我、王都へ侵攻する魔族の野望を砕き、邪悪なる炎の中から民を救わんとす
紅蓮の王都編
第11話-① 悪役令嬢は親友を止めらない
イリーナの真意を確かめようと、私はまっすぐその目を見つめた。
「どういうことですか、イリーナ」
「ふふ。ファルラちゃんは真実を解き明かす探偵なのですよね?」
「ええ、そうです」
「それなら当ててみてくれませんか? 探偵さん」
そう言うと静かに微笑み、彼女は私を見つめ返した。
唇に指先を当てながら、私は考え込む。その指先は少し震えていた。
いま思っていることを言ってしまったら、イリーナと私との関係は終わってしまうだろう。
それは嫌だ……。
でも、私は話さなくてはいけない。探偵なのだから。
「王家は孤立無援です。反乱の兆しは、貴族や軍内部にあり、離反者が相次いでいます。王家はジョシュア殿下を擁立して、盛大な結婚式で雰囲気を変え、古都ネフィリア奪還を目的にした大規模攻勢を王国民へ発布しましたが、誰もが及び腰です。北方の悲惨な状況に目をつむっても、自分たちの暮らしを維持したいからです」
「そのような方は多くいます」
「いまや連合王国の半分は、イリーナの手に握られています。軍事力、経済力、そして何よりフレリア海沿いに広がる穀倉地帯が大きい。一国を作っても余るほどの力です」
「はい、それはもう」
「ユスフ家の領地一帯を連合王国から独立させるつもりですか?」
イリーナがくすくすと楽しそうに笑い出した。
「すでに一個空中艦隊をユスフ家の領地へ動かしています。大規模攻勢を前に連合王国は大混乱になるでしょう」
「それがわかってて、そうするのですか?」
「ええ、そうです」
「なぜです?」
「もう、ファルラちゃんは。いつも『重要なのは動機』って言ってましたよね? では、私の動機はなんだと思っています?」
「伯父上といっしょにユスフ家を統治していると以前に聞きました。イリーナがどう思うかに関わらず、他の者たちから進言されるでしょう。ユスフ家は抜け目がない。どこかでこれは負けると見たはずです。魔族領が広がれば人類の生存域はもっと南へ下がる。ユスフ家独立の動きに『大勢の難民を支えるために、無傷で豊かな国がいる』という大義名分ができる。連合王国に兵を出さず、難民の飢えを防ぐためには、こういう手しかない」
「あらあら。名探偵失格ですよ、ファルラちゃん。少しは当たっていますが、その推理は外れです」
やっぱり、これでは許してはくれないのか……。
ユーリスが私に寄り添うと、そっと手を握った。その温かさが私に勇気を取り戻させた。
「ありがとう、ユーリス」
小声でそう言うと、ユーリスは返事の代わりに私の手を強く握った。
そう。私は決めたんだ。ユーリスといることを。
何をしても、そうすることを。
「ええ、これは建前です。本当のところはイリーナが私に特別な感情を持っているからです」
「恋愛感情、とは言わないのですね?」
「言って欲しいのですか?」
「私から告白したいので、いま言ってもらっては困ります」
私達はお互いに本音を隠して笑い合う。
手を口元に当てながら、私は静かに言う。
「では、そうしましょう。これまで私が王家や教会から受けた仕打ちは、イリーナを激怒させたり落胆させることばかりでした。あなたは聡い人です。私と世界を計る天秤が、私へと傾いたとしても、勝ち目がなければそのままでいた。でも、情勢は変わりました。王家から離れた人々を取り込み、それが許される大義名分がある。イリーナは、それを力に変えることができた。私を奪っていっても、それを良しとしない王家や魔族、教会を撃退できます。だから……」
「面白いです。本当に面白いです。でも、違います」
その言葉に驚いて、私はイリーナを見つめた。
「婚約破棄の日に言ったはずです。私はジョシュア殿下が嫌いなんです。私が大好きな人にあんなことをして、あまつさえ何度も危険にさらした。そんな人に私は膝をつくことはできません。ファルラちゃんのために、連合王国と縁を切る。そしてファルラちゃんを私の家に迎える。ええ、そうなんです。それ以外は、おまけのようなものです」
「すべて私のせいだと言うのですか……」
「そうです」
笑みを消したイリーナに私は問いかける。
「なぜ、このまままでいられないのですか?」
「なぜ、このままでいてくれなかったのですか!」
イリーナが拳を握って私に向かって強く言い放つと、なおも責めるように言い続ける。
「婚約破棄されたら私の家にかくまう手筈でした。私があの場でそれをあきらめたのは、あなたの目を見たからです」
「目?」
「何事にもひるまず、自らの力で運命を変えていこうとする強い目。学園裁判、空中戦艦、王家と魔族との闘争。あなたはいつだって自分で行く道を切り開いていきました。だから私もそうするしかないのです。そうしなければ、私は自分が本当に好きなものを、なにひとつ手に入れることができません」
だからって、そんな……。
私が黙り込んでしまうと、ふいにイリーナが笑った。
「髪を切りました。それは、この格好なら言えると思ったからです」
私に向けて手を差し伸べる。
「好きです。ファルラ。私といっしょにきて欲しい。お願いです」
男の子ようなイリーナから懇願される。私の目をまっすぐ見つめて、私が欲しいと乞われている。
どうにもならない。
どうにもならないのです……。
失意と絶望と罪悪感が入り混じった気持ちの中で、私は首を横に振った。
そんな姿を見たイリーナは、ため息をつきながら静かに話した。
「ダメなのはわかっていました」
「なら、どうして……」
