第9話-③ 悪役令嬢は王家を喜劇へと誘う



 陛下が厳しい顔に変わる。私へずかずかと近づくと、宝石を私の手ごと握りしめて引き寄せる。「あ、あの、陛下?」という私の声を無視して、陛下は握った手ごとひねりながら宝石を眺め始めた。


 「ふむ……。どうやら、本物のようだな。婚礼用にジョシュアへくれてやったものではないか。盗んだだと? 違うな。アーシェリから渡されたのか?」

 「私が盗みました」

 「どうやってだ」

 「教えません」


 陛下があきれたように深々とため息をつく。


 「ファルラよ。お前は王家の妃がどうやって選ばれるのか、わかっているのか?」

 「いえ、さっぱり」

 「家柄があう貴族の中から、年相応の娘を選び、王宮へ招待する。何人もの人間がその様子を見ていく。誰とどんな話をしたのか、周囲の者にどう接したか。性格、容姿、学力、それがまとめられて余の元に報告が来る。その中から妃候補が選ばれる。ジョシュアの場合は263人いた。お前はその中から選ばれた、たったひとりの者だ」

 「何が言いたいのです?」

 「お前がどんな性格かは、わかってるということだ。こんなもの盗むくらいなら、王宮ごと破壊しているだろうよ」

 「よく、おわかりですね」

 「わかっている。だから、どうしてそれがお前の手にあるのか、余は聞いている」


 手を握られたまま陛下に迫られる。

 ユーリスが、私の後ろからそっと近づいてくる。


 下手なことをしたらユーリスが陛下に何かをしかねない。

 仕方がない……。私は正直に話すことにした。


 「アーシェリが実家へ持ってきたガチョウのおなかに、これがありました」

 「ガチョウ! ガチョウだと。なんと滑稽な」


 陛下が私の手を離し、その手を顔に当てながら笑い出す。


 「はい。このガチョウは、料理人に渡されてすぐ持ってきたそうです。そのため、宝石は王宮内でガチョウに入れられた可能性が高いようです」

 「待て、本当のことなのか? ふむ……。それでは、怪しいのは料理人ではないか。おい。誰か……」

 「陛下、それは賢明ではありません」

 「なぜだ?」

 「料理人が犯人でなければ、陛下に迷惑がかかります」

 「かまわぬ。料理人を変えればよい」

 「申し訳ありません。陛下も容疑をかけられているひとりです」

 「は? なんだと!」

 「アーシェリが今日実家へ行くとわかる者が、これをできます。陛下はどうしてアーシェリを実家へ?」


 陛下はまた暖炉の前へと立つ。しわが目立つ手を炎にかざしながら、ぽつりと言う。


 「親たるもの子の婚礼には立ち会いたいだろう。しかし、あの舞踏会で起きた醜聞の後では、貴族の娘としてジョシュアに嫁がせるほかなかった。うるさい貴族どもを黙らすにはこうするほかない。これは余のせめてもの罪滅ぼしだ」

 「それはそれは」


 ……なら、ジョシュア殿下と私との婚約破棄を親として止めればよかったのに。

 できなかった理由も知っている。私を犯人にしてしまえば、みんなの都合が良かったことも。ただひとりそれに反対したら、王家を揺るがすことになることも。


 この人は王様なのに何もできない。本当に思うことはなにひとつできない人だ……。


 私は炎に照らされた陛下に、微笑みながら手を差し出した。


 「では、こちらはお渡しします」

 「なに? お前がこのまま宝石店にでも渡せばよいだろう?」

 「保管庫に置き忘れていたのを見つけた、ということにしてください」

 「あっはっは。余に犯罪の片棒をかつげというのか。実に面白い」

 「カササギ泥棒の一幕ですよ。王がきらびやかなものを盗むという。陛下はこちらの劇がお好きでしょう?」

 「そうだな。王国劇場でも上演されるたびに見に行っている」

 「では、ぜひ陛下にあられましては、役者となり、劇として演じていただければ。そうすればアーシェリが助かります」

 「ふむ……」


 陛下はあごに手を当てて考え込む。


 こんなたいせつなものがなくなっているのがわかれば、責任を問われて誰かの首が文字通り飛ぶ。「陛下がたまたま見つけて渡しそびれた」ぐらいのほうが、誰も処分されなくて済む。

