第11話-③ 悪役令嬢は魔族の戦略を推理する
指先を東門の位置にあるカップの横に置く。
「東側の動きはまだ限定的です。魔力を得るために多くの人を殺すには、陸上部隊だけでは難しいでしょう。小規模な戦闘になりがちで効率よく短時間で命を集められません。王都のような都市部で最適な攻撃方法は焼夷空襲です」
「焼夷空襲? 街を燃やすのか?」
「たとえばこう……」
私は地図を指先でなぞる。東門から始めて、王宮の近くで指を止める。
「こうやって王宮と東門との間を遮るように、焼夷弾をまき散らすワイバーンを飛ばします。被災した人々は、王宮へ避難できないとわかったら、反対の東門か西側のロマ川へ逃げます。ですから……」
今度は大きく弧を描くようにして指を滑らせ、元の東門のところで止める。
「こうして魔族の空襲部隊は移動し、袋の端を閉じるように炎の壁を作るでしょう。火の手から逃げようとした人々はその中に閉じ込められ、逃げ出すこともままなりません。このあたりは住宅と町工場が密集している地域で、燃やすには都合が良いはずです。魔族の作戦は効率よく進められると思います」
そこまで言い終わると、私は前を向いた。ふたりの先生は、神妙な顔をして、何も言わずに私を見ていた。
後ろに立っていたユーリスが、私の腕を強く握り締める。
「ファルラ、それはあまりにむごいことです……」
「ええ。何万人も焼死するでしょう。焼かれずに済んだ人々にも影響が……」
「そうではなく……。なぜ、ファルラは平気でいられるのですか?」
ユーリスが言いたいことはわかっていた。
私はもうユーリス以外の命に興味がなくなっていた。
どうでもいい。ユーリス以外は本当に……。
自分が人ではない何かに変わってしまったとしても。
私の腕を握り締めているユーリスの手が震えていた。私はそんな黒い泥のような心を隠して、やさしく自分の手を重ねる。
私達の姿を見ながら、ドーンハルト先生が口を開く。
「良い、ユーリスちゃん。ファルラはそういう人間じゃよ」
先生たちが椅子から立ち上がる。
「さて、ハルマーン。我らの出番じゃ」
「進軍する経絡がわかれば、あとはたやすいです。ほかの先生方も呼んで侵攻を食い止めます」
「頼む。まったく。北方の戦場を思い出すの」
それを聞いて私はあわてて言う。
「待ってください、先生方」
「どういうことじゃ?」
「魔族の本当の狙いは、王宮を急襲し、王家を抹殺することです。このままだと西側のロマ川沿いがガラ空きになります。魔族がどうやって攻めてくるかはわかりませんが、ここをまっすぐ進めば王宮は目の前です。たやすくことが成せるでしょう」
「一理ある。だがな。そうも言ってられん」
遠くで悲鳴が上がった。通りにいた人が何事かと歩みを止める。
「お前さんが指を動かした方向は逆じゃ。ロマ川に近いここを先に通る。ここを灰に変えてしまえば、たとえ応援の兵が来ても、あきらめて別の場所へ行ってしまうからの」
「では……」
「魔族が来る」
空から何かが迫ってくる音がした。見上げると、ふたつの黒い点がまっすぐここに向かって落ちて来ていた。すぐに何か大きな塊を切り離す。それは落下を続け、形を大きくしていく。
すさまじい音がした。
小さな破片が飛び散ってくるのを腕でかばう。
レンガ造りの高い建物に、屋根からめり込むようにして、それが落ちた。屋上からその下の階にかけて、壊れた壁から大きな黒い卵のようなものがのぞいている。
通りにいた人々が、何事かと足を止めて、半壊した建物を見ていた。
「魔族の竜騎兵じゃの」
「あれが?」
「北方でよくやられた手じゃわい。あ、こら、ばかもんが」
5人の衛士たちが集まってきた野次馬をかき分けて走ってきた。手にした雷銃を素早く黒い卵へ向ける。
目が開いた。
黒い卵にひとつの大きな目が開くと、ぎょろりと目玉が辺りを見渡した。
恐怖に駆られたのか、衛士たちがパンパンと雷銃を撃った。
それは嫌そうに目をつむるが、すぐに見開いて衛士たちをにらんだ。
足が出た。それは6本あり、まるで巨人のように太かった。
手が出た。それは2本あり、まるで人のように細長かった。
尾が出た。それは1本あり、まるで丸太のように大きかった。
化け物が体を起こす。体液を流しながら、腹が膨らんだ黒い胎児のようなグロテスクな生き物に形が変わる。顔が尖るとそれが四つに割けた。中には白くて小さい歯が無数に生えていた。
建物を壊しながら、人の何倍もある化け物が、下にずり落ちてきた。
それは竜というより、すべての生き物を冒涜するような、おぞましい形をしていた。
化け物は下に降りると、太い尾を振って囲んでいた衛士たちをなぎ倒した。飛ばされた衛士が石畳に叩きつけられる。化け物はそれを足で踏みつぶしていく。
ひとりの衛士が倒れたまま雷銃を撃ち続けていた。通りに響いていた彼の恐怖の叫びは、すぐに消えた。化け物はその銃を衛士の体ごと噛み砕いていた。
悲鳴があちこちから聞こえる。人々が慌てて逃げていく。
「ハルマーン」
「わかっています」
ハルマーン先生が化け物をにらみつけると、パチンと指をはじいた。
バン、という耳をつんざく音がした。
閃光に目がくらんだ。
ツンとする臭いがあたりに漂う。
ハルマーン先生が化け物に雷を放っていた。
ぷすぷすという音を立てて、化け物から薄い煙があがっていた。
倒した……、のか……?
