我、輝く宝石の謎を解き、寂しさから罪を犯す者と対決せんとす

苦くて青い紅玉編

第9話-① 悪役令嬢は暖炉で背中を丸める


■王都アヴローラ ベーカリー街「焼きたてパンの店 221 B.コルネイユ」 2階にあるファルラの部屋 ジニア大月(1月)10日 11:00


 部屋着の上からガウンを羽織ると、部屋にある小さな暖炉の前で、わずかになってしまった炎に手をかざしていた。

 振り向けばメイド姿のユーリスが、昨日から王都に降り出した雪を窓辺で掻き集めている。とても嬉しそうにしている。その後ろ姿を見ていると、まるで尻尾をぶんぶんと振りまわしているようだった。


 「……ワンコのようですね、ユーリスは」


 そうつぶやくと、ユーリスが八重歯をのぞかした笑顔を私に向けて、はしゃぐように言う。


 「だって、雪ですよ、雪」

 「寒いです」

 「そうですよ? 冬なんですから」

 「寒いんです」

 「ファルラって昔から寒がりですよね」

 「寒いと死んでしまいます。温かい下着がないと生きていけません」

 「もう、ファルラは」


 そうあきれたように言うと、ユーリスが弾かれたように部屋を出ていく。


 「どこ行くんです?」

 「ちょっと雪だるまの目にできそうな木の実を、中庭から探してきますー」


 そう言いながら階段を元気よく降りていった。


 ユーリスは私より大人なくせに子供っぽいな……。


 ふと窓辺を見ると、丸めた小さな雪の塊が縦に並んでいた。


 ……仕方ないか。私は暖炉に薪をくべるのを自分でやることにした。暖炉脇の黒い鉄の薪入れを見る。ごくわずかしかない。それでもそこにあった小枝達を折って、暖炉の中に放り投げていく。ぱちりぱちりと火がはぜていった。


 もう少し小枝を入れようとして、それを見る。ふと思いついた。ユーリスが作った雪だるまに、そっとふたつに分かれた小枝を刺してあげる。うーん、これはなかなか。まるで「わーい」と言って喜んでいるように見えた。


 目は赤い砂糖菓子でもいいかなと思い、余っているものを探そうとしたときだった。

 外から馬車の音がした。開けてある窓から下を見る。人除けの大きなベルを鳴らしながら、ぐしゃりとしている灰色の雪へ筋を付けるように馬車が進んでいた。こちらに向かっている。見ていたら、ちょうど階下で止まった。


 なんだろう、だいぶ物々しいな……。


 えらく立派な四人乗りの黒い馬車だった。雪の欠片が少しもなく、ぴかぴかとしていた。そこには紋章も何もない。貴族なら喜んで紋章を付けそうなぐらいなのに。身分の高い貴族のお忍びだろうか。


 私は雪だるまを少し部屋の方に寄せてあげると、窓を閉めた。

 階段をドタドタと上がってくる音がした。扉を開けると、あわてた様子のユーリスが飛び込んできた。


 「ファルラ、たいへん!」

 「どうしたのです?」

 「それが、あの……、その……」


 急にユーリスが口ごもる。よくわからないので、ユーリスのおでこをぺちぺちと叩いて、問い質そうとしたときだった。


 その人がいた。ユーリスの後ろから割って入るように部屋に踏み込むと、ベール越しに自分の部屋を眺めていた。


 「アーシェリ……」


 ベールを取ると私へ静かに微笑んだ。ジョシュア殿下の正式な婚約者となった彼女は、舞踏会で私と対峙したときとは違う、少し優しい雰囲気に変わっていた。


 「私の部屋にお住まいなのですね、ファランドール様」

 「いえ、その……。ええと、ですね。侯爵家から離れたので、様はなくて良いですよ。ファルラとお呼びください。もうあなたとは身分が入れ替わったのですから。この部屋で暮らしているのは、ヨハンナさんのご厚意で……、その……」


 なんともいえない気まずさが私に襲い掛かる。その重さに私はぺしゃんこになりそうだった。自分を断罪したその本人が、実家の部屋を占拠しているのだから。

 どう言い訳をしようかと考えこんでいたら、アーシェリが笑い出した。


 「ぷふ、ジョシュア殿下からうかがっていましたから。綺麗に使ってくれているようで、つい嬉しくなってしまいました」


 アーシェリが部屋の中へと進む。着ていた薄い水色の毛皮のコートを脱ぐと、軽く折りたたんで小さなソファーに置いた。窓辺へと歩いていくと、ユーリスが作った小さな雪だるまを見つけたようだ。刺した小枝をまるで握手するようにやさしく触る。彼女はますます笑顔になった。

 くるりと振り向くと、アーシェリが私へ相談を始めた。


 「悩んでいたのです。ここに来ることに。あなたが思う気まずさは私も思うところでした。でも……」

 「最後の機会なのですね?」

 「ええ、そうです。殿下との婚礼はアプリオ(4月)に決まりました。それを過ぎてしまえば私は王宮から出られなくなります。今日は国王陛下の恩情で、婚礼の衣装と装飾を見ることを口実に、こちらへ寄ることができました」

