第8話-⑩ 悪役令嬢は密室を解く推理を披露する



 艦長は、少し困ったようにこちらを見ていた。

 うなだれている副官と疲れ切ったようすの勇者がそこにいる。

 少尉は、少しいらいらとしているようだった。

 イリーナは、いつもと変わらず花を散らしたようににこにことしていた。

 私の隣でユーリスがいつでも身を乗り出せるようにしている。私がそうしておいて欲しいと頼んだから。


 私はそんな人たちに向けて静かに語りだした。


 「ふたりの証言は食い違っていました。要素だけ抜き出してみます。まず副官さんは『船室の扉に鍵がかかっていた』『次に扉を開けようとしたら開いていた』『船室には伯爵が倒れていた』『そばに少尉がいた』になります。そうですね、副官さん?」


 こくりとうなずく。それを当然だと言うように少尉が見ていた。


 「では少尉の場合です。『船室の扉に鍵がかかっていた』『マスターキーで扉を開けた』『船室には伯爵が倒れていた』『そばに副官がいた』、ということですね?」

 「そうです。それが真実です」

 「ありがとうございます。共通しているのは『鍵がかかっていた』こと、『船室に伯爵が倒れていた』ことです。これはいずれも本当だと思います。まず鍵の件はこれで証明できます」


 私は鍵をぽいと少尉に投げて返した。


 「マスターキー……。いつのまに」

 「こっそりお借りしました。あの場でマスターキーを持っていたのですから、少尉が開けたと思って、ひとまず自然だと思います」


 少尉がこくりとうなづく。私はそれを見て先を続けた。


 「次に『船室に伯爵が倒れていた』ことです。血の飛び散り方から伯爵は扉に向かって立っていた。犯人は扉のすぐ近くから撃ったのでしょう。驚いた表情のままだったところから、襲撃は突然だった。そう、扉を開けた瞬間のように」

 「私達のどちらかが撃ったというのですか?」

 「ええ、そうです。少尉」

 「待ってください。証拠がないでしょう?」

 「ないですよ」

 「じゃあ……」

 「でも、ふたりのどちらかが撃っていないと、なんだかとてもおかしいのです」

 「いや、この話のほうがおかしいと私は思います」

 「少しずつさかのぼってみましょう。まず鍵を閉めたのは伯爵自身です。何かに追われるとかあったのかもしれません。そんなときに鍵が開けられる。びっくりして扉に近づく。入ってきたのはふたり同時だった」


 イリーナが興味深そうに聞いていた。


 「一緒なんです?」

 「そうです。どちらかが雷銃を撃ち、どちらかがびっくりした。それでふたりで話を合わせた。探偵がいるから、このままでは犯行がばれてしまう。片方が片方を脅迫した。だからお互い食い違うように証言した」

 「どちらかが偽証しているのではないのです?」

 「そうだとしたら、もっと違う話をすればいいはずです。当時は別の船室にいたとか。もう少し自分の身が安全になる話をするはずです。それができなかった。もしどちらかが裏切って本当のことを言ったら、容易に自分が犯人とされてしまうから、多少食い違う程度の話にしたかった」

 「そうだとしても……。うーん……」

 「ひとまず、伯爵のそばにいた矛盾は『副官と少尉のふたりがいた』、扉を開けたのは誰かについては『二人でマスターキーで開けた』というのが本当のところだと私は推理します」


 少尉が笑い出した。


 「そんなの魔法があればなんとでもなるでしょう? 鍵開けの魔法はあるし、なんなら壁抜けだってなんだって……」

 「ええ、そうなんです。なんとでもなります」

 「なら……」

 「でも、そうしたという『動機』は必ずあるのです」


 私は唇に人差し指を当てるいつもの癖を始めた。それから少尉に諭すように言う。


 「私がひっかかるのは、別れ際に『運が向いてきた』と嬉しそうに言っていた伯爵が、なぜ鍵をかけて自室に引きこもったか、というところです。すぐそこにいる兵士たちにも助けを求められない問題が起きた。誰にも言えないものだった。自分だけが独占したかった。とても大切なもの。見つかったら取り戻されてしまうもの」


 イリーナがはっとして声をあげる。


 「それって竜核……ですか?」

 「そうですよ、イリーナ。伯爵は竜核を持っていた。それをふたりで追いかけた。扉を開け、そして撃った」


 私は人差し指をその人に向ける。


 「伯爵を撃ったのはあなたですね、シュガロフ少尉」


 少尉は憮然とした顔をこちらに向ける。


 「私がやったと?」

 「ええ、そうです。副官さんの後ろから撃ちました。副官さんは止める間もありませんでした」


 私はまだうつむいたままの副官へ声をかける。


 「あなたはびっくりしましたよね。話がどんどん良くないほうに転がっていくのですから。伯爵から竜核を取り返すと、シュガロフ少尉からあなたは脅された。お前が竜核を盗んだことは黙るから、食い違うように証言しろと迫られた」


