第11話-② 悪役令嬢は状況を推理する
ワイバーンが翼をばさりばさりとばたつかせて、石畳の上に降り立った。
驚いた人たちが遠巻きに見ている。
道をふさがれた馬車が、どうすればいいのか迷っている。
だいぶ迷惑な気がするけれど仕方がない。何しろ緊急事態だ。
先生たちはワイバーンから飛び降りると、私とユーリスに向かって手を振る。ドーンハルト先生が私に向かって歩く。白い顎髭をさすりながら、楽しそうに言う。
「いいもん飲んでるじゃないか、ファルラ。年寄りに無茶させおって。飛ばしてきたもんで、喉がカラカラじゃ。ワシにもお茶が欲しいんじゃが……」
カフェの店員は、いつのまにか店の奥に引きこもって様子をうかがっていた。私達に怯えているようだ。
ユーリスが立つと、ドーンハルト先生にため息をつきながら言う。
「私が持ってきます。なんか大変そうですし」
「おお。頼むぞ、ユーリスちゃん」
あとから来たハルマーン先生が「私もお願いします」とユーリスに声をかける。
私の前の椅子を引くと、足を組んで座る。束ねた金髪がはらりと額に落ちる。その女らしい艶っぽい口が開くと、私へ皮肉を言った。
「いい空の旅でした。実に楽しみましたよ」
「まったく楽しんだように見えませんが」
「当たり前です。急すぎます」
「申し訳ありません。いまは先生達にしか頼れなかったので」
いままでユーリスが座ってた椅子に、ドーンハルト先生がどかりと座った。
「まあ、ワシは軍に顔が利くからの。ここに来るしかあるまいて」
「それで、どうでした?」
「事態は最悪じゃ」
「連合王国軍はだめですか?」
「何人かに文を飛ばしたが、返事が来ん。下手したら中枢の人間が監禁されておる」
「やはり反乱が……」
ドーンハルト先生が、顎髭をさすりながら、あたりを見回す。
「なあ、ファルラよ。これが王家へ反乱が起きた街に見えるか?」
道の真ん中にワイバーンがいるほかは、みんなそれぞれの日常を過ごしていた。店先では店員が揚げ菓子を子供に配り、道行く人は楽しそうに語らっている。
「いえ……」
「そういうことじゃ。あのお嬢ちゃん、なかなかやりおるわい」
ハルマーン先生がユーリスが持ってきたお茶を受け取ると、優雅に口を付ける。
「学園の寮ももぬけの殻でした。チリひとつ残っていません。誰と会っていたかもわかりません。あらゆる痕跡を消しています。成績優秀。生徒筆頭。敵に回ればイリーナ・ユスフは抜け目なく恐ろしい相手ですね」
それを聞きながらドーンハルト先生は、がぶがぶとお茶を飲み干す。すぐに、ユーリスへお代わりを頼んでいた。
「王家へ反乱を企てた者は死刑じゃよ。王家が全力でユスフ家を叩き潰しに来たら、あの嬢ちゃんはどうにもならん」
ふたりはイリーナのことを反乱を起こした敵と見ている。
違う。イリーナはそんな人じゃない……。
ただ、ジョシュア殿下が嫌いで、私が好きだった、それだけの人なのに……。
私は抗うように毅然と言った。
「イリーナは私達の敵ではありません。魔族討伐という点では、まだ共闘できます」
「ファルラは落第じゃ」
「え、ちょっと待ってください。ドーンハルト先生。私は……」
「お前さんは嬢ちゃんにとらわれ過ぎじゃ。良いか、もっと大局を見てみい」
「大局……」
私は思ったことを確かめるように言葉を出す。
「ジョシュア殿下は、誰かの進言を鵜呑みにして、軍の指揮系統を通さずに、王都の防衛部隊を南に下げるかもしれません。ユスフ家を威圧して早期に解決を計りたいでしょうから」
「それは悪手じゃよ。アシュワード家が武力で解決を図ったとなれば、人々から余計悪者にされてしまう」
「ルナイゼン宰相が動くかと思います。この連合王国は9つの国家を束ねています。実利を考えれば、もう1国ぐらい増えても問題はないと考えるはずです。早めにユスフ家の独立を認めて、事態の正常化を計ると思います」
「それではアシュワード王家は大恥を掻くじゃろうて。王家存続にも関わる」
「イリーナは他国を飲み込んだり共闘することも考えているでしょう。王家が囲い込むように、イリーナもまた囲い込みを始めるはずです」
「だが、恐らく動かん。あの嬢ちゃんは聡い。王家や他国の出方を見てから、次の一手を素早く打ってくる」
どういうことだろう。これでは……。
「みんな動けなくなっている」
「そうじゃ。ようやく正解を出せたな」
「ドーンハルト先生、では、私はどうすれば……」
はっはっはと、その老師のような先生は大きく愉快そうに笑った。
「この状況で、もっとも利益を得る者は誰じゃ?」
「利益……」
ドーンハルト先生の眼が鋭く光る。
「魔族じゃよ」
ドドーンッッッッ!!
