第9話-④ 悪役令嬢と幼い王子は料理人を問い詰める
ミルシェ殿下が首をかしげる。かわいい。
「探偵?」
「そうです、探偵です。不思議な事件の謎を解き、暴かれた真実を皆に告げる、そんなことをします」
「それなら、ファルラお姉ちゃんのそばにいてもいいの?」
「もちろんです」
「うん、やってみる」
ミルシェ殿下がこくりとうなずき、私を見つめる。アシュワード家の一番末っ子の王子として生まれ、まだ10歳ぐらいのはず。だから、何をしてもかわいい。
「それでは事件のあらましを殿下にご説明します」
私は頬ずりしたくなる気持ちを抑えながら、これまで起きたことを順に説明していく。ミルシェ殿下はそれをうんうんとうなずきながら聞いていた。
ひととおり聞き終わると、陛下と同じようにあごに手をやりながら、ミルシェ殿下が私にたずねる。
「犯人の動機はなんだろう?」
「そこに思いが至るとは、さすが聡明ですね。私が思うに、アーシェリとジョシュア殿下の婚礼を妨害したいのだと思います」
「どうして?」
「それはですね。アーシェリの家で、宝石が見つかることが……」
違う。そうじゃない。
話をしながら思い当たった。もし婚礼を妨害したいのなら、もっと良い方法はいくらでもあるはずだ。
むしろ、私がまずい立場になる。動機を考えれば、婚約破棄された私のほうが犯人だと思われてしまう。
よく陛下は……。それだけ信用されているのだろうか。いや、それよりは、この事件を穏便に解決させたいだけだろう。あの陛下はいつもそうだ。
「どうしたの、ファルラお姉ちゃん?」
「いえ、何でもありません。ミルシェ殿下に気づかされるとは、私もまだまだということです」
「そうなの?」
「はい。もう少し関係する人たちに話を聞いてから、犯人の動機を考えてみましょう。そのほうが正しい推理ができるはずです」
「うん、わかった。まずは厨房からだね」
ユーリスがミルシェ殿下の小さな手を包むようにつかむ。
「下賤な者の手で申し訳ございませんが、お連れいたします」
「大丈夫。だってほら」
ミルシェ殿下がもうひとつの手を私へと差し出した。
「こうすれば一緒に手をつなげるよ」
その手を私はやさしく握る。嬉しそうにミルシェ殿下が微笑んだ。私もつい嬉しくなってしまった。
それからミルシェ殿下を間にして、私達は仲良く歩き出した。
「ファルラ」
「なんですか?」
「子供ができたらこんな感じなんでしょうか?」
私は思わず「何を言いますか!」とユーリスのおでこをぺしりと叩いた。ミルシェ殿下に不敬じゃないか。それに私はその……。なんだろう、この気持ちは。
そんな私を見て、ミルシェ殿下はくすくすと笑っていた。
■王都アヴローラ 王宮中央 瑠璃宮大厨房 ジニア大月(1月)10日 15:00
そこは戦場だった。大勢の料理人たちが狭苦しい厨房の中を行き交っていた。オープンからは煙が上がり、コンロからは炎が吹き上がる。薪のパチパチとした火の粉が煤けた煙突へと登っていく。
こんな時間なのにもう晩餐の支度なのだろうか。私は前を横切る若い料理人に声をかける。
「あの、すみません。お聞きしたいのですが」
あからさまに無視された。目を合わせたのに、いないものとして扱われる。
声を張り上げようとしたとき、ミルシェ殿下が私のスカートの裾を引いた。
「見てて、ファルラお姉ちゃん」
そういうとミルシェ殿下が息を吸い込む。そして叫んだ。
「みんなー! 教えてー!」
慌ただしかった料理人たちが一斉に動きを止める。それから私達の方へと振り返る。
ミルシェ殿下が私の裾を何度も引きながら、得意げに私を見上げていた。
「さすがです。ミルシェ殿下」
「みんな僕の声には、振り向くから」
「なるほどです。では、この人たちにたずねてみましょう」
今度は私が大きな声を出す。
「どなたか、今日の朝にアーシェリへガチョウを渡した方はいませんか?」
それを聞いた口ひげの男が、包丁を手にしたまま奥の方からやってきた。
「お前たちなんだ。ここは立ち入り禁止だ」
「探偵をしています、ファルラ・ファランドールと申します。こちらのミルシェ殿下も探偵です」
「殿下、ここは危ないと言っているでしょう? 飴玉あげますから、どっか行ってください」
「僕は探偵だよ。だからロシェ料理長が朝にしたことだってわかるんだ」
その声に一瞬、料理長がだじろぐ。
「殿下、私は何もしていませんが」
「あのガチョウはとても大きかったそうだよ。いつ毛をむしったのかな? たぶん、たくさんの毛がついていたから、時間や手間がかかると思う。朝では朝食の支度もあるし、昨晩から下ごしらえして厨房にそのまま置いといたのかも。どうかな、料理長?」
「いえ、それは……。そのとおりです」
「よかった。合ってた。ここは扉に鍵がかからないから、誰でも入れる。料理長は確認もせず、そのままガチョウを袋に入れたんじゃないのかな」
それを聞いた料理長の顔が青くなる。
「あのガチョウに何かあれば、それは私の責任です。煮るなり焼くなりしてください」
ミルシェ殿下がそれを聞いて少し笑っていた。
……なぜ、笑う? 料理していた人が料理されようとしているから?
背伸びをしながらミルシェ殿下は、澄んだ目で私を見つめる。
「ファルラお姉ちゃん、役に立った?」
「それはもう。料理長さん、あのガチョウがアーシェリに渡されると知っていた人はいますか?」
「仲買人にはその旨を伝えて、特別なものを持って来させました。ほかは、ここにいる料理人にも伝えていません」
「なるほど。それを信じましょう。今日の晩餐も素晴らしい料理をお願いします。ところで、その仲買人と話がしたいのですが、どこで会えますか?」
「そろそろ今晩用の肉を収めにやってくるころです。ほら、あの男です」
厨房の奥の扉が開いていた。そこからひとりの目つきが悪い男が、荷物を抱えて厨房に入ってくるところだった。
「ああ、すみません。あの……」
私が声をかけると、男はあわてて逃げ出した。荷物を放り出して、キラーラビットのように素早く外へと走っていく。
「ユーリス!」
私が叫ぶまでもなく、メイド服のスカートを片手でたくし上げて、ユーリスが走り出す。大勢の料理人をかきわけ、台の上の肉や野菜を転がしながら、外へと向かっていく。
「行きましょう、ミルシェ殿下」
「追いかけるの?」
「もちろんです。でも、うちの猟犬は優秀なので、狩りはすぐに終わります」
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作者がミルシェ殿下のようにかわいくおねだりをしながら喜びます!
次話は2022年12月3日19:00に公開!
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