「それに答える必要はありますか? 私の願いを叶えるなら、この場でファルラを押さえつけて馬車に放り込み、一緒に空中戦艦で逃げ出す、なんてことをすればいいのです」
「イリーナ! 私は……」
「でも、そんなことをしてもファルラは逃げ出して、ユーリスちゃんのところに戻ってしまいます。そんなことは私にだって推理できるんです」
イリーナが私の腰を抱き寄せる。体を重ねるように抱きしめられると、そのまま唇を奪われる。水の音が何度もせつなく聞こえる。
いくら唇を吸っても思い通りにはならないのに、それでもイリーナは泣きそうになりながら、何かに耐えるように震えながら、私の唇を吸い続ける。
私は黙って、イリーナがしたいようにさせていた。
だってもう……。
舌が口から離れて、耳へと伝っていく。耳のふちを舐められて私が思わず声をあげると、イリーナが耳元でささやいた。
「この感触を糧にして、私はこの先を生きていきます」
とんと私はイリーナに押された。
イリーナと私の体が離れていく。
私はもがくようにイリーナの体をつかもうとしたが、それは叶わなかった。
よろめいた私を、そばにいたユーリスが支えてくれた。
私を黙ったまま見つめているイリーナに向かって、ユーリスが静かに声をあげる。
「私はあなたに嫉妬したほうが良いんでしょうか? なぜか、そんなことができません」
「私はユーリスちゃんをうらやましいとは思いませんでした。大好きな人が好きな人を嫌うことはできません。あなたもそうでしょう?」
「はい……」
「でも、私はファルラの親友で、ふたりの邪魔者です。だから、このままいなくなります」
そう言って微笑むイリーナを見て、私はこれが最後になるんだと直感した。
「待ってください。話を……、話を聞いてください。私達はまだ、このままでいることだって……」
黒ずくめの男のひとりが、部屋の中に入ってきた。イリーナのそばに早足で近寄ると冷酷に言う。
「時間です。ご決断を」
「連合王国に通達せよ。我がユスフ家はアシュワード王家に対し、反旗をひるがえす。作戦通り、連合王国軍中央司令部を極秘裏に押さえ、領地沿いの道を封鎖する。すぐに取りかかれ」
「よいのですね?」
「ええ。もう終わったことです」
イリーナは胸に手を当て、私達に礼をする。
「では、ファルラ。あなたがずっといつまでも幸せになれるように祈っています」
顔をあげたファルラは、どこか吹っ切れたような顔をしていた。そのまま扉のほうへ振り向くと、私を気にすることなく歩き出した。扉の外にいた黒ずくめの男たちに守られるようにして、イリーナは去っていった。
私は水色のソファーにどさりと座った。
頭に手をやり、このひどい状況をどうしたらいいのか考え出した。
ユーリスがそばに来て私の腕を引っ張る。少し怒っていた。
「追いかけなくていいんですか?」
「無駄です」
「お願いです。追いかけてください!」
「追いかけて欲しいと思ってはいないでしょうから」
「でも、それじゃあんまりです!」
動かない私を置いてユーリスは走り出そうとした。私は彼女の腕をしっかりとつかんで、それを止めさせた。
「よしなさい。あの人は覚悟を決めたんです」
私は、ユーリスへ静かに微笑むとこう言った。
「私にはわかるんです。親友でしたから」
■王都アヴローラ ロマ川近く カフェアプリシア 路上のテーブル席 ノヴバ小月(5月)4日 15:00
道端のテラスで新聞を片手に静かにお茶を飲んでいた。そのテーブルの上には今日の朝刊がたくさん並んでいる。
あまり令嬢らしくない姿ではあるけれど、背に腹は代えられない。何でもいいので、情報が欲しかった。
私はこの事態に対し、何か手を打とうとしていた。
イリーナの反乱は、王家にとって許しがたいものになるが、戦力の半分を持っていかれては、いかんせんどうにもならない。泥沼の内乱になれば笑うのは魔族だ。
てっとりばやいのは、王家が私をイリーナに差し出して和議にする、とかだろう。
カップから少し冷えたお茶を一口飲む。
そんなことはイリーナだってわかっている。もっと違う手を考えないと……。
「ファルラ、行ってきましたよ」
目立たないように町娘の恰好をさせたユーリスが、私の隣の椅子に座る。
「言われた新聞社とギルド、商会にそれとなく聞いてまわりましたけれど、とくに何も出てきませんでした」
「情報封鎖されていますね。さすが、イリーナです。手際がいい」
「でも、いくつかうわさはありました。イリーナさんの領地から小麦が届かなくなったとか。天候のせいだろうとかいろいろ理由はつけられているようですけど……」
「不安は広がります。時間が経てば、ますます大きく。そしてそれは取り返しがつかなくなります」
「それはそうですけど……」
「だから、人を呼んでみました」
「誰をです? ……きゃっ。なんですか、これ!」
強烈な風が舞い上がった。みんなあわててスカートや帽子を押さえ出す。
見上げれば、大きなワイバーンが、いまここに降りようとしていた。その背中に乗った人たちが、私へ大きな声を出す。
「よおー、ファルラ。わが愛弟子よ。顔を合わせるのは学園裁判以来じゃったな」
「学園長の指示により、私達が先に派遣されました」
風で飛び散っていく新聞や食器たちを気にせず、私はカップをテーブルに置くと、ふたりに大きな声をあげた。
「ありがとうございます。ドーンハルト先生。ハルマーン先生。お力添えに感謝します」
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次話は2022年12月18日19:00に公開!
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