第8話-⑦ 悪役令嬢は犯人が盗んだものを取り戻す
■連合王国領 フレリア海上空 空中戦艦エルトピラー 士官用船室ファルラ達の部屋 デケンブリ大月(12月)1日 18:30
私とユーリスは船室に置いといた荷物を急いでかき分けていた。
「ユーリス、あれを使います」
「いいんですか? だって勇者に渡すものなのでしょう?」
着替えの服の間に隠していた物を、私は手にした。それは、ぼろ布でぐるぐる巻きにした、飾り気のない幅広な剣だった。そっとつかみ、軽く振る。重みが手に伝わる。
困った顔をして私を見ているユーリスに、そっけなく言う。
「いま使わずにいつ使うんです?」
「それをファルラが使うのですよね?」
「仕方ありません。勇者を見極めてからと思いましたが、間に合いません。魔族に襲われているいまとなっては……」
「それを使ったら、私はファルラを守れなくなるんですよ?」
「大丈夫です。そのために先生たちの指導を受けたのですから」
「使うと言うことは、敵と間近で戦うことです。だから心配しているんです」
「私が負けるとでも?」
「違います! ほっとくと死のうとする、その気持ちを!」
ユーリスが私の腕をすがるようにつかむ。
「それを心配してるんです……」
生きたいと願いだしたのは、自分のことでもあり、私にもそうしろ、ということですか……。
欲張りさんになりましたね、ユーリスは。
私はユーリスの銀色の髪をそっと撫でる。
結っていた髪がはらっとほどける。
さらりとした髪に指を通す。
泣きそうだった顔が、すこしくすぐったいような顔に変わる。
「死にませんよ、私は。ちゃんとユーリスのそばに戻ってきます」
「嘘つき。私より先に死のうとしていますよね?」
「ユーリスは、イリーナと一緒に、船尾の下のほうから花火の魔法を使ってください。照明弾代わりになります。いざとなったらイリーナをよろしくお願いします」
「コーデリア先生が死んだときに思いましたよね? 私が死ぬところを見たくないんですよね?」
「私は竜核を探して、主砲を打てるように動力へ戻します」
「お母さんと同じ気持ちには、なりたくないんですよね?」
「それから甲板で魔族を迎え撃ちます。そのうち、この船へ乗り込んでくるでしょうから」
「話を聞いて、ファルラ!」
つかんでいたユーリスの手を引き寄せる。そのまま抱きしめる。力いっぱい。ユーリスの震えが収まるまで。
私はユーリスの耳元で諭すように囁く。
「それは欲望というものです。いまは叶えられないけど願ってしまう。いけないことでも、わがままにそう願う」
「私はファルラを笑顔にさせたいんです。私がいつかその日を迎えても、笑顔のままでファルラには生き続けて欲しいんです」
「無茶を言います」
「無茶は好きでしょう? ファルラは」
今度は私の頭をユーリスがやさしく撫でる。その暖かさが彼女の指先から伝わる。私に強く願いを込めてユーリスは言う。
「必ず生きてください、ファルラ」
「わかりました、ユーリス。努力します」
■連合王国領 フレリア海上空 空中戦艦エルトピラー 士官用船室通路 デケンブリ大月(12月)1日 19:00
ぼろ布に包んだ剣を抱え持ってて、艦内の通路を走っていた。大混乱している兵士達をかき分けながら進む。
丸い窓から、ときたまオレンジ色の光が走る。魔族は雲に隠れながら撃ってきているようだった。攻撃している船が見えないことを、艦長達は不気味に思っているだろう。
間近で破裂する音がした。砲撃を避けようと船が大きく曲がっていく。
戦艦の位置を頭の中で俯瞰してみる。右舷の通路に光が指すと言うことは……。
思った通り、今度は斜め左の方からうすい爆発音がした。曲がった先を撃たれている。
「頭を押さえられましたね」
ふいに窓の向こうから視線を感じた。
目が合う。
それは窓に張り付いてた。
緑色のゴブリンがよだれを垂らしながら、こちらをにやにやとガラス越しに見ていた。
「ワイバーンにゴブリンを乗せて襲わせている。とても嫌なことをします」
知能はなくても狡賢く繁殖力に優れた兵士。冒険者の厄介者を空から派遣させている。
誰の発案なのだろう。いままでにない方法に思うけれど……。
でも、いまは。
急がなくては。
走る。
走り続ける。
そして立ち止まる。
そこは勇者から竜核を探せと言われた船室だった。
少尉からこっそり貰ったことにしたマスターキーで鍵を開ける。
暗い部屋が、ときおり窓からの閃光でぱっと明るくなる。
戦いの音がしている。
爆発する低くて重い音で、体が揺さぶられる。
私は入ってきた扉が見える部屋の角に、近くにあった椅子を持ってきて、暗がりの中に座った。
光が見えるたびに何人か死んでいるのだろうか。
あのゴブリンたちはもう艦内に入ってきているだろうか。
勇者はこうさせている私を殺したいぐらい憎むのだろう。
そんな想いをじっと耐えた。ひたすらじっと……。
