第8話-⑨ 悪役令嬢は上級魔族と因縁の戦いをする



 剣で斬り結ぶ。

 何度も打ち合う。

 刃のこすれる鉄の匂いと、甲板にあふれた血の匂いが混ざり合う。


 私はギュネスの剣を受け止めながら叫んだ。


 「なぜ魔法を使わない!」

 「白兵戦のほうが手ごたえがあって楽しいと思ってね」


 蹴り上げる。すかさずギュネスは跳ねて遠ざかる。


 「ギュネス、これは魔王の意思ではないんですね?」

 「それがどうした。もうどうでもいい。僕は決めたんだ。お前を殺してやる!」

 「なるほど。それでは魔王に魔力を封ぜられたというところでしょうか」


 ギュネスがチッと舌打ちした。

 図星か。プライドの高いギュネスには死ぬより効果的な懲罰だろう。


 なら、この手は使える。

 私は剣にまとわりついていたぼろ布を取り去った。

 鈍く光る刀身をギュネスに向ける。


 「ミュラー先生は言ってました。いくら早くても、いくら力が強くても、それを超す相手は現れる。重要なのは足の位置。全体重を乗せて踏み込める位置を取る!」


 飛び出す。剣でギュネスを押す。その角度を変える。そうすれば、選んだ足を崩せる。敵を意図したところに歩かせられる。

 いまだ!

 私は腰に力を溜めて踏み込む。剣を思い切り振り抜く!


 一閃。


 ギュネスの頬に一筋の赤い傷が生まれる。

 はっとして、それを手で押さえる。私の刃を避けたのに、傷を受けて驚いたようだった。


 「厄介な。ただの悪役令嬢ごときが!」

 「あなたはダンスを習ったほうが良いですね」


 何度も切り結ぶ。私のほうが上手だった。追い詰められていくギュネスが「殺してやる」と何度も呪詛を吐く。


 私は飽きたように飛び退き、さっと剣をふるうと甲板に突き刺した。

 肩で息をしながら、ギュネスが私をにらむ。


 「つまらないな。もうおしまいかい?」

 「ドーンハルト先生は言ってました。大局を見て小局をこなせ。小局をもって大局を揺るがせと!」


 私が打ち合いしている間に、勇者は成すべきことを成した。星空が戻っている。魔族を撃っていた兵士たちの歓喜が私に押し寄せる。


 「どうです、うちの勇者。なかなかやるでしょう?」

 「無駄だよ。ゴブリンは繁殖率が高い。ワイバーンも魔族領では年に何回も繁殖する。まさに畑から取れる兵士なんだ」


 暗い空と海の境界線が、黒く染まりだしていく。


 「だからさ。君たちが疲弊してひざを折るまで、何度でも戦ってあげる。僕は親切だからね」


 この魔族が……。


 私は息を吐く。

 それから突き立てた剣の柄を握り締めた。

 右手の魔術紋が光り出し、回転していく。


 「サイモン先生は言ってました。封印は完璧に作れたと」


 剣がカチャリという錠前が降りたような音を立てる。

 刀から白い煙が勢いよく吹き出す。


 「その枷、いま外す!」


 私がそう叫ぶと、刀身が次々と分離して消えていき、その中にあった光る剣を剥き出しにしていった。

 ギュネスがそれを見てつぶやく。


 「なんだ、それは……?」


 私は光る剣を天に掲げた。


 キーンッッッッッ。


 澄んだ音が鳴った。白い光の環が、剣を中心に夜空へ素早く広がっていく。


 ギュネスはたまらず膝をついた。かはっと何かを吐き出している。

 戦艦に近づいてきていたワイバーンは、次々と落ちていく。


 「ばかな。それはまるで……」

 「ええ、そうです。ダートムのルドルファス家で見つけた勇者の剣です。あなたの魔王様もご執心だったのはこれでした。かわいそうに。教えてもらえなかったのですね?」

 「なぜ、それをお前が手にしている? それではまるで……。勇者じゃないか!」


 ふふ、うふふ。

 私は思わず笑ってしまった。


 「もう、この10日間、本当にたいへんでした。この剣の力を引き出すために。そして使い方を得るために」


 剣を腰に構える。


 「応えよ! 勇者の剣! ヴォルザッパ―ァァァ!」


 剣を抜き、目の前に敵がいるように横に切り裂く。

 剣が薙ぐたびに遠くで光が爆発する。それは次々横へと連鎖していく。

 剣を振り抜くと、また腰に構えるように戻した。


 その瞬間、あらゆるところで爆発が広がった。その広がる光は、夜空を明るく、ゆらゆらと照らした。

 何万騎、倒したのだろう。わからないけれど、それはもう敵ではなかった。


 「学園長は言ってました。圧倒的な力を見せることで、相手の意気地を挫き、敗北を示せと」


 私は剣をギュネスに向けた。


 「さあ、ギュネス、やり合いましょう。白兵戦を楽しみたいのでしょう? 疲弊してひざを折るまで戦ってくれるのでしょう? さあ、どうしたんです?」


 ギュネスは答えず下を向いて、ただ茫然とうずまくっていた。


 <前面に敵の母艦!>


 勇者の声が頭に響く。前へと振り向く。


 大きい。始めてみた。魔族の生体飛行戦艦。この空中戦艦の10倍はある。

 それは巨大なクジラにごてごてと砲塔やらなにやらを付けて、グロテスクな姿に変えた何かのように見えた。


 「体当たりしてこの船を沈めるつもりか」


 目を離したすきにギュネスは弱々しく体を動かすワイバーンの手綱を握り、夜空へ飛び立つところだった。


 「必ずだ。必ず。お前を殺す」

 「待ちなさい!」


 <主砲攻撃用意>


 え。待ちなさい。こんな大きさじゃ、撃っても沈められない!


