第10話-⑤ 悪役令嬢は不気味な歌のなかで犯人を告げる



 「魔族と人の戦いは、大昔から続いています。魔族は人を殺すもの。それは月が満ちて欠けるのと同じように自然なことです。未来永劫変わりません。あなたはきっと騙されているのです」

 「私が魔族にですか?」

 「ええ、そうやって魔族は、あなたを通じてこの私も騙そうとしている。これが魔族の手なのですよ」

 「お前は魔族のことを知らなさすぎる」

 「知らなくても何も問題ありません。月の光こそがすべてであり、祭祀書が示すことこそが私の信仰なのですから」


 私の前に立ち止まると、司祭長は純粋な子供のように私を見つめた。


 「月の光はあらゆるものに届きます。王も貴族も平民にも。それは変わることはありません。ゆえにどんなに王家から寵愛を受けようとも、我々は月に代わって異端者を罰します。異端者は祭祀書を無視し、秩序を乱し、人類の結束を緩め、魔族の蹂躙を許します。あなたは子を成せばいいのです。魔族どもに対抗するには、私達はもっと大きな家族になる必要があります。人が人の役に立つ、とはそういうことです」

 「魔族に殺させるために、お前は子を産めと言うのですか?」

 「それでも、その中の何人かは生き残ります。そうしないと人類は魔族に蹂躙され滅びてしまいます。それぐらいはあなたもわかるでしょう?」


 話が噛み合わない。司祭長と私は生き方が違いすぎる。

 それでも私は……。そんな司祭長の生き方を否定する。


 「わかりません。わかろうとも思いません」

 「では、いまこの場でわかるようにして差し上げます」


 隠していた鞭を取り出した司祭長に、私は大声をあげてそれを止めさせる。


 「ですが! この問題についての犯人はわかっています」

 「誰です?」

 「教会内部の人間にしか、これを成せません。示唆している者は別にいるかもしれませんが、この仕組みを知っていて、どんなことをすればどんな影響が出るのか、それをわかっている人です」

 「では、どんな方法で歌わせているのです?」

 「ここは剣と魔法の世界です。方法はどうにでもなります。でも、こうした問題を起こす動機は必ずあります」

 「ふむ……。犯人は教会内部の人間と言いましたね?」

 「ええ」

 「では、明日まで生かしておきます。そんな危険を冒す者に慈悲を与えたいのです。犯人をぜひ探してください。そして真っ先に私へ知らせるように」


 殺意を剥き出しにした司祭長に、私は静かに言う。


 「ええ、かまいません。犯人を探して問題を解くのが探偵ですから。そのあとのことはどうなっても知りません」

 「探偵? わかりませんが良いでしょう。ですが……」

 「なんですか?」

 「ここに閉じ込めておきます。この〈予言〉の仕組みを知ってしまった以上は仕方がありません。あなたもそう思っていただけるとうれしいのですが」

 「吹聴もしませんし、逃げもしません。しばらくここにいます」

 「ほう。どうしてですか?」

 「次に〈巫女〉が歌うときに、犯人がわかるからです」



■王都アヴローラ グラハムシュアー大聖堂 地下5階 〈巫女〉の牢獄 マルティ大月(3月)3日 17:00


 司祭長が去ると、私は冷たい石の床に座り込んで、暗い檻の奥にいる彼女たちをずっと眺めていた。

 しばらくそうしたまま、いくつか推測を立てていた。


 ひとつは、この仕組み。

 予言というものは実に危ういバランスで成り立っている。誰かが「そんなものはでたらめだ」と立証して、多くの人がそうだと信じたら、それで終わってしまう。1000年もこの〈予言〉が続いているとしたら、誰かが「転生者から聞いた未来の話」を、この〈予言〉の仕組みに乗せて、何かあれば『〈予言〉は本当だった。ほら、この通りになったでしょ?』とでも言って、この仕組みが崩れないようにしているはずだ。


 もうひとつは、問題となっている〈予言〉が他と違うところ。

 恣意的に〈予言〉を操作したいとしたら、いつもの〈予言〉に混ぜるほうが安全なのに、それをしていない。不思議なことをすれば解決のために誰かが走る。そして私のような者がやってくる。〈予言〉の仕組み自体を外へ暴露させたいけれど、自分ではできない。犯人はそんな人だ。だとしたら、それは教会にいる誰かだと考えるのが自然だ。


 そして、歌うときに最初に声を出した〈巫女〉がいたこと。

 もし、歌うときはいつもそうだとしたら、その子が起点になって、ここにいる〈巫女〉たちを操作しているのかもしれない。方法はわからないけれど、教会内部の人間が指示しているのなら、確かめる方法はある。次に歌うときがそのときにだろう。


