第11話-④ 悪役令嬢は魔族と空で戦う



 みるみると黒いもやが点となり、形となり、魔物の姿が見えてきた。

 緑色でよだれを垂らしていやらしそうな顔を向けているゴブリン。

 灰色で牙を剥き出しにしているワーウルフ。

 黒色で呪詛を叫ぶ首を抱えているデュラハン。


 そして……。


 「あ、あれです!」


 ワイバーンの背に立ち、黒いコートを風をはためかせた者が、何匹ものゴブリンを近くに引き寄せ、指示しているのが見えた。そのそばに急降下する。迫る。すれ違う。すぐさま魔族達が我先にと私達を追いかけてくる。


 「ユーリス、あれを撃てますか!」

 「……」

 「どうしたんですか?」

 「たぶん一回だけです。魔力が持たないんです」

 「かまいません。人類から反撃されたということが重要です」


 ユーリスが私を後ろから抱きしめる。微妙な不安が私へと伝わる。励まそうとしたら、耳元でユーリスが私に指示を出す。


 「ファルラ、できるだけあれに近づいてください」

 「ユーリスこそ無茶を言います。でも、なんとかしてみます」


 手綱を引くと、大きく旋回しながら高度を取る。夕闇が迫っている。陽の色が変わっていくのが流れる風の中で見えた。


 後からついてきた魔族からの攻撃が始まった。放たれた魔法の矢が、黒いしずくをまき散らして空を飛び交う。それをたくみに避けながら、再び急降下を始める。狙うは真ん中にいる高位魔族ただひとり。


 ユーリスが立ち上がった。

 激しく揺れるワイバーンの背の上で、ぐっと弓を引くような動作をする。

 すぐに白く光る魔法の弓が現れた。

 ディバインアロー。絶対的な破魔の矢。


 ユーリスが息を殺して感覚を研ぎ澄ます空気を、後ろからビリビリと感じる。


 「撃ちます!」


 シュパッという大きな音が聞こえた。

 前に向かって、うなる音を放ちながら白い矢が駆けていく。光るしぶきを上げて魔族の黒い群れの中を突っ込んでいく。


 爆発した。

 目の前が真っ白になる。

 その中へと私達を乗せたワイバーンがまっすぐ突入する。


 あっ!


 光の中に浮かぶ黒い影が、私達に手をかざしていた。私達を殺そうとしている。


 とっさに力いっぱい手綱を左へ引いた。ワイバーンが傾いたところを赤黒い魔法の矢がかすめていく。


 あれは勇者殺しの矢……。コーデリア先生が使っていた……。


 落ちていく。

 夕陽に照らされた王都の街並みが目前に迫る。


 おぶさるようにして後ろのユーリスが私に倒れ込んだ。その腕を前に回してつかむと、思い切り手綱を引いた。


 家々が迫る。軒先をかすめるようにして、どうにか広い通りに出る。地面に触れるぎりぎりのところで風に乗った。道にかかる橋を潜り抜けながら、また空へと駆け上がっていく。


 「ユーリス、大丈夫ですか?」

 「はい……」

 「あれは高位魔族ですね? 高位魔族が来ているんですね?」

 「……高位魔族13家のひとり、デドフィス・デュダリオン様です」

 「ギュネス・メイじゃないんですか?」

 「違います。なぜならあの方を私は知っています」

 「どういうことですか?」

 「魔王アルザシェーラ様にもっとも近い13家筆頭の高位魔族だからです」

 「それでは……」

 「デュダリオン様を動かせるのは、魔王アルザシェーラ様ただひとりです……」


 苦しそうにそう言うユーリスが、私の背中にもたれかかる。その重さに悔しさを感じる。


 魔王アルザシェーラはユーリスの母として、私達のささやかな結婚式に来ると、ふたりを祝福してくれた。


 あんなに私達を嬉しそうに見ていたのに、なぜ……。

 あれだけ私達を祝ってくれたのに、なぜ……。


 「なぜ……。なぜなんですか!」


 私は叫ぶ。

 夕陽に暮れる大空の中で、私はただひとり強く叫ぶ。

 流れていく風に、その声が消えていく。


 「ファルラ、ごめんなさい。やっぱり私は……」

 「だめです。私達は一緒です。ずっと一緒です。誰にどんなにひどいことをされても、どんな思いをしても! 私達だけはずっと一緒なんです!」


 ユーリスが返事をしない。


 「ユーリス?」


 魔力切れ……。

 腕がだらんと垂れ下がった。力が抜けていくのを背中で感じた。

 あわてて左手を後ろに回し、ユーリスの体を支える。


 私達めがけて勇者殺しの矢が、いくつも飛んできた。左右に翼を振ってそれをかわす。夕陽に照らされたおだやかな王都の街並みにそれが落ちていく。染みのように、黒い爆発が広がった。


 ワイバーンが悲鳴を上げた。体を振るわせて暴れる。翼に勇者殺しの矢が深々と突き刺さっているのが見えた。言うことを聞いてくれない。空の上で放り出されそうになる。必死にワイバーンの背とユーリスをつかむ。


 いったん下に降りて……。

 あっ。


 誘い込まれていた。

 行く先には、魔族のワイバーンが何百と群れて待ち構えていた。私達に向けて、黒い稲妻が走る魔法の矢を一斉に放とうとしている。


 「お前ら魔族に人類が屈するものか!」


 力の限り叫ぶ。目の前に広がる大きな敵に向かって吠える。

 悔しくて涙がこぼれる。

 もうこれで……。


 「いい咆哮だ!」


 何度も聞いた低い声が私へ響く。大きなワイバーンが私の前にゆっくりと現われた。


 「学園長!」



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作者が林ゆうきさんのかっちょええサントラをかけながら喜びます!


次話は2022年12月21日19:00に公開!

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