第8話-終 悪役令嬢は事件を解決し空中戦艦を降りる


 「ファルラ、それは私に一言も言ってませんよね?」

 「そうですよ。言ったら、ユーリスが王家へ殴り込みに行くかと思ったのです」

 「そんなことしません! あ、でも、少しだけしちゃうかも……」

 「ほら」


 勇者が私達の言い争いに口を挟む。


 「……王家や貴族は、そんなにも私を信じていないのか」

 「あなたの固有スキルは、練習では成果が目に見えるものではないですからね。今回のように実践でこそ、有用なことがわかる。だから、ひとまずダートムで見つけた勇者の剣を渡そうと思いつきました。剣を使いこなしている姿なら、知らない人間でも勇者が勇者しているとわかりやすいでしょうから」

 「この剣を使う資格は、私にあるのだろうか」


 傍らに立てかけた剣を勇者がぽんと叩く。

 それはすでに封印の機構が働いていて、それはただの幅広な剣にしか見えない。魔族に探知されることを恐れて、普通の剣に擬態できるようにサイモン先生に頼んだけれど、結果から見ればよい仕事をしてもらえた。こうして魔族の血を持つユーリスがこの剣に近づいても、とくに苦しまずに済んでいる。

 それ以上の機能は加えていない。剣に選ばれる機能も、勇者に自信がつく機能も。


 資格ですか……。そんなものは自分で作るしかないのに。


 私はそんな気持ちを隠しながら、勇者を励ますように言う。


 「大丈夫です。あれだけ活躍したのですから」

 「この剣を使ったのは君だろう?」

 「さあ」

 「さあって……」

 「勇者はちゃんと育っている。心配するようなことはなにひとつなかった。勇者として最適な者に思うから、勇者の剣を渡した。そうしたら大活躍だったと国王陛下や学園長に私は言うことにします」

 「バレるよ、そんなの」

 「なら、バレなければいいのです。私ですら10日間の付け焼刃で、あれだけ振るうことができたのですから、勇者ならもっと力を引き出せるでしょう。先生方が勇者にいろいろ教えようと、お待ちしていますよ」

 「また魔法学園で訓練するのか……」

 「ええ、そうです。それについてはたいへん心中察しますが……」


 勇者が以前に受けたつらい訓練を思い出したのか、うげえという顔をしている。

 私はようやく泣かずに落ち着いてきた副官に声をかける。


 「副官さん。すみません、勇者にはまだしばらく勇者をしてもらいます」

 「それは仕方がないことだと思います」

 「本当にそう思っているのです?」

 「私は……。いえ、もういいのです。もう……」


 勇者が恥ずかしそうに副官の片手を握る。


 「ごめん。私はネネのことを好きになれない」


 そう言われて、副官は少しそれに耐えた後、悲しそうに眼を閉じていく。手を握られたまま、副官は少しずつゆっくりとうなだれていく。

 勇者はそれを気にせず言葉を続けた。


 「私は魔王に殺されてしまうだろうから。死ぬときにまで、ネネにすがりたくない。だから、私は愛せないんだ。それは私の弱さになるから……」


 黙って聞いていたユーリスが、我慢しきれなくなったように声を大きくあげた。


 「だからといって、壊れていく恋人をただ受け止めるだけなのですか!」

 「君に何がわかる」

 「逃げられないのでしょう? ならせめて、差し上げた本物の勇者の剣で、ふたりで進む活路を切り開くべきです。ファルラはそうしたんです。知恵を絞って、持てる力を使って、私と最後まで一緒にいられる道を作ってくれました」

 「私には、そんなことは……」

 「あなたは、勇者なのでしょう! なら、ネネさんの勇者でもあるべきです!」


 勇者がうつむく。今日のユーリスは説教してばかりいる……。それはたぶん、私が悪いのだろうけど。

 副官のほうへと振り向くと、私はひとつのことを教えた。


 「副官さん。勇者はちゃんとあなたのことをだいじにしています。私が言うまで攻撃をしないように頼んだとき、あなたのことだとわかったらその通りにしてくれましたから。少なくても大勢の兵士の命より、あなたを取りました」