 始めに歌っていた〈巫女〉が、ふいに自分の黒髪に手をやる。手で櫛を通すように何度も髪を梳いている。無意識にそうしているのだろうか。きっと誰かのために奇麗であろうとして……。


 私は塞ぎ込む。


 「ユーリスは元気にしているのでしょうか。無茶をしていないといいのですが。同じことをユーリスも思っているかもしれませんが……」


 そんな私のつぶやきを無視するように、〈巫女〉はまだ自分の黒髪をいじっていた。


 黒髪。

 そうだ、黒髪。


 この〈巫女〉たちは皆同じ黒髪をしている。

 セイリス殿下も黒髪。母上の聖女様も黒髪。そういえば、グレルサブの惨劇に遭わなければ、私も黒髪のまま……。


 うん、共通点がある。

 それはおかしい。いろいろな髪色が集まらないのは不自然だ。

 こじつけかもしれない。

 でも、そうだとしたら……。


 犯人もそれを知っている。嫌というほどに。

 この仕組みを熟知していて、私がこうなってしまっても会いに来ず、この仕組みを利用しながら問題を起こさせたい教会の人間。そして黒髪の女を、私は知っている。


 そこまで思い至ったとき、私は考えるのを止めた。そうでなければいいのに……。私はその人が犯人ではないことを祈りだしていた。


 ちらりと〈巫女〉を見る。檻の上を見上げているその姿は、天上からやってくる神を見つめているようだった。


 「祈るって、なんでしょうね……」


 人はそうであって欲しくないことを祈る。それを神への祈りとして捧げる。月皇教会では、その神は月として象徴されている。転生をつかさどる女神たちもそこにいると教えている。


 そういえば人の祈りを魔族は嫌がっていましたっけ。祈ることでその願いを叶える女神が作られるからとか……。


 足音が近づいてきた。私は立ち上がるとすぐに身構えた。

 薄暗いもやの中から現れたのは、若い司祭だった。


 「すみません。食事を届けに来ました。簡単なものですが……」


 私は安心したように見せながら、警戒を緩めず、その司祭へ話しかける。


 「ありがとうございます。ちょうどお腹が空いていました。優しいのですね」

 「月皇教会の信徒ですから。人に優しくするのは、月の光に照らされた者の責務です」

 「なるほど。あ、パンですね。これはおいしそうです」

 「教会に寄進された古い小麦を使っているので、味は保証できませんが……」

 「それでもうれしいです。私のような者は月から見捨てられるでしょうから」

 「あの……。今からでも遅くありません。月は改心した者を誰でも許します。ですから……」

 「では、ここにいる〈巫女〉たちも?」


 若い司祭が黙り込む。すぐに言い返さなかったのは、矛盾に気がついているからだろう。それを言いかけたとき、澄んだ声がした。


 「ラ……」


 〈巫女〉たちが歌い出す兆しが始まった。私はあわてて若い司祭に怒鳴る。


 「司祭長をここに連れて来てください! いますぐ!」

 「できません」

 「どうしてです!」

 「いま司祭長は枢機卿や大勢の司祭と一緒に、大聖堂でジョシュア殿下の婚礼の儀について、無事に終えられるよう月に祈られています」


 それを聞くと、私は下を向く。

 犯人はあの人だ。

 あとは淡々と私の推理を確かめるだけだった。


 「セイリス殿下は、そこにはいませんね?」

 「はい、先ほどお帰りなられたようです」

 「参加している枢機卿は、ヴェラルナ・サラマンド枢機卿ですね?」

 「は、はい……。どうしてそれを?」

 「異端審問官たちの元締めでもいらっしゃる。その方は昨日も大聖堂で祈られていましたね?」

 「たしか、昼の鐘が鳴る前と、夜の夕食後に……」

 「その時間、この〈巫女〉たちも歌っていたのでは?」

 「え……」


 慌ててノートをひっぱり出し、若い司祭は素早くページをめくりだす。


 「そうです……、その通りです……」


 〈巫女〉たちが「破滅」、「死」と歌い始めた。それは少しずつ早く加速していく。不気味な緊張感が私達に走っていく。


 若い司祭は顔を青くさせながら、私にたずねた。


 「この歌は枢機卿と関係しているのですか?」

 「ヴェラルナ・サラマンド枢機卿は、その昔、こう名乗っていました。ヴェラルナ・ファランド―ルと」

 「どういうことです?」

 「私の大叔母様です。そして、この事件を起こしている犯人です」




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作者がトリニティブラッドのカテリーナ・スフォルツァ枢機卿の真似をしながら喜びます!



次話は2022年12月12日19:00に公開!

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