第8話-⑪ 悪役令嬢は竜核盗難の推理を披露する
「どういうことだね、それは? ここに犯人がいるのだから聞けば良いではないか」
「艦長。真実は常にひとつです。でも、都合が良い真実というものがいくつかあります。おわかりになりますよね?」
「しかし……」
「少尉の件、どうなされるつもりです? 正直に報告すれば、軍の綱紀粛正という名の弾圧が始まります。誰か反貴族反王家なのか、疑心暗鬼のなか大規模攻勢へと駆り出されることになります。それによって困るのは兵士たちでは?」
「それはそうだが……」
私の言葉に引っかかって艦長が悩みだす。
どうでもいい。いま一番大切なのは、軍ではなく勇者だ。
私は艦長を無視して話を始めた。
「さて、第一の推理を述べてみます」
ぐるりとみんなを見渡してから、私は言葉を続ける。
「先ほども言ったように、竜核を盗んだのは副官さんです。動機は魔族のせいやお金を得ようとかそうしたものではなく、ある種の欲望です。勇者はこのままでいて欲しい、私の近くにいて欲しい、私だけのものであって欲しい。そうですよね? ネネ・アルサルーサ副官」
黙ってうつむいたままの副官を見つめた。あれから乱れたまま亜麻色の髪が、疲労と焦燥を表していた。
「昨晩、そんな感情をこじらせてしまったあなたは、朝早くに戦艦に入り、竜核を外した。今日は飛ばさず、適当なタイミングで見つけたと言えばいい。少しでも遅らせたい。あわよくば失敗して長めに延期して欲しい。それぐらいの気持ちだった。ところが予想より早く少尉に気づかれてしまった。違いますか、少尉?」
艦長が少し手を緩めると、少尉はあきらめたように口を開いた。
「そうだよ。見張りをしていた3人からアルサルーサ副官が勇者の部屋に早朝行っていたと連絡があった」
「あなたはそれに緘口令を出しましたね?」
「それがどうした」
「重大な軍規違反をされたということです。艦長にすぐ一報を入れるべきでしたね」
「詳しい調査が必要だと思ったからだ」
「そう、そうなんです。調査をされたんです。兵士たちが捜索する中、しかたなく副官さんは手にした竜核を勇者の部屋のポットの中に隠した。それから兵士の目もあり、元に戻すこともできず、代わりの竜核も手配されてしまい困ってしまった」
副官はまだ口を開かない。なら、これならどうだろうか。
「飛行後、何かをきっかけにして伯爵に気づかれた。不用意にポットでお茶を出したのかもしれません。伯爵は何としても竜核が欲しかった。盗まれた竜核を自分が見つけた、王家が擁立する勇者が臆病になってこれを隠したとでも言えば、自分の都合が良い物語を貴族たちに吹聴できるでしょうし。イリーナ、あの伯爵はそんなことをやりそうでしたか?」
「ええ、それぐらいはやると思いますよ、ファルラちゃん。もうすでに不満がある貴族たちを集めている様子でしたから」
「だから副官さんを脅迫し始めた。体でも迫られたのでしょう。あなたは勇者不在の部屋に入れてしまった。隙を見てポットを取られてしまい、あなたはあわてた。なんとかして取り返そうとしたが貴族に逃げられた。部屋に鍵をかけられてしまい、どうにもならなくなった。そこに少尉が現れた」
押さえつけられている少尉に対して、私はこんな質問をして迫った。
「少尉、あなたはみんなに隠して副官さんの動向を見張っていましたね?」
「それがどうした? 怪しいと思ったからだ」
「怪しい? あなたのほうが怪しくないですか? 竜核を盗んだ犯人が副官さんだと知って、あなたはこれを利用しようとしたのでは? だから、あらかじめマスターキーを手にしていた。それを使って勇者の部屋を物色しようとしていたのでしょう?」
艦長が取り押さえている少尉を揺さぶって詰問する。
「どうなんだ? お前はそんなことをしたのか?」
「ああ、そうだよ。それの何が悪い。みんな軍と民のためなんだ!」
「お前は……」
なおも艦長は少尉を揺さぶろうとしていた。その顔には怒りと悲しみが混じり合っていた。
「もう結構ですよ、艦長。それ以上はこの少尉は知りませんから。このあと、副官は予想外のことばかりおきてしまい、たいへん苦労をされた。少尉は勝手に伯爵を殺すし、また別の形で脅されるし。魔族との戦闘になり、このままだとまずいと思い、竜核をこっそり戻そうと考えた。勇者の部屋に入り、ポットごと竜核を持ち出そうとしたら、隠れていた私に見つかってしまった。これが竜核盗難に関する推理のひとつです」
イリーナが不思議そうな声をあげる。
「それでは竜核が盗まれたのは、勇者のせいでもなく、魔族のせいでもなく、単に恋愛感情をこじらせただけなんですの?」
「そうですよ。大きな事件というものは、たいていの場合でそんなものです。違いますか、副官さん?」
副官は顔をあげる。どこでもないところを見つめながら言葉を出す。
「私は……、いえ。このままでは勇者の迷惑となります。どのような処罰を受けてもかまいません。だから……」
ふふ、うふふ。
私は悪役令嬢らしい不敵な笑みを浮かべて、こう言った。
「処罰されると困るんです」
しおらしくしていた副官が、驚いて私を見つめた。
「だから、第二の推理があります。副官さん、あなたは何かしらの理由で、この空中戦艦に乗る前からザルトラン伯爵に脅されていた。理由はそうですね……。こんなのはどうですか?」
「待ってください。私は……」
「実のところ、勇者の実力を王家や貴族は認めていない。そこを突かれた。勇者に謀反の意思あり。そう伯爵が王家に唱えるだけで、あなたたちの命はない。だから従うしかなかった。早朝に竜核を盗み、伯爵に渡そうとしたけれど、良心の呵責に耐えかねて奪い返そうとした。そこで諍いが起きた。どうにか副官から逃げ出した伯爵が、ポットを抱えたまま自室に籠城する。あとは最初の推理と同じような流れです。どうです?」
「いえ、その……」
艦長がそれに口を挟む。
「そちらのほうの推理を選ぶしかあるまい。筋道は通っている。そうだと言ってくれ、アルサルーサ副官。そうでないと君たちを処分するしかない。あれだけの活躍ができたのだから、ここで終わらせてはいけない」
みんなが副官を見つめる。
黙ったままでいると、勇者が副官へと近づく。乱れた髪をそっとやさしくかきあげると、「ごめん」と一言だけぽつりと言った。
副官は急に激しく泣き出した。それまで抑えていた感情がみんな噴き出したように涙と嗚咽があふれていく。勇者はそれを抱えるようにして「よしよし」と副官を慰めていた。
私はそれを見て声をあげる。
「真実は、ザルトラン伯爵に副官さんが脅されていた、ということです。さて、推理ショーはこれで終わりです。皆さん、やるべきことをやりましょう」
■連合王国領 フレリア海上空 空中戦艦エルトピラー 上級士官用船室勇者の部屋 デケンブリ大月(12月)2日 8:00
盗まれた竜核を探してくれと最初に言われたその部屋で、勇者と副官を前に、私は本当のことを話していた。
「アシュワード王家と魔法学園が私に求めたのは、勇者になれということです。その対価として、私とユーリス、ふたりの命の保証と探偵としての身分を安堵してもらえました」
この話を聞いて一番驚いていたのは、横に座っていたユーリスだった。
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作者がごほんと言えば竜核散と叫びながら喜びます!
次話は2022年11月28日19:00に公開!
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