 「……それは良いことなのですか?」

 「道義的にはたいへん問題があります。まあ、そんなこと知ったこっちゃありません。私もそういう立場なら、ユーリスを優先させてしまいますから」


 私は立ち上がる。テーブルを回り、副官と勇者が座っているソファーの前に足を踏み入れると、そのままふたりを抱き寄せた。


 「いいことを教えます。この先、理不尽なこと、寂しいことがあったら、ふたりで抱き締めあってください。つらくなったらぎゅーですよ」


 勇者メルルク・エルクノールと副官ネネ・アルサルーサ。ふたりの手がそっとつながれていく。私はそれをやさしく見守っていた。



■連合王国領 フレリア海上空 空中戦艦エルトピラー 上陸用簡易タラップ デケンブリ大月(12月)2日 10:00


 潮風がしていた。少し冷たいその風は、私達をくるりと吹き抜け、青空へと帰っていく。

 地面を掘り下げた広いドックに満身創痍の戦艦が、少し浮いて止まっていた。まだいくつかのところで白い煙が上がっている。私は地上と戦艦をつなぐ薄っぺらくて狭いタラップの上で、それを見ていた。戦艦の先のほうに目をやると、敵艦のかけらがまだ刺さっていた。私はあの夜のことを思い出してから、止まっていた足を前へと動かす。


 後ろからついてきているユーリスが、私の背中をつんつんと指先で押した。


 「ファルラ、さっきから考えているのですけど……」

 「なんです?」

 「なぜザルトラン伯爵は、副官さんが竜核を持っていると気がついたのです?」


 ふふ、うふふ。

 私は一枚の紙きれを肩越しに後ろのユーリスに渡した。


 「なんですか、これ。……当方戦艦用竜核を所持している。適価で売りたし、ネネ・アルサルーサ……、って、これそのまんまじゃないですか」

 「執事役の兵士を介して、来ていた貴族にばらまきました。ひっかかったのは伯爵だけでしたが」

 「いつのまに……」


 前を行くイリーナがユーリスに向けて声をあげた。


 「私も持っていますよ。最初いたずらかと思いました」


 ユーリスが不思議そうに私へたずねる。


 「ファルラ、なんでこんなことしたんです?」

 「誰が盗まれた竜核を持っているのか、依頼を受けた時点ではわからなかったのです。もし貴族の誰かが持っているのなら、不思議に思って副官に近づいてくるはずです。副官が持っているのなら、それを確信したものだけが近づいてきます。演説をしながら、伯爵は私達が副官に呼ばれるところを見たのでしょう。私の素性のことは知っていたようですから、そこから推察したのだと思います」

 「……伯爵はかわいそうでしたね」

 「そうですか? あの口ぶりなら、遅かれ早かれこうなっていたと私は思います。庶民派にはわかりやすい悪者になるでしょうし」

 「そうじゃなくて」

 「わかっています。これは事故でした。私は人殺しの手助けはしていませんよ」

 「そうだけどさ……」


 前を行くイリーナが私に声をあげた。


 「ファルラちゃん、このあとユフスの本宅に来てくれるんですよね? 私に本気の歓迎されるというのも、面白いことと思いますよ?」

 「ええ、まあ……。あまり大げさなのは許してほしいところですが……。ああ、そうですね。聞きたいのですが、このあたり一帯はすべてユスフさん家という感じでしたよね?」

 「そうですよ? 土地を貸しているだけなんです」

 「イリーナ、この軍港もユスフのものなんです?」

 「ファルラちゃん、そんなことをいま聞くのですか?」

 「あのザルトラン伯爵の言うことが気になってまして。イリーナも離反しようとすればできなくも……」


 イリーナがふいに立ち止まる。


 「連合王国が保有する38隻の空中戦闘艦のうち、20隻はユスフ家の所有です。あ、この戦艦エルトピラーの改修費用を全額負担しましたから、結果的に所有権も手に入れましたね。なので、21隻になります。18の軍港のうち、ここを含む10港はユスフの私有地、ほかにもいくつかありますが……」

