第8話-⑥ 悪役令嬢は密室のパズルに出会う
私は人差し指を唇の端に当てながら考える。
ふたりが見たものが違う。本来ならありえないはず。なら、ありえるほうで考えればいい。
「お怒りのところたいへん申し訳ないのですが、副官さん、教えていただけますか?」
「なんでしょうか?」
「ほんの1時間前のことです。あなたはこちらのザルトラン伯爵を呼び出して、どこかに向かわれましたね」
「勇者と話をしたいとのことでしたので、先ほどファランドール様もいらしたあの船室で待っていただきました。ですが、なかなか勇者が現れないので、ご立腹され、お部屋に戻られました」
「なるほど……。髪が乱れていたのは、そういうことだったのですね」
「ええ……、その通りです。少々乱暴なことをされました」
「手を出されたことを黙っていたのですか?」
「相手は貴族です。大事になって勇者に心配をかけるわけにもいきません。それは当たり前のことで……」
私はその熱を帯びる抗議を無視して、少尉にたずねた。
「シュガロフ少尉。マスターキーはまだお持ちなのですか?」
「はい。返す暇がなくてここに……」
ズボンのポケットから、鎖につながれた鍵束を取り出して、私に見せた。
「どの鍵を使いました?」
「これです。301と書かれているのは、このあたりの船室のものになります」
「ありがとうございます。艦長、すみません。ひとつだけ質問させてください」
「なんでしょうか?」
「誰が雷銃を使ったか、その痕跡はわかりますか?」
「それは……。火薬のものとは違い、この銃は魔力による電力と銃弾の消費しかありません。体には何もつきませんし、この船なら銃弾も簡単に補充できます。探すのはむずかしいでしょう」
自分の唇を人差し指でぴたぴたと叩く。
ふむ……。
副官は怪しいけれど、本当に勇者の船室で伯爵と会っていたのだろう。
少尉はマスターキーを使ったのも本当なのだろう。
でも、嘘はつかれている。そうでなければ、この伯爵は死ななかった。
何が本当で、何が嘘なのだろう……。
考え込んでいたら、ユーリスが船室に戻ってきて、私に気軽に声をかけた。
「あんまりそれっぽい跡はなかったかな。通り過ぎる兵士もいなくて……」
「ユーリス。豪華客船と戦艦の違いはなんだと思います?」
「うーん? ご飯がおいしいかどうか、とか?」
「武器がありすぎるとこです。犯行に使う武器がそこら中にあります。めずらしくないんです。捨てた武器を探すため、川をさらわなくてよかったですね」
「そうなら、この事件では武器の特定ができない、ってことになっちゃいます?」
「そうです。話を聞く限りでは、これは一種の密室です。なのに伯爵閣下は銃で撃たれて殺されている。その銃は軍に籍があるものなら、誰でも持っている」
「密室、密室……。どんなトリックなんです?」
「さて、どうでしょうか。いずれにしろ興味深いです。ふふ、なんだかとても楽しいですね」
みんなが私の笑みにぎょっとした視線を向ける。いけない。人が死んでいる。楽しんでいる場合じゃない。
私はパンパンと手を叩き、注意をそらす。
「ご遺体はこのままにします。私達は部屋から出ましょう。すべてはそのままにしてください。港に帰還後、衛士に見てもらいます。シュガロフ少尉、そのマスターキーでこちらの部屋に鍵をかけていただけますか?」
「それはかまいませんが……」
艦長が心配そうに私へたずねた。
「犯人は誰なんでしょうか?」
「それはまだ言うべきではありません。竜核が見つかっていないのですから」
「まさか、竜核を盗んだ者が伯爵を殺した犯人だと?」
「そう考えるのが自然でしょう。関係者が揃いすぎている」
「しかし……」
「これではっきりわかりました。竜核はまだ船の中にあるし、犯人もいる。そしてまだ罪を重ねている」
「それが誰なのか、わかっていられるのですか?」
「ええ」
私は目を細めて低く言う。
「何しろ私は探偵ですから」
サイレンが鳴り響く。耳障りで圧迫感がある音だった。