お腹に響く低音が辺りを満たす。
「なんです?」
あわてて立ち上がると、私は音のした方角へ振り向いた。石造りの建物のその先、遠くの青い空にうっすらと一筋の煙が見えた。
ユーリスが私のそばに寄る。不安そうに私の腕をつかむ。
ハルマーン先生が無言で立ち上がると、空の方を見つめて歩き出そうとした。
ドーンハルト先生がそんな私達を制止する。
「待て。座りなさい。ハルマーン先生もじゃ。そんなせっかちだから学園長も振り向かんのじゃぞ」
「それとこれは違います」
「いいから座らんかい」
一喝されて、しぶしぶハルマーン先生が元の椅子に座る。
私も椅子に座る。その後ろにユーリスが寄り添った。
ドーンハルト先生がふところから紙を出す。それは王都の地図だった。テーブルの上に広げると、カップのひとつを置いた。
「音からすると東門の近く。このカップのあたり。さて、魔族はどんな目的でどう攻める。ファルラよ、お前さんが好きな推理とやらをして見せい」
私は唇に指を当てながら考え込む。
魔族がこんなときに王都に攻めてくる……。いや、こんなときだからこそか。アレなジョシュア殿下は、本当に王都の兵士を南に下げたのかもしれない。
魔王が王都の近くに妖精の道を通したと言っていた。それはダートムで見たような、あまり大きなものではないはず。王都の周辺は人が多くいるからバレる可能性が高い。そんなところから魔族が攻めるには……。
ふふ、うふふ。
私は口元に笑みを浮かべながら言う。
「そうですね。まず魔族は大規模攻勢を何度も妨害してきました。ハロルド殿下殺害もその一環でしたし、空中戦艦襲撃もその一環の可能性が高いです。王都を攻めたとしても占領するつもりはないでしょう。だとしたら狙いはここです」
私はもうひとつのカップを地図の真ん中にある王宮に置いた。
「ほう。ファルラよ。ワシは教えたぞ、攻めるときは相手が一番嫌がることをせよと。この場合どうする?」
「まっすぐ王宮には攻め入りません。魔族への恐怖を植え付けるために、人々を蹂躙しながら兵を進めるでしょう。王都防衛の兵士たちを避けながらジグザグと……」
ズドドーンッッッッ!!
また重い爆発音が響いた。
それには見向きもせずドーンハルト先生が、東門のカップをずらした。少し城壁寄りになっている。
「陽動の可能性はどう見る?」
「はい、ないはず……」
言いかけて、ふと口をつぐむ。
私は後ろにいるユーリスにたずねた。
「魔族領と王都を結ぶ妖精の道を作るには、どれぐらいかかりますか?」
「ええ、まあ……。高位魔族でもすぐに作ることはできません」
「それはどうしてですか?」
「魔力をたくさん消費するからです。普通の人間では一生分かかってしまいます」
「質問です。人の命を使って、それを作ることはできますか?」
ユーリスが押し黙る。
きっとユーリスは知っている。
「どうしたんですか? できるのですね?」
「……できます。人が持つ魂魄から魔力を絞り出し、妖精の道を作ることに使うことはできます」
「だと思いました。あのギュネス・メイがこの世界に戻る際、人の命をたくさん使って、この世界へ帰還する魔法を発動させたと言っていましたから」
私は地図を指さした。
「私が推理する魔族の動きはこうです」
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次話は2022年12月19日19:00に公開!
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