 「わかりました、もういいです」

 「これでもアシュワード王家には、膝を折ってちゃんと忠誠を誓っているのですよ?」


 私へとイリーナが振り向く。


 「いまは、ですが」


 花を散らしたようにイリーナが微笑む。

 いまは……、って。


 「イリーナ、お願いですから、私が王家に何をされようと……」


 聞き慣れた声がした。「おーい」と呼ばれた地上のほうを見ると、女優が出迎えに来ていた。私達は返事をしながら、タラップを降りていった。


 「めずらしいですね、ベッポさん。どうしたのです?」


 黒い大きな帽子と黒い毛皮のコートを来たその人は、私の声に少し安心したように微笑んだ。


 「ザルトラン伯爵から『お祝いだから帰還後のレセプションで歌え』と呼ばれて来たんだけど、こんなにぼろぼろじゃ祝えないわね」

 「朝まで待ってたのですか?」

 「あんたの泣き顔を見たかったんだけどね。どうもそれは叶えられそうにないわ」


 女優がくすりと笑う。

 私もつられて少し笑う。


 「ちょっとお願いをしたいのです」

 「え、また? 前みたいのは、もう勘弁してよ」

 「それもまたお願いする日が来るとは思うのですが……。ちょっと早めのランチはいかがです?」

 「ランチ? 普通の?」

 「ええ、そうです。普通のです。フレリア海特産の大きなエビを食べれる店を知っています。ユーリスもイリーナもいかがです?」

 「もちろん食べますよ、ファルラちゃん」

 「そう言えば何も食べてないよね。安心したらおなか空いちゃった」

 「みんなでいっぱい食べましょう。そのほうがきっとおいしいですよ」


 それから私達は笑い合った。


 揺れない地面を踏みしめながら私は思う。

 何人もの人の人生が消えることになっても、何人もの幸せを奪い去ったとしても。

 それでも私は笑っていたい。

 ユーリスやイリーナ、ベッポさんを笑顔にさせたい。

 願わくば、勇者と副官のふたりにもそうであって欲しい。


 それを誰からも非難されたとしても、誰からも軽蔑されたとしても。

 私は気にすることはないだろう。

 なぜなら、私は探偵であり、悪役令嬢なのだから……。


 「これが私のあさましい欲望なのでしょうね……」

 「なに? 独り言?」

 「ええ、そうです、ベッポさん。ただの独り言です」

 「変な人。まあ、あんたが変じゃなかったら、それこそ変だわ」

 「変という人のほうが変ですよ」

 「ふふ、そうかもね。あ、そういえば。これを渡さないと」


 女優が私の隣に並ぶと、ひとつの封筒を差し出した。


 「なんです?」

 「私の変なファンから、あんたへ」


 それはそっけない白い封筒だった。後ろに小さく「勇者へ」と書かれていた。

 女優に勇者への手紙を託す人、私が勇者をやっているもんだと思っている人は、ひとりしか知らなかった。


 「さぞ、いいファンなのでしょうね、その人は。何度も王国劇場に通っているようですし」

 「そう? あんたよりは面白くはないわ」

 

 私は封を開ける。そこに書かれている文面を素早く読む。


 ――王宮へ参内せよ。勇者の剣を偽物の勇者に手渡したのだろうから、それについての顛末が聴きたい。


 してやられた……。私がそうすると見越していたとは、国王陛下はやはり意地が悪い。


 「あなたのファンの熱烈ぶりにはかないませんね」

 「そう聞かされたら、最後までよく読めと伝えろ、って言われたわ」

 「どこまで熱烈なのでしょうね、その人は」


 その最後の文には、『年明けに事件が起きるからそれを解決せよ』とあった。どんな事件かは書かれていない。


 まあ、どうでもいいかな、そんなこと。

 いずれにしろ、次は王家なのでしょう。


 ふふ、うふふ。


 私はユーリスの手を捕まえて、そっとやさしく握った。


 「どうしたの、ファルラ?」

 「いえ、ちょっと面白くなってきただけです。行きましょう。プリプリの甘いエビが待っていますよ!」



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作者が伊勢海老とウチワエビとガスエビを食べながら喜びます!



次話は2022年11月29日19:00に公開!

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