「なんですか、これは」
たずねる私に、艦長が重苦しく言う。
「第一種戦闘準備。敵が本艦を襲っている、ということです」
■連合王国領 フレリア海上空 空中戦艦エルトピラー 士官用船室通路 デケンブリ大月(12月)1日 18:00
非戦闘員は客室に戻れと艦長から厳命され、私達は自分の船室へと急いで戻っていた。あわてている兵士たちをよけながら、ユーリスが私に思いついたトリックのネタを次々と言う。
「実は伯爵がふたごで、別々の部屋でしたとか」
「となりの部屋が開いているのは、私も確認しました。現場はあの部屋だけです」
「出口はふたつでひとつの部屋につながっている」
「あの小さな部屋がですか? ありえません」
「別の場所で殺されている」
「あの血の飛び散り方まで再現するのは骨が折れます」
「伯爵の意識を奪って立たせて、扉が開くと弾丸が出る仕掛けをしといた」
「魔法で全部やったほうが早くないですか?」
「空間が歪んでいたとか」
「どう歪ませれば、少尉と副官の証言にある矛盾がなくなるんです?」
「片方が魔族で片方の認識を変えていた」
「魔王のときのようにはいきません。瞬時にそう思わせるのは無理です」
ユーリスが泣きそうに困りだす。
「ああ、もう。あとどんなのがあるの、ファルラ?」
「動機です。なぜあのふたりは、互いに違う証言をしているのです? それで得られる結果は?」
「ええ、なんだろう……」
「もっと単純に考えてください」
「あ、あれ!」
ユーリスが通路の窓を指差す。私達は立ち止まって、窓にかじりつくように外を見た。
雲が明るく染みのように光った。あとから轟音が響いて伝わってくる。
「いけませんね。砲撃されています」
「魔族、ですよね? やっぱり竜核を盗んだのは魔族なんです?」
「そうなら段取りが出来過ぎていますが……」
また体を震わす爆発音がする。
あれ。
そもそも、なぜ、魔族……。
「ここは、北方からかなり離れています。遠すぎて南方のここには手が出せないと思っていました。ユーリスは何かわかりますか?」
「実は空の上にも妖精の道は作れるんです。こないだのグレルサブのときのように。でも、こんなに遠くにはなかなか作れなくて……」
「もしかして天才を自称する母のせいかもしれませんね」
「ええ……。やっぱり魔王様に渡すのは、良くなかったんじゃ……」
「恐れることはありません。デスラー戦法なら、打ち破り方はわかっています」
「えっ、警部、お好きだったんですか? 私は何度も映画館で……」
私はユーリスの唇をうにゅっとつまむ。
「素に戻りすぎです」
むにむにとユーリスの唇で遊んでいたら、大声で怒鳴られた。
「何をしている。早く船室へ戻りなさい!」
通路の曲がり角から現れた勇者が、私達に手をしっしっと振る。
私は逆に勇者に近づきながら話しを始めた。
「これから戦うのですか?」
「ああ、そうだよ。上部甲板に出て、私が魔族を引きつける」
「お願いがあります。勇者メルルク・エルクノール」
「こんなときに?」
「ええ、こんなときだからです」
甘えるようにその願いを耳元で囁く。
「私が合図するまで、攻撃を控えてください」
勇者は、私へ噛みつくように叫び出した。
「はあ? 何を言っている! 反撃しなければ、この船は沈むんだぞ!!」
「それが?」
「むかつくなあ。大勢死ぬって言ってんだ!」
「知ったことではありません。あなたと副官の将来に関わることです。それ以上に何が?」
「……なんだそれ」
「ああ、そうです。あなたが持つ勇者の固有スキルも使わないように」
「それがネネのために必要なことなのか?」
勇者が私を見据える。その瞳は熱く、そして泥のようだった。
ふふ、うふふ。
私はにこやかに答える。
「ええ、もちろん」
「……わかった。ぎりぎりまで待つよ」
「それでこそ勇者です」
「もう行くよ」
「はい、ぜひご武運を」
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