第10話-⑥ 悪役令嬢は〈巫女〉を背負って走り出す
私の話を理解できない若い司祭が疑問を返す。
「こんなことをできる方ではありません。何かの間違いではないかと……」
「なぜです?」
「サラマンド枢機卿は、月皇教会の聖母であらせられます。子供たちへの支援、貧困問題の解決に尽力されていて……」
「ファランド―ル家当主である父をなじり、他の貴族と比べては絶えず意見や叱責していたような人なのですよ?」
「確かに気性が激しい方ではありますが……。それでも正しい行いをされていて、立派な方であると思っています」
「政略結婚させられそうになったら貴族の籍を抜けて、教会へ逃げ込んだような人ですよ?」
「それは……」
若い司祭が黙り込む。それをまるで冷やかすように〈巫女〉たちが歌っている。
このままでは埒が明かない。私は若い司祭にいらいらと言い出した。
「この檻を開けてください。最初に歌い出した〈巫女〉が、犯人を自白させる証人になります。枢機卿のところに連れて行って、この事件の全容を話させます」
「枢機卿はとてもお忙しい方です。すぐ会っていただけるとは思えませんが……」
「いざとなれば壁でも扉でも打ち破ります」
「それは困ります!」
「いいから開けなさい! あなたは真実より、カビの生えた教えを優先させるのですか!」
〈巫女〉たちの歌が止まる。
沈黙が私達を包む。
考え込んでいた若い司祭が、そっと手を出した。私はそれを受け取る。
「教えてください。これは正しいことなのですか?」
「それは自分で考えることです」
私は急いだ。歌が終わったということは、枢機卿の祈りも終わったのだろう。このままだと、事件のことを語らずにどこかへ行ってしまうかもしれない。
受け取った鍵を、鉄柵でできた扉の鍵穴に差し込んで回す。カチャリという音がしたら、もどかしく扉を開けて、ひとりの〈巫女〉の元に駆け寄る。その前にしゃがみ込むと、私はようやく気がついた。
「ああ、そうです。あなたは大叔母様のところにいたクレディーヌさんですね? 髪が伸びていて、わかりませんでした」
その人はぐったりとしていて、何も反応を示さなかった。
「言葉はわかりますか? 私はファルラです。一緒に大叔母様の温室で遊んだこともあります」
かすかに指先が動いた。
「あなたはヴェラルナ・ファランド―ルの元で養女として暮らしていました。わかるはすです。ヴェラルナ・ファランド―ルです」
口がゆっくりと動く。
「ヴェラ……、ルナ……」
「あなたの名前を教えてください」
「クレ……ディーヌ……。ファラン……ド―ル……」
「そうです。それがあなたの名前です」
ああ……。なんて、ひどいことを……。
私はその人を抱きしめていた。
大叔母様は、自分で育てていた養女がこうなっていることを知っている。それを利用している……。
「ダメ……。ここにいないとヴェラルナが……、殺されちゃう……」
「そんなことはさせません。私がなんとかします」
安心したのか、力が抜けていき、私に寄りかかった。その重さを受け止めると、私は檻の外で見守っている若い司祭に声を張り上げた。
「手を貸してください! 上へ運びます!」
「バカなことを言わないでください。そんなことしたら私が罰せられるんですよ!」
「それが何だと言うのです! 目の前の人を救わなくて、どうするんです! それでもあなたは月の信徒ですか!!」
何かを吹っ切るように若い司祭は首を振ると、こちらに向かって走り出した。
「もう大丈夫です。大叔母様のところに連れていきます」
目隠しをしていた黒い布をそっと外す。彼女の瞼がゆっくり開いていく。そこには瞳の代わりに光の筋がいくつも走っていた。これはグレルサブで見た人造神様の光と同じ……。
「ああ、なんてことですか!」
祈って願うことで神は人から作られる。そう、文字通りに。
魔族はこれを知っていた。だからグレルサブでの母の研究を止めたんだ……。あのまま研究が進めば、人から神を作り放題になっただろう。
私は自分の間抜けさ加減に腹を立てた。いままでヒントは見ていたはずなのに、気がつかなかっただなんて。
どうしたらいい……。
少なくともこのままにはできない。神様になったら、どんな願いを叶えてくるかわからない。
駆け寄ってきた若い司祭に、あわてて言う。
「この人をかついで、地上へ運んでください。人の願いから隔離する封印が必要です」
「どうしたんです?」
「この人は神様になってしまうんです! 急いで!」
「神とは月のことであり、それは……」
「御託はいいです! このまま神様になってしまったら『グレルサブの惨劇』が起きてしまいます!」
ようやく伝わったのか、若い司祭はしゃがみこんで彼女の手を肩へ回すとそのまま背負った。立ち上がると、ふたりでうなずき合った。
私達は薄闇の中へと走り出す。
ただひたすら外に向かって走り続ける。
入ってきた鉄扉が遠くに見えた。私は躊躇なく、最大火力のファイアアローを打ち込んだ。すさまじい爆発が起きる。爆風を突き抜け、熱を発して赤くドロドロに溶けていく鉄扉を、ふたりで飛び越える。あわてて駆け寄ってきた司祭たちに、私は怒鳴りつけた。
「死にたくなければ道を開けなさい!」
■王都アヴローラ グラハムシュアー大聖堂 地下1階 深淵の廊下 マルティ大月(3月)3日 19:30
階段を駆け上がり、廊下に出る。息が上がっている若い司祭に手を貸す。
「交代します。あなたは先の扉を」
若い司祭がうなずいて、背負っていた彼女をそっと床に降ろす。
「もうすぐ地上です。大聖堂の西側からロマ川に出ます」
「それなら川の水勢を使って、一時的な封印を施します。あなたは枢機卿と力ある司祭たちを集めて、水晶封印の準備を……」
異変に気がつく。背負おうとして、彼女に手をつかんだら、そこが妙に柔らかい。白い肌の下を光がうごめいているように見える。
「どうしたのです?」
廊下の先に司祭長が立ち塞がっていた。細い目をして微笑みながら、稲妻が走っている鞭を握り締めている。
「私はあなたにそんなをことをされたら、困ると言いましたが?」
無視して私は彼女を背負う。それは人の体というより水袋のように感じた。
鞭で床をぴしゃりと叩くと、司祭長は静かに言う。
「〈巫女〉を檻に戻しなさい。地上に出して人の目にさらすことは許しません」
何を言っている。私は司祭長を怒鳴りつけた。
「どきなさい! かまっている暇はないのです!」
「どうやら、あなたの体にわからせる必要がありますね。この大淫婦が!」
どうでもいい。
少しよろめきながら立ち上がる。そのまま前へ一歩を踏み出す。背負っているものが溶けていく感じがした。
怒り狂った司祭長が私達に向かって鞭を大きく振り下ろした。
とっさに前に出た若い司祭を、私は止められなかった。
ぎゃという短い悲鳴を立てて、彼は床に倒れ込む。
顔に何かどろっとしたものがかかる。早く、早くしないと……。
「この一撃であなたを月へと送って差し上げましょう。さあ、死ね!」
司祭長が鞭を振り上げた。そのときだった。
------------------------------------------
いつも応援や感想をたいへんありがとうございます!
執筆を続けられるのもひとえにご応援いただける皆様のおかげです。
よろしかったらぜひ「♡応援する」「☆で称える」を押してください。
作者がエルフェンリートのにゅうの真似をしながら喜びます!
次話は2022年12月13日19:00に公開!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます