第9話-⑥ 悪役令嬢と幼い王子は犯人を見つけ出す



 ミルシェ殿下が私と向き合うようにソファーに座る。メイド達が動き、温かいお茶をカップへ入れていく。殿下には砂糖を入れるらしい。決まりきっていると言わんばかりの手さばきで、すぐに殿下へ供される。カップに口を付けたミルシェ殿下が、あちっと顔をしかめた。かわいらしい。いちいちかわいい。私はそんな感情を隠すように語り出す。


 「どこで宝石がガチョウに入れられたか。それについては、おそらく殿下が先ほど言ったように今朝がた誰かが厨房で入れたのでしょう」

 「じゃ、犯人は料理長?」

 「いえ、料理長にはこれという目的がありません」

 「……誰が犯人なの?」

 「まず、ガチョウの流れを把握しておきましょう。いつかはわかりませんが、これから会う冒険者が北方の森でガチョウを捕まえた。それを何かしらの手段を使って王都に持ってくる。注文した仲買人が受け取り、代金を払う」

 「払っていなければ、あんなふうにまた会って連れてくるとは言わないからね」

 「その通りです、殿下。だから、この取引は双方正しく行われたと見ていいでしょう。仲買人は借金漬けでしたが、金銭のもつれで事件が起きた可能性は低い。次に仲買人が昨日の夜に料理長に渡す。毛をむしったり下ごしらえをしたあと、布袋に入れて厨房に置いた。翌朝、朝食の支度をして、それからたずねてきたアーシェリに手渡した」

 「なんだか、誰もできない気がしてきた」

 「その通りですよ。ミルシェ殿下」

 「え?」

 「これから冒険者と出会いますが、おそらくこの人も違うはずです。ふふ。こうなると誰が犯人かわかりませんね」

 「それなら、聞き耳を立てていた料理人の誰かとか? アーシェリお姉ちゃんの執事やお付きの衛士だって、今日のことは詳細は知らなくてもある程度はわかるはずだし。料理長や仲買人が誰かに脅されていて嘘をついているとかは?」

 「誰かとは誰です?」

 「うーん、わかんない。ファルラお姉ちゃんには何かわかっているの?」

 「いえ、まだ。……ということにしておきます」

 「ええー。いじわるだよ、ファルラお姉ちゃん」


 殿下が少しふくれた顔を私に向ける。

 私はカップを手に取ったけれど、それを飲むことはしなかった。


 「ふたつ、問題があります。ひとつはガチョウへ宝石を入れた犯人の特定が難しいこと。いまたどっている線はおそらく途切れるはずです。もうひとつは、そもそも宝石がどうやって盗まれたのか。宝石店や管理をしていた者たちに表立って聞き出すことができません。公になれば責任者が処罰されるので、これを避けたいためです」

 「じゃ、どうすればいいの?」

 「そうですね。剣と魔法の世界なのですから、方法はいくらでもあるでしょう。だからこそ『動機』を考えます」

 「犯人がどうしてこれをしたかったか、ということ?」

 「ええ、そうです。まず、宝石そのものを盗んでお金を得たかったとします。この宝石『オルテーシアの氷雪』は、大きさや内容物に特徴が大きくあるので、どこかに売っても、すぐに盗品とばれてしまいます」

 「他国の者が眺めるために欲しがったというのは?」

 「ありえなくはないですが、外交問題の火種となります。アシュワード家が買ったと知られていますから、戦争でも起こしたいという理由がないと難しいです。いまは魔族への大規模攻勢を控えていますから、どの国もそんなことに力を割くのは得策ではないと思っているはずです」

 「婚礼を妨害したかったというのは?」

 「こんなことをしなくても、もっと楽な方法があります。アーシェリごと誘拐するとか。ああ、もっと簡単な方法があります。……ジョシュア殿下を亡き者にしてしまえばいい」


 控えていたメイド達がものすごい顔をしていた。ひとりが慌てて扉を開けて外に出る。不届き者がいると、誰かに告げ口しに行ったのだろう。

 まったく、暇なことを。

 ……でも、それでいい。


 「ファルラお姉ちゃん。わからないよ。何がしたくて犯人はこうしたの?」

 「私を陥れるため? いいえ、違います。本当に追い詰めるなら、私が宝石をどこからか盗んだという証拠と合わせて話を作らなければ不完全です。王家を陥れるため? いいえ、違います。もっと楽な方法はいくらでもあります。王家なんて叩けば埃はたくさん出ますから」

 「ますます、わからないよ」

 「この状況です」

 「状況?」

 「あの宝石をガチョウに入れてアーシェリの家で騒ぎを起こすことで、お人よしの私は事件解決を買って出て、こうして王宮までやってきて探偵をしている。この状況こそが、犯人の望んだことです」

 「どういうこと?」


 扉の向こうが騒がしくなってきた。衛士が何人か来たのだろう。


 「まだ、ミルシェ殿下には説明していませんでしたね。犯人の目星がついたけれど、まだそうとは確信できないとき、探偵は罠を張ります」

 「罠って、ファルラお姉ちゃん、何かしたの?」

 「ええ、もうすでに」


 扉がコンコンとノックされた。顔が青ざめているメイドが、すぐに扉を開けた。少しくしゃっとした金髪のその人が、叫びながら部屋に入ってくる。


 「どういうことだ、ファルラ!」

 「ご足労いただき、ありがとうございます。ジョシュア殿下」


 私はにこにことジョシュア殿下を見つめた。


 「私を暗殺したいのなら堂々とやってくればいい!」

 「ああ、そういうふうに伝わったのですね」

 「……違うのか?」

 「そんなことしませんよ。ジョシュア殿下を殺したければ、もっとばれない方法を使います」

 「お前は……」

 「きっとこうすれば、ジョシュア殿下が何もかも放り投げて、こちらに来るだろうと思っていました」

 「どういうことだ?」


 私は後ろを振り向いて、ユーリスを見上げる。


 「そろそろ時間ですか?」

 「はい。ガリューナク門に着く頃合いかと」

 「ジョシュア殿下。後ろに控えている衛士のどなたかに、ガリューナク門で待っているロマク・ガルディナスという男を、ここに連れてくるようにご命令ください。おそらく彼一人のはずです」

 「意味がわからないが」

 「わからなくてもかまいません。ぜひ、そのように」


 ジョシュア殿下がしぶしぶ衛士の一人を呼び、私と同じことを告げて走らせた。


 「さて、ガルディナスさんがやってくる前に、仕掛けた罠を解説しておきます。その前に、ユーリス、お茶を淹れていただきますか?」

 「え、私が、ですか?」

 「せっかくの茶葉です。おいしくいただきたいのです」

 「それはかまいませんが……」


 ものすごく嫌そうな顔をしている王宮付きのメイド達を細目で見る。自分たちの仕事を否定されたとでも思っているのだろう。


 これから私が話す内容で、相手の出方によっては、ユーリスが暴れる可能性があった。だから、少し遠ざけたかった。それにせっかくなので、この良い茶葉をもっとおいしく飲みたいのもあった。あのメイド達の神経を逆なでるようなことをしても、これは仕方がない。何しろ私は悪役令嬢なのだから。


 メイドのひとりがジョシュア殿下にお伺いを立てる。ジョシュア殿下は不機嫌そうにうなづくと、メイド達がユーリスを連れて奥の部屋に向かった。


 「これで良いお茶が飲めそうです」

 「ファルラお姉ちゃん、罠のことを教えてよ」

 「ああ、そうですね。まず、あのガチョウがアーシェリの手によって今日運ばれるということがわからないと、この事件は起こせません。先ほど言ったようにそれを知っているのは、国王陛下、料理長、仲買人。この3人は、嘘をついていないか検証が必要ですが、いまのところ動機がないので犯人ではないと思っています。冒険者にはまだ話を聞いていないのでわからないので、疑わしさは高まります。でも、先ほどの『私が王宮に来て探偵をさせる』ということが動機だとしたら、おそらく冒険者は、犯人の手によって行方不明になっているはずです」

 「どうして?」

 「そのほうが長く捜査を続けさせることができるからです。料理人や執事等に事情を聴いても、それほど人数は多くありません。今日中には聞けます。そこで調査を止める可能性はある。でも、疑わしい冒険者がどこに行っているのかわからないとしたら、それを探さないといけません。公に出来ない事件なので、大勢の衛士に頼るわけにはいかない。必然的に私が調査を続けることになる。としたら『冒険者を捕まえてこい。王宮に来て定期的に様子を報告をしろ』ということになるはずです」


 ジョシュア殿下があごに手を当てながら、私へ神妙にたずねる。


 「ファルラ、よくわからないのだが、誰かがお前を王宮に来させたい、ということか?」

 「ええ、そうです。だから犯人に時間を与えました。指示ができる時間を。きっと王宮の外にいる協力者へ、冒険者を拉致するよう伝えたはずです。これが私の罠です。ああ、早かったですね、ガルディナスさん。連れてくると言ってた冒険者はどちらに?」


 走ってきたのか荒い息をさせたまま、男はこう叫んだ。


 「どこに行ったかわからないんだ!」


 私はにやりと笑う。

 思った通りだ。それならあの人が犯人だということになる。


 私はとぼけたようにその焦っている男へ声をかけた。


 「それはどういうことです? ガルディナスさん?」

 「いつもいる宿屋や酒場にもいないし、みんな今日は見ていないって言うんだ」

 「でまかせを言ってもらっても困ります」

 「本当なんだ、信じてくれ!」

 「信じられません。でも、今からの質問に真実を答えてくれたら、考えなくもありません」

 「わかった! なんでも聞いてくれ」

 「あのガチョウはアーシェリが希望して今日必要なことを知ってましたね」

 「そのために冒険者へ依頼して取ってこさせたんだ。あの人は使用人にもやさしかったし、俺たちもできる限りのことをしたかったから」

 「なかなか良い心がけです。アーシェリを困らしたくはなかったのですよね?」

 「ああ、そうだ」

 「昨日の夜は?」

 「酒場で賭けをして、夜中に家に帰って寝ていた。朝早い仕入れもあったんだ」

 「ありがとう。ぜひ善良な市民を続けてください。ああ、でも。掛け事は控え目にしたほうがよろしいかと。用事は済みました。お帰りは衛士の方にお願いします。あ、ちょっと待ってください。記念品をお渡しします」


 私は立ち上がると、100ギアルをポシェットから取り出して、その男に手渡した。


 「なぜ……」

 「賭けには勝ち負け以外にも、お金を貰える方法があると言うことです。あなたはいい仕事をしました。その対価として受け取ってください」

 「あんたはなんなんだ?」

 「ただの探偵です」


 男はアルラウネにつままれたような顔をしていた。でも、お金を受け取ると現実に戻ってきたようだった。衛士に親し気に肩を叩くと、うれしそうに帰っていく。その後ろ姿を見ながら私はため息をつく。


 「ガルディナスさんのお父さんがやっているお店がつぶれないと良いですね。良い肉の手配に困りますから」


 こちらをずっと険しい顔で見つめているジョシュア殿下、ソファーに座って不思議そうに首をかしげているミルシェ殿下。合図があれば私を取り押さえようとしている衛士たち。

 私は手を広げ、そんな人々へ推理ショーの大詰めを告げる。


 「さて、ミルシェ殿下。犯人はわかりましたか?」

 「え? うん……、ちっとも」

 「探偵ごっこは続いていますよ?」

 「わからないものはわからないよ……。ファルラお姉ちゃんの言う通りになったけれど……。誰がファルラお姉ちゃんを王宮に来させたがっているの?」

 「私がこの一年で王宮に来たのは、3か月前に国王陛下や学園長、宰相と楽しいひと時を過ごした日だけです。あの時は夜で犯人は会えなかったのでしょう。陛下の参内せよという手紙も無視していましたから、どうしても王宮に連れてきて会いたかったはずです」

 「それは誰なの?」

 「その人は国王陛下から私が参内しないという文句を聞くことができます。料理長がガチョウを一晩置いておくだろうと予測することができます。王宮の外にある宝石を盗ませて自分の手元に持って来させることができます。容易には王宮の外に出られず、こうすれば私がやってくるとわかっている人です」


 ふふ、うふふ。

 私は目を細めて、その人に低い声で告げる。


 「探偵が犯人をしてはいけない、とは教えていませんでしたね。ミルシェ殿下。あなたが犯人です」




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いつも応援や感想をたいへんありがとうございます!

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作者が「犯人はお前だ!」「いや私だ!」「俺も俺も」と叫びながら喜びます!



次話は2022年12月5日19:00に公開!

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