 少尉が鋭い声で口を挟む。


 「副官が竜核を盗んだから、私が伯爵を殺した犯人だと言うのですか?」

 「ええ、そうです。副官さんは伯爵を殺す理由がなかった。なぜなら、どこかにもう竜核を隠されてしまった後なら、伯爵に聞けなくなってしまいますから」

 「そんなのいくらでも……」

 「残念ですが、少尉。すでに副官さん自身から竜核を返していただきました。あなたの脅しはもう効きません」


 私はカップを持ち上げ、お茶を一口飲む。

 少尉が素早く立ち上がった。


 パンッ。


 腰の雷銃を抜き、私に向けて躊躇なく撃った。


 「無駄ですよ」


 私の顔の前にユーリスが手のひらを広げていた。煙を上げる弾丸が、その手の上で発動している白い魔法陣に阻まれていた。

 手にしていたカップをことりと置くと、私はにこにこと微笑みながら言う。


 「なかなか良い早打ちです。そうやって素早く伯爵を撃ったのですか?」


 すかさずイリーナが「シャドウバインド」を唱えて少尉を動けなくさせる。艦長もあわてて飛び出し、少尉を手を取って伏せさせると、馬乗りにして取り押さえた。艦長が少尉に向けて怒鳴りつける。


 「どういうことだ、シュガロフ少尉!」

 「なぜ私達は貴族の言うことを聞かないといけないのです! 王家だって何もしてくれやしない! その間に北方では人々が魔族に蹂躙されている。何のための軍隊ですか! 私はこの力で民を守りたいんです!」


 それを聞いた私は、不思議そうに少尉へ聞いた。


 「ええと……。貴族も王家も、同じ連合王国の民なんですが……」

 「何を言う! お前こそ貴族に雇われた豚のくせに!」

 「うーん、ということはですね。お金がなければ守ってあげるのですか? 哀れみを乞う人なら助けるのですか?」

 「何を言って……」

 「それがあなたの欲望なのです。内情も知らず独りよがりの正義を振りかざし、あまつさえ人を殺した」

 「それでも私は民を助けたいんだ!」

 「私を豚だと言いましたね。あなたのほうが豚です。そうやって正義の人助けをすることで、人に認められ気持ちよくなり、悦に入る。ばくばくとそんな承認欲求を食べて腹を満たす。あなたは、そんな豚ですよ」

 「豚は貴様だ! 王家に取り入り、死んでもいい貴族を守ろうとする! それが豚でなくて……」


 取り押さえに加勢しようと来ていたユーリスが、組み伏せられている少尉の顎を手でつかみ上を向かせる。


 「これ以上ファルラを豚と呼ぶな。ぶひぶひとしか声を出せなくしてやるぞ」


 よほど怖かったのだろう。少尉が目をそらして黙り込んだ。

 私もそれはわかる。うんうん、わかる。ユーリスは本気で怒ると怖い。私が勇者に剣を渡して海へ落ちていったことだって、さっきまですごく怒られて……。私は少尉には少しだけ同情をした。


 パンパンと手を叩き、みんなの注目を私に寄せると、推理ショーの続きを私は話しだした。


 パンパンと手を叩き、みんなの注目を私に寄せると、推理ショーの続きを言うことにした。


 「さて、ザルトラン伯爵の殺害について、犯人はシュガロフ少尉でした。動機はこのとおり貴族への反乱。竜核を盗んだのは副官さんです。でも動機は?」


 私はみんなに聞く。そして気持ちを隠すように微笑んだ。


 このままだと副官は竜核を盗んだ責任を取らされる。勇者のそばには入れられなくなるだろう。そうなったら勇者はどうなる? 副官が抑えていた汚いものを一身に受けるはめになったら、勇者はどうなってしまうのだろう。

 それは困る。

 それでは私の計画が台無しになる。

 偽物の勇者と呼ばれている彼女を、本物の勇者にさせたいのだから。


 ふふ、うふふ。

 だから私は話す。

 甘くて受け入れられやすい、虚構の推理を。


 「いまから私が思うふたつの推理をお伝えします。どちらでもお好きな方をお選びください」



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作者がポークステーキ富士山級を食べながら喜びます!


次話は2022年11月27日19:00に公開!

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