 <主砲を相手に突き刺す。主砲の電力を相手に通電。動けなくさせたのち、副砲の一斉射撃により前方を破壊。離脱する!>


 無茶が好きなのは、私より勇者でしたか。

 割れた甲板に稲妻が再び走る。それが照らしたのは巨大なクジラの腹だった。


 <全員何かに捕まれ!>


 あわてて私はハッチの方に走り出す。なかば飛びながら、そのハッチの取っ手に捕まる。

 突き刺さった。

 すさまじい轟音とともに、衝撃で後ろへと吹き飛びそうになる。


 <主砲、撃てぇ!>


 電撃が敵戦艦をぐるりと走った。

 刺さったところから、もこもこと膨らみ、あちこちがはじけ飛んで燃え出した。

 生き物が焼かれる匂いで、空が満ちていく。


 <全砲門、前方敵艦に向けて一斉射撃。撃てぇ!>


 砲弾が流れる軌跡が幾筋も前へと突き刺さる。


 ふいに敵艦が割れた。

 一瞬引き込まれた後、すさまじい音を立てて爆発していく。


 <機関全力後進! い……>


 途切れた。

 勇者の声もみんなの感情も、もう伝わらない。


 刺さった敵艦の重みに耐えられなくなり、空中戦艦の前のほうが急に下がった。その瞬間、私はふわりと浮いて、手を離してしまった。大きく斜めになった甲板に叩きつけられる。そのままずるずると滑っていく。デッキの端にどうにか剣を突き立てて、それにつかまった。

 前を見上げると、しゃがみ込んでいる勇者が見えた。少しずつ落ちていく。ふいに、勇者があきらめた顔を見せた。

 私は声を張り上げる。


 「受け取りなさい。これがあなたに一番ふさわしい剣です。あなたは勇者なのでしょう?」


 そう叫んで剣を抜く。

 暗闇に落ちていくなか、勇者に向けて槍のように剣を投げる。甲板に刺さったそれを勇者がしっかりつかむのが見えた。


 ふふ。偽物でも、ちゃんと勇者だったじゃないですか。


 私は笑ったまま、真っ暗な闇の中を落ちていった。

 今日はなかなか楽しかった。惜しむらくは晩餐を食べ損ねたことだった。お腹が空いていた。できることなら、ユーリスが作ったパンをもう一度食べたかったな……。


 「あはは、結構怖いですね。すぐに死ねないと言うのは……」


 私は目をつむった。やがて来る最後に身をすくませた。


 ……ユーリス、ごめんなさい。


 襟首を捕まれる。

 がくんとした衝撃が全身に伝わる。

 その勢いを斜めに逃がしながら、ぐるりと振り回され、そのままワイバーンの背に乗せられた。


 「ファルラー。ほら、やっぱり死のうとしたじゃない」


 ユーリスが私のほうを振り向きながら、にししと笑っていた。

 ワイバーンの手綱をさばき、少し前のめりにさせ、私を前へと引き寄せる。


 「だって、これはあれです。そうなんです。たぶん、きっとユーリスが助けに来ると思ってましたから」

 「もう、ファルラは。また嘘をつく」

 「……ユーリス、すみませんでした」

 「あとで、むっちゃちゅーちゅーの刑しちゃいますから、覚悟してくださいね」


 ユーリスの細い体を抱きしめる。心が温かくなる。もう一度この体を抱きしめられることに、何かがあふれだした。それはいつのまにか私の瞳から頬を伝わり流れていった。


 「……わかりました。そうします」


 私達はワイバーンの背に乗って、暗い海を滑るように飛んでいた。もう怖くはなかった。こうしてユーリスをつかんでいられるから。暖かい背を抱きしめられるから。



■連合王国領 フレリア海上空 空中戦艦エルトピラー 艦長私室 デケンブリ大月(12月)2日 7:00


 入ってきた艦長が席を見渡す。

 私とユーリス、イリーナ、反対側に勇者と副官、そして少尉が座っていた。


 「お忙しいところ、申し訳ないです、艦長」

 「応援が来たからもう安心です。いま曳航用のロープを随伴艦のエルトジームといっしょに繋げています。少し先頭に突き刺さっているものが邪魔ですが、なんとかなるでしょう」

 「それはよかった」

 「大勢を失いましたが、艦は健在です。これは勇者のおかげです」


 勇者は腕組みをしながら、むっとして言う。


 「うまくやっていたら、もう少し犠牲を減らせたはずだ」


 私に向けて怒っているのか、自分に怒っているのか、よくはわからない。

 私は勇者に微笑む。

 ぷいと顔を背けられる。


 それでもあの剣は手元にあった。いまはもう封印されて、元の幅広な剣になっているけれど。


 「さて。皆様お忙しいでしょうから、今回のザルトラン伯爵殺人事件と竜核盗難事件について、手短にご説明したく思っています」

 「犯人が見つかったんですか?」

 「ええ、艦長。まずザルトラン伯爵の殺害現場が、状況的に密室になってしまった謎を解いておきましょう」



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次話は2022年11月26日19:00に公開!

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