第10話-⑦ 悪役令嬢はその人に怒りをぶつける
――私とヴェラルナの仲を裂いた、この者に死を。
心の中でそう聞こえた。それはグレルサブで聞いた人造神様と同じだった。
「だめです! 願わないでください!」
――死、破滅、死、破滅。
「やめなさい!」
私の上の方から、いくつもの光の束が前へと延びていく。
「これが……、神だと……」
そうつぶやいた司祭長に、するどく光が突き刺さる。次々と何度も刺さる。ぱんとはじけた。体が灰へと変わり、殺風景な廊下の中を漂っていく。
「だめです……。このままでは神様に……。あのろくでもない神様に……」
私は涙をこぼしながら、それでも前へと目指した。背中に背負っているものは、すでに人の形を感じなかった。
武器を持った衛士や司祭が何人も現れた。逃げろと叫ぶ間もなく、光が当てられ灰に変えられる。
ふいに背中が軽くなった。
いったい何が……。私はゆっくりと振り返る。
それは様々な色の光でできた子供のように見えた。うごめく触手のような光を後ろにして、ふわりと浮いている。
「お前は……」
それが辺りを見回す。それからにんまりと笑った。
私はそれに見覚えがあった。転生前の世界で死にかけたときに会ったものとそっくりだった。
こちらの世界では、それを女神と呼んでいた。
「虐げられた少女が敵を無双していくのが好きな女神、と言ったところですか」
――我々は人の願望の数だけいる。お前らとて同じだ。そのつながりが尊いと願われて、生まれた女神がいる。それがこの困難な世界に、お前を連れてきた。
「そんなことで異世界から人を連れ込むのですか?」
――人はそれを願う。
「人の苦悩を救うために女神がいるのではないのですか!」
――違う。苦悩さえも我々の好物だ。人よ。私達を楽しませておくれ。皆が喜ぶ。
なるほど。これは魔族でなくてもぶん殴りたくなりますね。
「お前たちの思うようには動きません。絶対に!」
――結構。それもまた楽しい。
魔力が急速に失われていく感じがした。魔術紋が無くても、私の魔力を吸っているのか。そういえばグレルサブのときも人造神様に吸われていた。魔力は女神の維持に必要なものなのだろうか。それなら……。
だめだ。目がかすむ。どうにもならない。
私は膝をつく。
それは上へとあがっていく。天井をすり抜けて、なおもあがっていく。
――ヴェラルナ、もうこれで……。良かった……。
その声は神でもなんでもなく、ひとりの少女が安堵した声のように聞こえた。冷たい床に倒れ込みながら、私は光が消えていくのを見守っていた。意識が途切れるとき、大叔母の顔を一瞬だけ見たような気がした。
■王都アヴローラ グラハムシュアー大聖堂 中央聖堂 枢機卿執務室 マルティ大月(3月)4日 4:30
目を覚ましても、そこは真っ暗だった。
額に手をやる。水で濡らした布がかけられていた。それを手にしながら、体をゆっくりと起こす。
夜明けがそこにいた。
優雅な飾りがついた大きな窓から、黒から紫へ変わっていくきれいな空が見えていた。またたく星は色褪せ、やさしい光を放つ月は傾き、より明るい光の中へこれから消えようとしていた。
それは王家と教会の行く末のようにも思えて……。
「気がつきましたか」
振り向くと、白い僧衣とローブを着て、白い髪の上にずんぐりとした主教帽をかぶった人が、暗がりの中で立っていた。
「大叔母様」
私は寝かされていたソファーから立ち上がろうとした。ぐらりと体が揺れる。まだ力が入らない。
「そのままでいなさい。何か欲しいものはありますか?」
「いえ……」
大叔母は近づくと、銀のコップを手渡した。私は注がれていた冷えた水を飲み干した。
「クレディーヌさんは、最後まで大叔母様を思いやっていました。あそこにいたということは、大叔母様を慕っていたはずです」
「ええ。そうです。それが?」
「どうして……。それなのに、どうして!」
私は空のコップを部屋の隅に投げつけた。
壁にぶつかる大きな音のあと、カラカラと転がる音が聞こえた。それでも私の怒りは収まらなかった。
「いいですか、あなたはジョシュア殿下の婚姻を妨害するために、自分を愛してくれた人を犠牲にしたんです! 助けもせずに、〈予言〉の仕組みを利用して、そこに不吉なメッセージを混ぜていた。あなたが祈れば、クレディーヌさんに伝わるようにしてましたね。それは勇者の固有スキルのように特定の人の心をつなぐものなのでしょう。助けられたはずなのに助けなかった! あの劣悪な環境で、あなたが殺されないようにと、クレディーヌさんはけなげに祈っていたんです! あなたはみんな知っていたんです!!」
