第8話-⑤ 悪役令嬢は殺人事件と遭遇する
「さあ。どうでしょうか」
「……あの勇者は扱いづらい若者の典型のように見えます」
「お嫌いですか?」
「正直に言えばその通りです。この戦艦エルトピラーに乗る1000人の兵の命を預かる立場としては、いささか心許ない」
「それでも私達は彼女に頼るほかありません。勇者は昔から絶対ですから」
「しかし……」
白い布のソファーに座っていたイリーナが、艦長自ら淹れたお茶を飲み干すと、音を立てずにカップを置く。
「ファルラちゃん。事件に関するお話はうかがいましたが……。それは勇者が駄々をこねたいから、自分で盗んだように思えます」
「私もユフス様と同意です。処女飛行を成功させてしまえば、彼女は大規模攻勢へ参加せざるを得ない。だから……」
私はふたりへ諭すように言う。
「狂言、というのはありえないんです」
「なぜです、ファルラちゃん?」
「動機が薄いのです。もっと簡単な方法がいくらでもあります。そんなことするぐらいなら自分も逃げればいいでしょう。先例があるのですから」
「でも……」
推理を否定されて、少し残念そうにしているイリーナを横目に、私は艦長へやさしい言葉をかける。
「大丈夫ですよ。私はそれを心配したドーンハルト先生、サイモン先生やミュラー先生、それに学園長の代わりとして、ここへ来ていますから。みんな勇者のためなんです」
それを聞いたユーリスがにこやかに隠していたことを言う。
「この10日間すごかったんです。毎晩傷だらけになって戻ってくるんです。あれだけのことをしたのですから、きっと大丈夫です……、って、痛い!痛い! おでこはやめてください、にゃー!」
「言わないようにとお願いしていたのに。もう」
「ごめんて。でも、艦長さんを安心させたかったんです」
おでこを押さえるユーリスをそれ以上叱れなかった。艦長もそうだし、あの貴族ですら、今の状況に不安なのだろう。
イリーナが不思議そうに私へ聞いてくる。
「何をされていたのです? 学園にいるだなんて一言も……」
「柄にもないことをしなくてはいけませんでした。あの先生たちは厳しく指導するのが楽しくて仕方がない人たちですからね……」
「なんです、それは?」
艦長はようやく気がついたみたいだった。
「あなたは……」
まだ秘密にしなくてはいけなかった。だから話題を切り替えるしかなかった。
「それで皆様に聞いているのですが、竜核が盗まれた晩はどちらへ?」
「ドック近くにある軍の宿泊施設にいました。下船を確認した後、いくつか自分で施錠して、22時ぐらいでしたか。そのまま引き上げました」
「これだけ大きな船ですから、普通は当直を船に残すのでは?」
「稼働している機関があればそうでしたが、昨今の情勢を鑑みて全員降ろして明日に備えることにしました」
「不信な方がいらしたのですか?」
「艦内にはいないと思っています。思ってはいますが……」
「いえ、結構です。最近の王家や貴族をないがしろにする風潮に対して、連合王国空軍は、非常に素晴らしい働きをしていらっしゃる。私も信じることにしましょう」
艦長が下を見つめる。
「竜核が失われてしまえば、自らの首を絞めるようなものです。だから兵の中では盗み出すのはありえないと……」
「首、ね」
ドアをノックする音がした。艦長のよく通る声で「入れ」と言われて、扉を開けてやってきたのは、シュガロフ少尉だった。
だいぶ青ざめた顔でいる。私達をちらりと見た後、艦長に近づき何かを耳打ちをする。ひとしきり聞いた後、艦長は言った。
「どうやらあなたたちにも来てもらった方が良さそうだ」
■連合王国領 フレリア海上空 空中戦艦エルトピラー 士官用居室 デケンブリ大月(12月)1日 18:30
伯爵が死んでいた。
会ったときと同じ姿で床に大の字になり、驚いた表情を浮かべていた。その眉間には血がこびりついている小さな穴が開いている。
それを副官とシュガロフ少尉、艦長の3人が、そばで見下ろしていた。
士官用とはいえ、そこは狭い部屋だった。ベッドや机が詰め込まれていて、大人が寝ているだけでいっぱいの床。窓は人が通れそうにもないものがひとつだけ。
その小さな窓と灰色の鉄の壁には、脳漿と血が飛び散っていた。
魔法による白い照明が、それをはっきりと照らしている。
私の後ろで、これを見ているイリーナに、少し心配して声をかけた。
「成り行きで連れてきましたが、あまり面白いものではありませんよ?」
「いえ、見届けさせてください。この方は嫌いでしたが、同じくアシュワード家に仕える身でしたから」
「良い心がけですね。それでは少しばかり付き合ってください」
こくりとイリーナがうなづく。
「ユーリスにはお願いがあります」
「えっと、魔法の痕跡を調べるのと、ここへ誰もやってこないように見張りをすればいい?」
「ええ、その通りにしてください。こちらの検分は簡単に済ませます。死因ははっきりしていますから」
副官が当然のように部屋を出て行こうとした。
「動かないでください!」
「でも、私はこの件を勇者に報告する義務があります」
「人が死んだんです。しばらく待ってください」
何か言いたそうにしていたけれど、副官はあきらめてくれた。
少し罪悪感があった。演説を聞きながら思ったけれど、本当に死んでしまうとは……。
私は探偵らしく、目の前の事象に気持ちを切り替える。
「艦長、少し教えてください。眉間の傷は、やはり銃によるものですか?」
「私も少尉も腰に下げている雷銃による銃創です。北方で見慣れた傷の形なので、間違いないでしょう」
「扉の前に向かってこの位置に伯爵がいた。目の前にいた犯人が、至近距離でおでこに向けてバンッ。発砲した。そして、ここに倒れる」
「壁に飛び散った血の位置からしてそうだと思います」
「シュガロフ少尉、最初に見つけたのは、どなたです?」
「……私です。銃声がしました。不審に思ったので、このあたりの船室を端から開けて確認していました。この船室の扉を開けようとしたら、鍵がかかっていて……」
「鍵?」
「はい。ノックしても反応がなかったので、慌てて当直室に向かい、マスターキーで扉を開けました。倒れた閣下のそばにネネ・アルサルーサ副官がいました」
それを聞いた副官が声を荒げる。
「待ちなさい! 私が見たものとは違います!」
「どういうことです?」
「私も銃声が聞こえて、辺りを探しました。この船室だけ扉が開かなかったので、鍵を兵士に開けてもらおうと、この先にある当直室に向かいました。誰もいなかったので引き返し、念のためもう一度船室を改めようとしたら、鍵が開いていました。開けるとシュガロフ少尉が、床で寝ている閣下を見下ろしていて……」
今度は少尉が声をあげた。
「それでは、まるで私が撃ち殺したような口ぶりではないですか!」
副官が少尉の方を向いて話を続けた。
「少尉は貴族への不満をよく漏らしていましたね」
「そう言うアルサルーサ副官こそ、勇者にしつこく合わせろと迫る伯爵閣下に辟易としていたのでは?」
「だから私が殺したと?」
「違うんですか?」
「違います!」
言い争うふたりを艦長が呆然と見ていた。
「どういうことだ。話が食い違っている……」
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次話は2022年11月22日19:00に公開!
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