第10話-④ 悪役令嬢は〈予言〉の場に立ち会う



 その子たちは地べたに座り込み、何かをあきらめたように顔を上へ向けている。

 閉じられない口からはだらしなくよだれが垂れ、着ている薄い粗末な肌着を汚している。

 目を覆い隠している黒い布が、不潔な長い髪に絡んで、白い首筋に垂れている。


 〈巫女〉?

 違う。

 それどころか、これでは人としてすら……。

 こんなのはまるで……。


 私は拳を握り締めて、激しく憤る気持ちをどうにか抑えながら、若い司祭にたずねた。


 「これが教会のやり方なんですね。すばらしいです」

 「ええ、そうです。〈巫女〉の方々は、こうして魔族との争いのために尽くされています」

 「尽くす? これが?」

 「ええ、そうです。私はこちらのお世話を続けて3年になりますが、皆さん静かに献身されています」

 「食べ物に何か混ぜているのですか?」

 「とんでもない。皆さん自らの体を喜んで寄進された方々ばかりです」


 にこやかに若い司祭はそう言う。


 気持ち悪い。吐き気がする。

 激しく沸き立つ嫌悪感をどうにか頭の片隅に追いやり、推理していく。


 明らかにこの〈巫女〉たちには意識や自我がない。長年続けているということは、ここに〈巫女〉となる女の子を連れてきて、心を失わせる方法が整っているはずだ。

 それは薬でなければ、魔法による催眠や洗脳かもしれない。転生前の記憶をたどれば、シャーマンや祈祷師と呼ばれる人々が酒や幻覚剤を飲んで酩酊状態になり、それで得られた体験を神の言葉として伝えるという例が世界各地にあった。これも同じことをしているのだろう。


 では、どうやって心を失わせている?

 では、どうやって予言をさせている?

 では、どこからこの女の子たちを調達している?


 「いくつかたずねたいのですが……」

 「あ、ちょっとすみません。あとでお願いします。始まったみたいなので」


 そう言うと若い司祭が、手を腰のほうに回し、小さな赤いノートとペンを取り出した。

 暗がりの中で慣れた様子でペンを持つ。


 うめき声が聞こえた。

 鉄格子の先を見ると、ひとりの黒髪の〈巫女〉が、口をゆっくり開いたり閉じたりさせていた。言葉にならないうめきを続ける様子を、若い司祭が熱心に見つめる。


 「う……、ラザメグ、ディ、スタ……」


 それだけ言うと、〈巫女〉はがっくりとうなだれた。

 若い司祭が興奮したように言う。


 「すごい! すごいですよ! 今日は3つも言葉が出ました。普段はこんなに出ません。あなたが来ているからでしょうか。これも月の導きでしょうね。ありがたいことです」


 これが〈予言〉だと……。


 ひどい。ひどすぎる。

 ペテンも良いところだ。


 〈巫女〉たちがつぶやいた言葉を集めて、教会が適当に文章を作っているのだろう。これで魔族を打ち倒したというのも、たまたまそうであったり、そう解釈できなくもない文章だったり、そんなことが多かったはずだ。


 いつの時代でも予言と呼ばれていたものは、読み方次第でどうにでもできるものばかりだった。意味はないけれど意味深に読める詩や散文を、そのときの人の不安に合わせて誰かが解釈を与える。みんながそれに飛びつく。もっとこの先のことを教えてくれと懇願される……。