 「その陛下は、よくお忍びで城下に出ているようですが……」

 「私の立場ではそうもいきません。いまも階下では見張りの衛士がいます。私は魔族の血を持っているのですから」


 アーシェリがユーリスと同じ魔族の血を持ち、魔族のたくらみの片棒を担いでいた。皆の前でそれを暴いたのは、この私だった。

 ああ、そうか。それでは……。


 「もうひとつ最後の意味があるのですね?」

 「ええ。私は夏の頃には消えているでしょう」


 ユーリスが手を強く握りながら言う。


 「私も同じなんです。だから……」

 「公判記録は私も読みました。ジョシュア殿下は必死に私の延命方法を探しています。ファルラさんも同じことをしているのですよね」

 「うん、私のために、私と一緒にいられるために頑張ってる」

 「お互いつらい立場ですね。いっそのこと、もう……」


 ふいに表情が暗くなる。


 階段を上がる音にようやく気がついた。私がその人に聞かれる前にと「あのですね。アーシェリ、あなたがどんな立場にいたとしても……」と話しかけている間に、部屋の扉が開いた。ヨハンナさんが入ってきた。私達を見渡したあと、心配そうにたずねる。


 「アーシェリ、どうしたんだい?」

 「いえ、ファルラさんと少しをお話しを」

 「あれ、知り合いだったのかい?」

 「そうなんです。お母さん。友達なんです。魔法学園にいたときに助けてもらって、友達になりました」

 「あらまあ。驚いたね。縁というものはあるもんだね」

 「それでね、お母さん。一緒に聞いて欲しいの」

 「なんだい?」

 「ジョシュア殿下との婚礼には、お母さんは出られないの」

 「平民だからかい?」

 「……うん。いま後見役になっている貴族の方が付添人になるって……」

 「いいんだよ。アーシェリが幸せなら」

 「ごめんなさい。お母さん……」

 「泣くことなんかないさ。娘の幸せが一番だよ」

 「いつかドレスを着て、お母さんとこに見せに来るから」

 「いつかで、いいんだよ。いつかで……」


 抱き合う母娘を見ながら、私は複雑に思っていた。


 ドレスを着て見せる機会なんてもうないだろうに……。

 婚礼の後、魔族への大規模攻勢が始まる。勇者になれと言われたときに、そう国王陛下に聞かされた。その頃にはもうアーシェリの命はない。


 アーシェリは嘘をついている。それでも、この嘘は、そっとしておこうと思った。


 「アーシェリ、部屋を使わせてもらって感謝しています。ジョシュア殿下にもよろしくお伝えください。なんなら、ふたりでこちらに来ても良いのでは?」

 「ジョシュア殿下は忙しい方ですから……」

 「アーシェリのドレス姿を見て、言うことを聞かない殿方はいませんよ。ましてや殿下なら」

 「……そうですね。そうします」


 アーシェリが涙を拭きながらそう言う。

 ヨハンナさんは、アーシェリの背中をぽんぽんと叩くと、私達に向けて明るく言った。


 「さあ、みんなでご飯にするかい? それぐらい時間はあるのだろう?」

 「うん、お母さん。大きなガチョウを王宮の料理人から貰ってきたの。お母さんが焼いてくれたのを食べたくて」

 「じゃ腕をふるわなくちゃね! アーシェリも手伝ってくれるかい?」

 「こんなことするの、久しぶりだね」

 「そうだね……。王宮暮らしなら、腕が鈍っているだろうよ。もう一度鍛え直すからね」

 「うん!」


 ヨハンナさんがにこにこしながら、アーシェリを連れていく。ふたりの階段を降りる音を聞きながら、ユーリスが私の腕をそっとつかむ。


 「ファルラ……」

 「我らがお父様は、実利を取ったようですね。アーシェリの介添人ですか。あんなに嫌がっていたのに。欲しがってた称号もこれで手に入れたのでしょう」

 「そうだけど……」

 「どうしたのです?」

 「……私も消えちゃうから」

 「消えないようにすればいいんです。そのときが来るまではあきらめず探しましょう」


 その期限はあと7ヵ月。短いな……。短すぎる。


 私はユーリスの頭をやさしくぽんぽんとなでた。

 それは少しヨハンナさんに似ていると思った。



■王都アヴローラ ベーカリー街「焼きたてパンの店 221 B.コルネイユ」 1階食堂 ジニア大月(1月)10日 12:00


 小さなテーブルから台所で奮闘してる母娘が見えた。


 私のそばでユーリスがお茶を入れてくれる。温かいそのカップで手を温めているときだった。


 「えっ! なにこれ……」


 叫びが上がる。私はすぐ台所へと向かう。「どうしたんです?」とたずねながらのぞいて見ると、大きなガチョウのお腹を切っているところだった。そのなかで異彩を放っているものをアーシェリがつかんでいた。


 それはまるで海のきらめきのように青く輝く、大きな宝石だった。



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次話は2022年11月30日19:00に公開!

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