第9話-② 悪役令嬢は宝石を持って王宮を訪ねる
「アーシェリ、それを貸していただけますか?」
「はい……」
手渡されたものを流しのところにあった桶の水で軽く洗う。なかなか冷たい。洗ったことでより輝きが増しているその宝石を、指で輪っかを作ると拡大されて見えるルーペの魔法を使って、丹念に見ていく。目立つ傷はなく、ガラス特有の断面も見られない。やはり、これは私の耳飾りと同じ……。
「これは竜の血とも言われる宝石、ドラジニアですね」
ユーリスが不思議そうに私へ聞いてくる。
「ファルラ、ドラジニアって赤い色じゃないの? 私のもそうだし。ほら」
耳たぶにつけたそれを髪をかき上げながら見せる。私と同じものなんだから、そんなに見せなくてもいいのに。私は人差し指を振りながら、ユーリスに教える。
「それなんですが、ごくまれに青いドラジニアも手に入るようです。本当に希少なので、北方産のドラゴンからわずかに採れるとか。去年見つかったと新聞に……」
そう言いかけて、記事の内容を思い出した。それによれば、この原石はアシュワード王家が買い取ったはず。なら……。
「アーシェリ、これがどこにあったものか、わかってますね?」
「……はい。婚礼用のティアラに使われるものだと思います。ティアラを作るときに侍従の方から見せてもらいました」
「ああ、やっぱりそうでしたか。だとしたら、これは『オルテーシアの氷雪』と呼ばれている世界最大の青いドラジニアですね。光にかざすと、ほら、中に白い結晶が雪のように散っているのが見えます。間違いないでしょう」
「どうして、そんな宝玉がここにあるのか……」
「王宮で騒ぎになっていませんか? 盗まれたとか、消えたとか」
「いえ、そんなことは一言も聞いていません」
それはまずい。このままでは……。
私は人差し指を唇に当てながら考え込む。アーシェリが、無残な姿になっているガチョウを見ながらつぶやいた。
「ガチョウが食べてしまったのでしょうか?」
「宝石が大好物ならそうですね。このガチョウはどこから?」
「王宮料理人のロゼフさんに頼んで分けてもらいました」
「もらったあとにどこかに置いたとかはありませんでしたか?」
「受け取って、すぐに馬車に乗りました」
「とすると、宝石を入れたのは、ガチョウが料理人から渡される前になりますね」
「でも、そんなことは……」
「いまティアラはどこにあるんです?」
「王家の保管庫からロシュ宝石店に預けています。今日はその調整の日で、これから……」
そこでようやくアーシェリは気が付いたようだった。
「このまま宝石店に行ったら騒動に……」
「ええ、まずいのです。宝石店には無くて、この家に宝石がある。平民であるアーシェリが盗んだと言われるかもしれません。そういう罠の可能性があります」
あっけにとられたおばちゃんが、困ったように聞く。
「あたしたちはどうすりゃいいんだい?」
「そうですね……。うーん。あまりそうしたくはなかったのですが……」
ユーリスが私の腕を両手で引く。
「行きましょうよ、王宮へ謎を解きに」
「うーん。仕方ないですね。そうしましょう。ユーリスは来てくれますか?」
「もちろん一緒に行きます!」
アーシェリが思い詰めたように言う。
「ファルラさん、私も一緒に……」
「いえ。あなたはここにいてください」
「どうしてですか?」
「それはそうでしょう。これからお母さんといっしょにガチョウを焼くと言う大仕事が残っているのですから」
「それは……」
アーシェリが涙ぐむ。それを見せないように私へ頭を下げる。
「……ありがとうございます」
まったく。今日がお母さんと会える、最後の日になるかもしれないのに。
こんなどうでもいい謎は私がひとり占めしてあげます。
私は人差し指を振りながらアーシェリに言う。
「ああ、そうですね。報酬として、焼けたガチョウの肉をふた切れほどパンに挟んでいただけるとうれしいです」
「……わかりました。必ず用意します」
「宝石店にはお腹が痛くなったとか適当なことを言って、寄らずに王宮へまっすぐ戻ってください」
「はい、その通りにします」
「では、私とユーリスは一足先に王宮へうかがいましょう。この『オルテーシアの氷雪』はお預かりしても?」
「はい。ですが……。宝石店に戻すのではないのですか?」
「せっかくの餌です。これを使って王宮にいる犯人をおびき寄せます」
■王都アヴローラ 王宮入口 ランディーニ門 ジニア大月(1月)10日 13:00
白くて分厚いコートを着込んでいても、身を切るような寒さは体へと伝わっていた。溶けかかった雪にぐじゅぐじゅと足を取られながら歩いていく。王宮の入り口が見えてきたと思ったら、すぐに衛士が私達に近づいてきた。
「すみません。何か御用ですか? ここは許可がないと立ち入ることは……」
「これを」
私は女優から貰った国王陛下の手紙を衛士へ渡した。あの空中戦艦の事件の後、参内しろというこの手紙をほったらかしにしていた。どこまで放っておいたら怒られるのか、という単純な興味もあったけれど。
衛士の一人が走り出す。指示を仰ぎに行ったのだろう。私達はその場で待たされた。
メイド服の上に黒いコートを来たユーリスが、雪の中で足踏みしている。寒そうなその手を、握って温めてあげようと手を伸ばしたときだった。戻ってきた衛士が私に話しかける。
「国王陛下にあらせられましては執務中のため、瑠璃宮においでくださいとのことです。場所はわかりますか?」
「ええ。何度も来ていますから」
「失礼しました。おい、開門しろ!」
分厚い鉄の扉が開いていく。