扉を開く音がした。
鍵が開いていたので、とまどっているようだった。
足音がする。
暗い部屋の中に入ってくる。
少し立ち止まる。
それから奥の部屋へと行ったようだ。
少しして足音が戻ってきた。
彼女の顔が、窓からの閃光に照らされる。
「やあ副官さん。よい夜ですね」
その人は後ずさりながら驚いた顔を私に向けた。
「写真を取り戻すために放火の真似をした名探偵へ、『私は戦艦ごと火だるまにしたよ』と言ったら、彼は笑うでしょうか?」
逃げたほうがいいのか、それとも戦ったのほうがいいのか、あれこれ考え出しているのだろう。それでも手にしたものは、私に見せないようにしていた。
「後ろに隠しているものを渡しなさい!」
私の気迫に脅されて、ゆっくりとそれを自分の前に出した。
それはお茶を入れていたポットだった。
「竜核をそこに入れていたんですね。思った通りです」
「いつ……」
「あなたのお茶から、駅で嗅いだ匂いがしてました。竜核は触媒がないと自らは熱を出しませんが、いずれにしろ温められると甘い匂いがします。そこから、ずっと」
副官が私に近づいてくる。
私はそれを制するように声を上げる。
「あわてて見つけた隠し場所としては、なかなか良いところでしたね。ユーリスはたくさん飲んでましたが、健康に影響がないといいのですが」
手を伸ばせば触れられる距離。
その瞳を見ればわかる。副官は殺意に満ちている。
一瞬、外のほうへ吸い込まれる感じがした。それからすぐ反対方向に放り出された。
窓からの閃光が暗闇を薙ぐ。すさまじい爆発音がとどろく。
船が傾いた。テーブルの上にあったものがガラガラと落ちていく。
「随伴艦のエルトジームがやられたようです。あの位置だと身を挺して我々を守ったのでしょう。渡しなさい。こんなことをしている時間はありません」
副官は何も言わず、ただ私を見ていた。
「いまこの時間、勇者は耐えています。それがあなたの望みですか? そんなのにも苦しめたいのですか!」
私の鋭い声に、ようやく副官が話しを始めた。
「失敗させたかったのです。失敗して勇者を辞めさせられたら、故郷に戻るはずでした」
副官がポットを大事そうに抱えながら言う。
「あの子に勇者なんて無理です! 私といっしょにいるべきです! このままではどんどん遠くに行ってしまいます!」
私はその言葉に呆れながら言った。
「そんな奇麗ごとではないでしょうに」
「え……」
「恋心、絶望、ねたみ、焦り。そして殺意。そこまでして勇者の気を引きたかったのですか?」
「違います!」
「あなた、乱暴されたと言いましたね。それは奪い合いですか? 違いますね。殴られたとも叩かれたとも言わなかった。痛そうなそぶりはなかった。顔も叩かれていない。どうしてです?」
「それは……」
「すべての汚れ役を自分で一手に引き受けているのでしょう? そこまでしているのに、あんなふうに恋愛を否定されるのはつらいことです。勇者にかわいそうと思ってもらいたいから、よくないことをしてしまう気持ちもわかります」
「何を根拠に!」
「勇者の首の傷跡は最近できたものです。勇者が逃げ出したのは母が学園を追い出された頃より前です。勇者は生まれていません。なぜ、そんな話を流しているのか、ずっと不思議に思ってました。だから、勇者に首を見せてもらったのです」
私は副官の正体を見つめて言う。
「あなたが勇者の首を絞めたのでは? そして、それを勇者はかばっている」
窓からの爆発する光に副官が照らされる。それは少し吹っ切れたように微笑んでいた。
「メルルクに『片想いは楽しいね』って言われました。気が狂いそうになりましたよ」
激情に駆られて彼女が叫ぶ。
「だから絞め殺してでもそばに置きたかった! でも、何をしてもメルルクは許してしまう! 私の怒りを受け入れてしまう! それでも愛しているとは言ってくれません……。私の気持ちはメルルクには届かないんです……。どうやっても……」
彼女がうなだれる。亜麻色の髪が、焦燥感に濡れてはらりと下がる。
「教えてください。私は間違っていますか?」
自分の中の泥を見せてくれたその人に、私は率直にこう言った。
「いいえ。それでこそ人間です」
彼女の瞳が潤む。それから手にしていたポットをゆっくりと差し出した。
私は手を差し伸べてそれを受け取る。ポットは少し温かった。
「勇者が怪しみます。副官さんは急いで自分の持ち場へ」
「あなたは?」
私はふっと笑った。
「ちょっと世界を救ってきます」
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作者が竜核をお茶にして飲む健康法を実践しながら喜びます!
次話は2022年11月24日19:00に公開!
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