ドーンハルト先生がすぐに鋭い声をあげる。
「待て。まだ生きておるわ」
「黒いのは絶縁体ですか。厄介な」
化け物がぐるりと目を開く。私達を見ると、裂けた口を大きく開いた。
とっさにユーリスが手を前に出す。化け物の口からすさまじい火炎が吹きつけられる。それはユーリスが素早く作った防御結界が発動するのと同時だった。
「この世界の焼夷弾は生きている……」
結界に阻まれて飛び散る炎を見ながら、私はぼんやりと言う。
ドーンハルト先生が私の腕を引き、強引に退けると、炎の前で手印を結ぶ。
「小鬼よ小鬼よ。炎と遊べ、石と遊べ。いじめっこの化け物たちを平らげろ」
炎が消える。その先にいた化け物が苦しそうに咆哮をあげると、音を立てて膝をついた。
「ファルラ! ぼさっとせんで、ワシのワイバーンに乗れ! 空にいる敵を討って来い!」
「ですが、ドーンハルト先生……」
「あの化け物を王都へ大量に落とされたら、ちと面倒なんじゃ。なんとかせい」
「なんとかって……」
化け物が足をあげる。大きな黒い体を起こしていく。
ハルマーン先生が着ていたジャケットを脱ぎ捨て、シャツのボタンを外し、首元を緩める。
「心配いりません。寒くないだけ北方よりマシです。行ってください」
ユーリスが私の手を引く。
「やらせてください、ファルラ。私にも責任はあります」
「それはユーリスだけではありません。私にもあります」
「でも、これは魔族を母に持つ私にも……」
「どんな困難もふたりで引き受けます。だって私達は結婚したのですよ?」
それを聞いたユーリスが少し恥ずかしそうに下を向く。
「そうですね。ふたりなら」
「そうです。ふたりならなんとかできます」
私達は手を握った。それから先生たちに「行ってきます」とふたりで言うと駆けだした。
建物の陰に隠れていたワイバーンの手綱を取る。怯えて震えている体をそっとさすってやり、なだめながらその背に乗ると、青い空へと上がった。
■王都アヴローラ ロマ川近くの市街地上空 ノヴバ小月(5月)4日 16:00
きりがなかった。
落とした数より多い魔族のワイバーンが、次々と空に上がってくる。
ワイバーンの手綱を握る私の後ろで、ユーリスが懸命に魔法の矢を射っていた。
ユーリスが弓のような魔法陣を引く。つがえたのは10本の魔法の矢。それを素早く放つと、矢は魔族のワイバーンめがけて飛んでいく。刺さったところから次々と下へ落ちていく。
「交代しますか?」
「いえ……」
苦しそうな声で返事をされる。少し休ませないといけない。私は手綱を引くとワイバーンを大きく旋回させて、魔族から距離を空けた。
風のうなる音が急に止んだ。ユーリスが両手で私の耳を挟んでいた。そのまま後ろに傾けられると、唇を奪われる。しばらく唾液を吸ったあと、私を放した。
「前が見えないと危ないのですが」
「魔力が切れそうなんです」
口元を手で拭いながら、ユーリスは増え続けている魔族の群れを見つめていた。
このままでは……。
「ユーリス、指揮官はわかりますか? これだけの軍勢です。誰かが指揮をしているはずです」
「遠くからでは……」
「では、近づいてみましょう」
私はワイバーンの高度を上げさせた。高いところから黒いもやのように見える魔族達を見下ろす。
「今から魔族の中に突っ込みます。挙動が他と違うワイバーンが、指揮している者を乗せているはずです」
「もう、ファルラは。無茶をします。……ふふ。でも、わかりました」
「ユーリス、見極めてください」
「任せれました!」
私達は、魔族の群れの中へ、すさまじい速さで落ちていった。
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作者が忘念のザムドのオープニングを歌いながら喜びます!
次話は2022年12月20日19:00に公開!
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