第8話-⑧ 悪役令嬢は勇者の固有スキル発動に付き合う
■連合王国領 フレリア海上空 空中戦艦エルトピラー 上部甲板デッキ デケンブリ大月(12月)1日 20:00
鉄の扉のその先から斬撃の叫びが聞こえていた。手にした剣を抱えながら、私は重いハッチの扉を体ごと押し開ける。昼間よりも厳しい、身を切るような冷たい風が吹き込んできた。かまわずさらに開くと、見えたのは大勢の兵士が、空から飛来してくる魔族と混戦になっているところだった。
緑色の醜いゴブリン達が、空の上からワイバーンをけしかけ、兵士達を集めていく。そこを粗末な弓で一斉に射る。
防御はたやすいはずなのに、何度もそうされて疲労に満ちた兵士から矢に撃たれて倒れていく。
私は夜空を見上げる。そこに星はなかった。
「空の半分は魔族か……」
ときおり船から打ちあがる滴のような魔法の灯りによって、それが照らされていた。
飽和攻撃もいいところだ。このままでは……。
私は手を強く握りしめる。それから駆けだした。
混戦の中を走る。倒れ込む兵士を避け、ワイバーンの口を向けるゴブリンに魔法の閃光を浴びせて目をつぶし、船の先を目指す。
見えた!
その人は剣を甲板に差し、両手で柄を握って仁王立ちしていた。
その後ろで立ち止まると、私は声を張り上げた。
「遅くなりました、勇者様! 存分にやってください」
勇者は振り向かずに叫ぶ。
「遅い! 何人死んだ! 犠牲がたくさん出たんだぞ!」
「その代わり盗まれた竜核を取り戻しました」
「なんだと?」
「いま機関部の兵士たちが一生懸命使えるようにしています。主砲もじきに使えるでしょう」
私をめがけて、ワイバーンたちが夜の空から襲い掛かってくる。何十騎も押し寄せてくる。
見えない弓を何度も引く。立て続けにライトニングアローを放ち、ワイバーンを撃ち落とす。
「私は露払いに徹します。勇者様はやるべきことを」
ユーリスがそうして見せたように、つま先でトントンと跳ねた。それから手に持っていた剣を前にかまえる。
「さあ来い! 魔族ども!」
私は走り出した。
入れ替わるように後ろで勇者が叫んだ。
「固有スキル発動! その名は『たったひとつの冴えたやりかた』!」
目の前がぐらりと揺れる。いろんな光景が目の前で目まぐるしく切り替わる。頭の中にさまざまな人の感情、考えていることが流れ込む。
先生達から聞かされていたけれど、実際にされてみると、なかなかどうして吐き気がする。
それは数秒続いて元に戻った。頭の中が透明になる。急速にはっきりしていく。
<これより勇者が魔族殲滅の指揮を執る>
頭の中で勇者の声が響く。
ひとりが持つ圧倒的な力は、それに耐えられない者を生み出す。
だからこそ、作られた。
人類による全員攻撃を最大効率で可能にする固有スキル。
それは人をまとめあげるものだった。
人の精神へ強制介入がされ、周囲の人々すべてがひとつの意識へと統合される。意識を共有した勇者が全員から状況を感じ、そして指示を全員に下す。
勇者による指揮と統制。そして意識の共有によるロスがない通信。
転生前の言葉を借りるなら、人間C3I。
これが、メルルク・エルクノールが持つ勇者としての力。
それが、いま発動した。
<左舷砲塔、前方25度、調整0.3>
兵士たちの復唱の声が心の中に届く。すかさず勇者は叫ぶ。
<撃てぇ!>
雲の谷間から爆発の光が広がった。それが耐えきれなくなったように下へと落ちていく。
当てた……。勇者には隠れている敵の戦艦が見えているのか。
<右後方、敵艦急速接近! 右舷砲塔、ゼロ距離射撃、撃てぇ!>
弾かれるように兵士が引き金を引く。
弾丸を浴び、それがめりこんでいくと、頭から爆発四散していく黒い敵艦。
大勢の兵士が見たその胸をすくう光景が、私にも即座に伝わる。
<対空砲火遅い! 一匹たりとも船内に入れるな!>
あわてる兵士の意識が心に触れる。それが敵を倒すことにすぐに集中していくのがわかる。
空の上にいる敵が前方に集結していくのが見えた。勇者の抹殺を優先することにしたようだ。密集して突撃し、力で押していくのだろう。
勇者は動かない。甲板の上にひるまず、まっすぐに立っていた。
<主砲、まだか!>
勇者の呼びかけに兵士が反応する。
魔力充填70%という声とともに、焦りの感情が共有される。
<かまわん、血路を開く>
その声に押されるように兵士たちが操作を始める。
甲板の先が割れていく。そこにまとわりつく青い稲光が夜空を照らす。
<撃てぇ!>
稲妻がほとばしる。空の魔族達が塵へ炎へと変わっていく。雲を突き抜け、あたりに爆発を連鎖させる。
すごい……。
爆風を浴びながら、私は戦場で立ちすくんでしまった。
ワイバーンたちの鳴き声で意識が戻る。
今度は敵が艦尾のほうに集まっている。
まったく。飽和攻撃にもほどがある。
「後ろの敵は私が倒します」と、そう勇者に届くように念じる。
<任せる>
ただその一言。でも、それが私に笑ってしまうほどの勇気を与えた。
駆け出す。
跳ねる。
戦っている兵士の肩を蹴り、空へと踊る。
空中でライトニングアローを何十撃も放つ。くるりと一回転して、また放つ。連撃する。
「発動!」
敵に当たったライトニングアローたちが頂点になり、白い巨大な魔法陣が張り巡る。
「マキシマムホロ―ブレイク!」
夜空にオレンジ色の閃光が広くほとばしる。
爆発が連鎖する。
魔族があげる断末魔と悲鳴が空を満たす。
落ちていく魔族達に、魔法の曳光弾の明かりが、それを弔うように降りかかる。
甲板に着地したところを、一匹のワイバーンが急降下してきた。私へまっすぐ落ちてくる。
私はそれを手にした剣で急いで防ぐ。受けた重みを右へと流し、剣先をワイバーンに食わせる。横なぎにしたワイバーンが甲板の上をずるずると滑っていく。
その先にそれが立っていた。
「やあ、名探偵。ここがライヘンバッハの滝だよ」
「ギュネス=メイ。お前の仕業か!」
その妖艶だった顔は、すさまじい怒りで歪んでいた。
「ああ、そうだよ。この恥辱、どうしてやろうかとずっと考えていたんだ。だからこの人類の英知たる空中戦艦ごと、お前を叩き潰すことにした」
「ふふ。逆恨みもいいところでは?」
「ねえ、怖がってくれよ。僕が君を殺しちゃうんだからさ」
ギュネスが私に向けて走り出した。手にした細い剣がきらりと闇夜に光る。
「さあ、僕に絶望しろ!」
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作者がバーフバリの弓を打つシーンの真似をしながら喜びます!
次話は2022年11月25日19:00に公開!
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