 アーシェリですらそうだ。平民は何をするかわからない。そう貴族に笑われるぐらいならマシだけど、亡くなったザルトラン伯爵のように王家へ盾突こうという者にとっては、同士を集めるためのよい餌として使われるだろう。


 陛下はそれぐらいはわかるはずだ。でも……。


 手を少し握り締めると、私は明るく陛下へ声をかけた。


 「いかがですか、陛下。ぜひ楽しんでいただければ」

 「楽しむ?」

 「はい。これは喜劇です。すでに上演はされています。その役者となれば、この冷たい部屋のような寂しい気持ちも、存外温かくなるのではないかと」

 「お前にそんな心配されるとは、明日は吹雪もいいとこだな」

 「ふふ、もう楽しんでいらっしゃいますね」


 それを聞いた陛下がとても楽しそうに笑った。


 「良いだろう。配役としては、そうだな。余はまぬけな王様、ファルラは道化の探偵、ユーリスは皮肉屋のメイドだ。それでどうだ?」

 「はい、そちらでよろしいかと」

 「では、この宝石はそのようにする。お前らは劇の演者として、犯人を見つけてまいれ。そして、このくだらない喜劇に幕を降ろせ」

 「かしこまりました、陛下。王宮に集う者たちに聞き込みをしてもかまいませんか?」

 「むろんだ。何かあれば侍従のアルベルトに話せば良い」

 「では、さっそく。道化の探偵は、いたずら好きなこの妖精をすぐに捕まえてごらんにみせます」


 胸に手を当て、深々と頭を下げる。それから直ると、私は女優を真似てにっこりと微笑んだ。

 それを見た陛下は、ろくでもない役者を見たように、しっしっという手を振り払う。


 私達はくるりと踵を返すと、まっすぐ扉に向かい部屋を出た。



■王都アヴローラ 王宮中央 瑠璃宮大廊下 ジニア大月(1月)10日 14:30


 壁にごてごてと彫刻を付けた慇懃な廊下をユーリスと歩く。小さな窓からその先に広がる白い世界を見ながら、ユーリスはぽつりと話しだす。


 「ファルラ。このあとどうします?」

 「そうですね。まずガチョウをもらったという料理人から話しを聞いてみましょう。たしか王宮の厨房は、この先の通路を左でしたね」


 曲がったところで、ふいにその人が立っていた。ぶつかりそうになり、あわてて立ち止まる。


 「ミルシェ殿下! どうして、このようなところに?」

 「ファルラお姉ちゃんだ、良かった……。アルベルトがこっちに来ているって言ってたから探しちゃった」


 ぬいぐるみを抱えた小さなミルシェ殿下は、それこそがぬいぐるみのようにかわいらしかった。白いふわふわとしたコートが良く似合っている。

 私はそんなミルシェ殿下へ名残惜しそうに伝える。


 「申し訳ありません、殿下。陛下のご要望により、やることがありまして。たいへん申し訳ないのですが……」


 ミルシェ殿下が私のスカートのすそを引っ張ると、何かをこらえているように言う。


 「みんな、そう言うんだ……」


 悲しそうにうつむく殿下を見て、私はウッと何かがあふれる。このまま抱きしめて、どこかに連れ出したい!


 私はかがみこむと、殿下と目を合わせる。その小さな冷たい手を取り、ダンスでも誘うようにこう言った。


 「では、私と探偵ごっこをしていただけませんか?」




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作者がミルシェ殿下のコスプレをしながら喜びます!



次話は2022年12月2日19:00に公開!

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