「ユーリス、行きましょう。こっちです」
重々しい黒い門を歩き過ぎる。しばらく雪が帽子のように積もったシルフィウムの林の中を歩いていく。門から先は王家所有の馬車しか入れないので、貴族でも軍人でも、みんな歩かなければならない。ときおり嫌そうな顔をしている真面目そうな役人たちとすれ違う。人がいなくなったとき、ユーリスが私へたずねてきた。
「ねえ、ファルラ。なんで宝石をガチョウなんかに入れたんだろうね」
「転生前に読んだ名探偵の物語では、犯人が盗んだ宝石の隠し場所として、ガチョウに飲ましていましたね」
「でも、今回はちょっと違う気がするかも」
「ええ、そうです。このガチョウは間違えてやってきたのではありません。アーシェリの実家で料理されて宝石が見つかることを意図しています」
「としたらさ、犯人は今日アーシェリが実家へ戻ることを知っている人じゃない?」
「これから会う人が、そのうちのひとりですよ」
「ああ、国王陛下。アーシェリが言ってたね。陛下の温情で外に出られたって」
「誰か犯人かはまだわかりません。でも、こんなかわいらしい方法を使ってアーシェリを陥れようとした犯人に、ぜひお会いしたいところです」
■王都アヴローラ 王宮中央 瑠璃宮王家執務室 ジニア大月(1月)10日 13:30
その重々しい部屋には、がっちりとした大きな机と、黒い革張りのソファーが並び、壁には大きな暖炉が赤々と燃えていた。そこへ手をかざしながら、連合王国国王ロマード・ルーン・アシュワードが私に向けて文句を言っていた。
「なぜ早く来ない」
「申し訳ございません、陛下」
「1月に入れば寒くて仕方ないだろうが。まあ良い。余が書いたとおりになったのだろう?」
「はい。勇者が持つ剣により、魔族はばたばたとなぎ倒され……」
「違うな。それはお前の仕業だ」
「いえ、それは」
「学園長から聞いている。10日もあやつらの剣の手ほどきを受けるなど、たいへん大儀であったな」
「それは万が一のためで……」
「良い。いまの勇者がお前の代わりに役立つのであれば、それで良い」
陛下はまた黙って、暖炉で手を炙っている。
私は勇者が奮戦した姿を思い出しながら、陛下に口を開く。
「当代の勇者はきちんと勇者かと思われます。認めてあげたらいかがですか?」
「あれの固有スキルに触れたか?」
「はい。聞いてはいましたが、すさまじい体験でした」
「意思の共有、それは弱点になりうる。魔族はいずれ対抗してくるだろう」
「あれが弱点、ですか?」
「魔族も共有してしまう、共有した人間全員を殺す、意思の共有を妨害する魔法を作る。何でもできるだろう。魔族なのだから」
「それはそうですが……」
「もう良い。あの剣は勇者メルルクが所持しているのだろう? あとは学園長にやらせる」
「では、私はもう用済みということで、よろしいですね?」
「何を言っている。お前のような危険人物を放り出すわけがなかろう。毎日とは言わんが顔を出せ」
「しかし、それでは、陛下が平民と親し気に会っていると、醜聞が立ちませんか?」
「なら、爵位でもなんでも、お前にくれてやるわ」
ひどい。そこまでして私を手懐けたいのか。その代わり、ユーリスと暮らせるけれど……。
陛下が名残惜しそうに手を引っ込め、着込んでいるガウンの中に手を隠す。それから私達のほうを振り向くと、ユーリスをじろりとにらんだ。
「このメイドがユーリスという者か?」
ユーリスがスカートのすそをつまむ。
「ユーリス・アステリスと申します。国王陛下におかれましては……」
「余計な挨拶は良い。お前はこのファルラを好きなのだろう?」
「え、いや、その……。はい、……そのとおりです」
「良い。余は理解がある。演劇や本で学んでおる。月皇教会の連中とは違う」
「そうなんです?」
「ああ、そうだとも、ユーリス。安心しておれ。さて、ファルラよ。セイリスと一緒になるつもりはないか? ジョシュアの側室でもいいぞ」
「言ってることが矛盾していませんか?」
「そういう関係にならなくて良い。ユーリスといっしょでかまわん。余はお前をそばに置きたいのだ」
「陛下、私のことを買いかぶりすぎです。私はただの……」
「春にはジョシュアの婚礼、その後の大規模攻勢。連合王国の人々は、半分まで減るだろう。うるさい貴族どもの力はそがれ、平民は飢え、むせび泣き、人の世は混迷としていくはずだ」
「何が言いたいのです?」
「余はおまえの能力が惜しく思うのだ。決して奇麗ごとでは済まさない、人の本質を見抜き、それによって差配する力を。それは余の教育が息子たちに届かなかったものだ。このまま探偵とやらに頭を使うだけではもったいない。魔族と戦い、荒廃した人々を導くには、お前の力はとても必要になる」
「陛下、私は……」
陛下こそ私のやることを見抜いているくせに。でも、案外それは好きだった。嫌な奴同士の奇妙な連帯感がそこにはあった。
そばにいれば楽しい日々になるかもしれない。
それでも私は……。
いまはユーリスといたい。ユーリスとだけいたい。
私は陛下に嫌われることにした。コートのポケットから宝石を取り出す。それは青い輝きを放ち、人の目を惑わしていく。
「私がこんなものを盗む愚か者でも、陛下はそばに置きたいとお思いで?」
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作者が暖炉でマシュマロを焼きながら喜びます!
次話は2022年12月1日19:00に公開!
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