荒い息を吐く。大叔母が近づいてきた。ぼんやりとした暗がりのなかで、静かに私へ語りだす。
「最初はあの子から告白されました。私は結婚できない体です。襲われてしまい、その記憶が男性を遠ざけています。教会での仕事は孤独です。何年もそうしていたら、孤児のひとりが私を抱きしめてくれました。馬鹿みたいでした。この歳になって大勢の者に慈愛をかけるより、ひとりの少女に好かれることのほうがたいせつだと知るなんて」
「なら、なぜ!」
「私には立場があります。月皇教会枢機卿としての。それをないがしろにするということは、私を支える大勢の人を裏切ることになります」
父をなじってまでファランド―ル家に力を付けさせたがっていたのは、クレディ―ヌさんのためだったのか……。
私は自分のスカートの端をぎゅっと握り締めて言う。
「だからと言って……」
「ファルラとジョシュア殿下との婚約が破棄されたことで、私が持つ教会の力も変わりました。あの子は敵対勢力に捕まり、私にはどうすることもできませんでした。せめて役に立ちたいと、クレディ―ヌから言い出したことです。魔族の血を王家に入れるわけにはいきません。教会がそれを認めてしまったら、何のための教会でしょう。もし婚姻が不吉な物となれば、ファルラと王家との復縁も見込まれ、クレディ―ヌが助かる道も出てくるはずでした」
「……私が悪いのですか?」
「ええ」
私はただユーリスと一緒に暮らしたかっただけなのに、どうして、こんな……。
うつむいたまま、私は大叔母にたずねた。
「ふたつだけ質問をさせてください」
「なんですか?」
「どうして大叔母様が祈ると〈巫女〉が歌うのです?」
「クレディ―ヌには、人の気持ちを受け取り、それを人へ放つ力がありました。転生したときに与えられた固有スキルだと聞いています。とくに私の気持ちをよく汲んでくれました。祈っている間にお茶が欲しいと思っていたら、部屋に戻ると温かいお茶が待っていたり……。意識がなくてもその固有スキルが使えるとわかると、私はそれにすがりました」
「ジョシュア殿下の結婚式がうまくいくようにとみんなが祈っている間、あなたはあんな憎悪を祈っていたのですか」
「ええ、その通りです」
臆すことなく、はっきりと大叔母は言う。
この人は……。
正しいのかもしれない。でも、それを正しいと思いたくない。
私は悩みながら、もうひとつ質問をした。
「黒髪の女を〈巫女〉として集めているのはどうしてですか?」
「あれは保護なのです」
「保護?」
「この1000年の記録では、黒髪を持つ女だけが、女神となったり、女神と交信しています。どうしてかはわかりません。上から見つけやすいだけというその程度の理由かもしれません。そして、このことを公表することはできないのです。人と違うものを人は迫害します。月皇教会は人類の助けとなる女神を生み出したり、女神から情報を得ることが本来の役割です。だから教会で……」
「あれが保護ですか」
「ああしてつらい思いをさせると、そこから逃れたいと祈ります。それで女神と交信しやすくなります」
「そんなことを1000年も続けているのですか?」
「ええ。人類が魔族に打ち勝つためには仕方のないことです」
きっぱりと大叔母はそう言う。
ずっとはっきりと自分の強い意思を話している。
大叔母の目をまっすぐに見つめ、その意思に抗うように私は話す。
「では、人類がひどいのですね」
「ええ、私達もそのひどい人類です」
「魔族も人類も神も、わがままが過ぎます」
「違いすぎていて、どうにもならないのです」
「方法はあるはずです」
「お前の母のように、魔族と仲良くしろと?」
「違います。差はあっても良いのです。ただ、この1000年で、お互いがずいぶん狂い出しました」
「……正しくなるのは、どちらかが倒れたときです」
それはあっている。しかし、それを成さないと、みんなは等しく倒れる。
どうすれば……。いったいどうすれば……。
――眉間にしわが寄ると、美人が台無しですよ。
ふいにユーリスに言われた一言が、心に思い浮かんだ。
そうですね、ユーリス。私は考え過ぎます。
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作者が映画AKIRAで鉄男がタカシたちにコップを投げつけた真似をしながら喜びます!
次話は2022年12月14日19:00に公開!
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