真剣な声に、私ははっきりと返事をした。


 「わかりました。見せつけてきます」


 ユーリスの寝起きのような吐息が耳元で聞こえた。目をこすっているところに私はたずねる。


 「行けますか?」

 「ふに。もちろんです。ああ、でも」

 「なんです?」

 「先生のヒールより、ファルラがむっちゃちゅーちゅーしてくれたほうが嬉しいです」

 「ふふ。そんなのはいくらでもしてあげます」


 ゼルシュナー先生が「ワイバーンも治癒できたぞ」と叫ぶ。とたんにワイバーンが、確かめるようにばさりばさりと何度も羽をばたつかせる。


 準備は整った。

 学園長や先生達ばかりに任せてはいられない。

 さっきのお礼を魔族にしないと。


 「ゼルシュナー先生、助かりました」

 「ファルラが礼を言うなんて、明日は槍が降るな」

 「サイモン先生、ありがとうございます」

 「かまいません。どうか存分に。私達がついています」


 私は力いっぱい叫んだ。


 「ユーリス!」

 「はい!」

 「行きます!」


 手綱を握り締め、足でワイバーンを叩く。羽ばたくと急加速しながら、魔族の群れへと突っ込んでいく。


 剣を鞘から抜く。それがきらりと夕闇の中で光った。


 ワイバーンに乗ったゴブリンが正面から襲い掛かってくる。私は手綱を細かく動かし、すれ違いざまに剣先を当てる。それは真っ二つになって、空に散って、落ちていく。


 私は思わず剣を見た。

 目に見える刀身より、ずっと刃が長い。これなら間合いが遠くても斬ることができる……。


 「前!」


 ユーリスの叫びに私は顔をあげる。

 何百騎ものワイバーンが黒い壁のようになって私達に向かって来ていた。




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作者が『青の祓魔師』の一期オープニングをかけながら喜びます!


次話は2022年12月22日19:00に公開!

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