 そう、誰かがいる。こう解釈しろ、ほら当たった、と言う扇動者が必要だ。

 では、いま問題になっている「死」、「破滅」と〈巫女〉が歌うのは、確かに不思議に思う。拾い上げている言葉としては、はっきりし過ぎて使いづらいのでは……。


 ふいに後ろから足音がした。


 「これが信仰というものです」


 薄闇の中、目を細めて微笑む男がそこにいた。


 「司祭長……。謹慎されていたのでは……」

 「枢機卿やセイリス殿下とじっくりお話ししました。未熟で矮小な星であると私は自覚し、心から反省したのです。だから、ここにやってくることができました」


 嘘だ。こんな短時間で、ここに来られるはずがない。

 何の目的で……。


 しまった。考え込んでいた一瞬を突いて、司祭長が近づいてきた。素早く私へ顔を寄せると、耳元でこう囁いた。


 「これがあなたたちの成れの果てなんです。教会が集めた異端者の有効な使い道。それを暴かれてしまうのは、いささか困るのです」


 私は侮蔑を隠さずにたずねた。


 「こんなもののために、人を犠牲にしているのですか?」

 「こんなもののために、人は祈りを捧げているのです」


 司祭長が微笑みながら私から離れる。

 手を叩き、パンという大きな音を薄闇に響かせる。


 「すばらしい!」


 満面の笑みでそう言うと、司祭長が若い司祭に向けて大げさに早口で話し出した。


 「この大淫婦は、月の威光に下ることを約束してくれました。これは祭祀書を紐解いて、私自らじっくりと教えを施さないといけません。だから、ですね。……もう良いのです、あなたは」


 若い司祭が私のほうを不安そうに見る。

 何かある。そう思った私は、「大丈夫」とだけ言い、若い司祭にうなずいた。


 「その……。司祭長様。決してご無理をなさりませんように」

 「ええ、そんなことはしません。ただ……」


 そのとき、澄んだ声が聞こえた。


 「ラ……」


 まるで音程でも合わせるように、一人の〈巫女〉が上を向いて声をあげていた。それからすぐだった。


 「破滅」

 「死」

 「破滅」

 「死」

 「破滅」

 「死」

 「破滅」

 「死」


 誰かが「破滅」と言えば、誰かが「死」と言う。誰かが「死」と言えば、誰かが「破滅」と言う。

 子供の遊びのように言葉が繰り返され、リズムが整っていく。


 それは〈巫女〉たちが歌っているように聞こえた。


 「忌々しい」


 司祭長がそうつぶやく。またノートを出そうとしていた若い司祭を目に留めると、司祭長は声を荒げた。


 「こんなものは記録しなくてかまいません。どうせ同じなのですから。さあ、あなたには他に仕事がありますよね?」

 「ええ……、くれぐれも……」

 「大丈夫ですから。あなたに月の導きがあらんことを」


 若い司祭は、何度も振り向きながら去っていく。


 〈巫女〉たちがまだ歌っているなか、司祭長が私にたずねる。


 「さて。あなたは、このことを解決したいのですよね?」

 「ええ。そうセイリス殿下に依頼されています」

 「いつまでに、でしょうか?」

 「1日も満たないうちに」

 「なるほど。そのあとは私の物になるのですね?」

 「そうはなりたくありませんが」

 「では、そんなあなたにひとつだけお教えします」


 笑みを消した司祭長が、その細い眼で私をにらみつける。


 「あなたは、この〈巫女〉たちを、私達が薬か魔法で洗脳でもしているとお思いなのでしょう?」

 「それは違うと?」

 「そうなんです。最初は慈愛を込めて暴力をふるいます。交代しながら何度も。大人しくなったところで人を殺したら助けると言えば、みなさんそれにすがります。たとえそれが恋人であったとしても。殺した後、我々はそれを責めます。なぜ殺した? あんなにもお前を愛していると言ってたのに? そうすれば、ほら、この通り。人の心なんて、容易に壊せるものなのです。壊れた心は外へ向かなくなり、月にいらっしゃる女神と通じ合うようになります」

 「ゲスが……」

 「あなたもそうなります。1日経てば、私は喜んであなたを〈巫女〉にするお手伝いをしましょう」


 ふいに歌が止む。〈巫女〉たちが次々とうなだれていく。口から垂れたよだれが滴となり、床へぽたりと落ちていった。


 私はそれを見ながら、冷静に司祭長へたずねた。


 「お前たちと魔族との差はどこにあるのでしょうね」

 「さあ。私は魔族の方々を存じ上げませんので」

 「私はそれなりに知っています」

 「ほう、さすがは大淫婦です。魔族にも通じているとはすばらしい。これはとっておきの方法を用意しなくてはいけませんね」

 「お前のようなゲスもいましたが、人の道理をわきまえた方もいました」

 「ふむ……。それはおかしいです。とてもとてもおかしいですね」


 司祭長が不思議そうに言うと、私へゆっくり近づいてきた。




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次話は2022年12月11日19:00に公開!

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