第8話-③ 悪役令嬢は勇者から事件の顛末を聞く


 勇者の顔から笑みが消える。


 「君は……。本当に嫌な奴だ」


 私と勇者の間に、副官が立ち塞がる。にこやかな表情をしているのに、その目の奥は笑っていなかった。冷酷に私を見下していた。

 ユーリスが腕を引き、私を後ろに下がらせる。メイドっぽい、差し障りのない笑みを浮かべているけれど、少しでも何か動きがあれば、ユーリスは容赦しないだろう。


 まったく、もう……。


 私はふたりを置き去りにして、勇者の前にあるソファーにどかりと座った。


 「嫌な奴だとは自覚しています。何度も言われ慣れていることです。でも、それはあなたもそうなのでは? 違いますか、偽物さん」

 「……偽物であっても、逃げ出した勇者よりは役に立つはずだ」

 「そう、お思いなので?」

 「そうでなければ、ここにはいない」


 むっとしている勇者が、「ネネ」と短く言って副官を呼び寄せる。彼女はユーリスから目を離さないようにしぶしぶとそばにやってくる。


 「お客様にお茶を入れてくれるかい?」

 「……いいのですか?」

 「仕方がないよ。彼女に頼むしかないんだ」


 副官は一礼して、奥の部屋へと歩いていく。

 頼み、か……。

 私に頼むと言った、ドーンハルト先生の「ふはふはふは」という豪快な笑いが思い浮かぶ。

 私はにこやかな笑顔を作って、勇者に探りを入れてみることにした。


 「魔法学園にいる親友に聞いたのですが、勇者メルルク・エルクノールはドーンハルト先生に師事されていたとか」

 「そうだよ。君のこともドーンハルト先生から聞いている。先生にはいろいろなことを教わった。魔族を効率よく殺す方法とか、人を鼓舞して死ぬまで魔族と戦わせる方法とか。嫌なことばかりね」

 「それはまた。本物の勇者が逃げなければ、そんなことも習わずに済んだでしょうに」

 「嫌だけど、逃げるわけにはいかないよ。私はそうなってしまった」


 ユーリスが私の隣に座る。腕組みをすると、ふくれっ面で勇者をにらんでいた。

 私は容赦なくおでこをぴしゃりと叩く。


 「にゃ! ちょっとやめてください!」

 「こんなところで騒ぎを起こしてみなさい。また離れてしまいますよ」

 「それは、ちょっと嫌……」

 「わかればよし」

 「うん……」


 しょんぼりするユーリスもなかなか良いものですね。

 私達のやり取りを見て、勇者がくすりと笑う。


 「君たちは仲が良いんだね」

 「そうですか? ちょっと叱ってあげただけですよ」

 「うらやましいよ。私とネネは、そうはいかなくて。最近すれ違ってばかりだし」

 「親友、というところでしょうか?」

 「お互い南方の小さな村の出身なんだ。たまにふたりで話している。転生前の記憶が戻らなければ、あの村でつつましくふたりで暮らしていたんじゃないかな」


 ほどなくして副官がお茶を持ってきた。銀のトレイに並ぶ白いカップからは、どこかで嗅いだような甘い香りがしていた。北方産のとは違う香り……。

 副官は、それを「冷めないうちに」と先に勇者へ差し出す。まあ、私達は嫌われているから仕方がない。お客とは認識されていなくても。

 ……でも、ないな。この副官は、こうして勇者をいつも優先しているのだろう。ああ、やっぱり。勇者を見る視線が少し熱を帯びていている。きっとそこには、憧れとか友情ではないものが混じっている………。


 私は少しいじめたくなり、にやけながら勇者へ言ってみた。


 「それは良いですね。女同士で一緒に田舎暮らしというのも、なかなかよいかと思いますよ? 愛し合ってる者同士なら、なおさら」

 「何を言っているんだい。私とネネはそういうのでは……」

 「私とユーリスは、そういうのですが」


 感情のない笑みを浮かべながら勇者が言う。


 「これから魔王に殺されるようとする私にそれを言うのかい? あはは。面白いね。恋愛に興味はないよ。いまはそれどころではないし」


 それを副官が絶望の目で見ていた。

 そうか、そういう仲なのか。

 私は、気づいたことを隠すように、少しおどけて言う。


 「月皇教会には内緒にしといてくださいね」

 「もちろんだよ。嫌な奴でも、あのいい加減な教義で殺されるのは見たくはない」

 「それはそれは」


 やはり、この勇者は、少し問題がある。

 人の気持ちに鈍感すぎるのではないのか……。

 いや違う。

 背負わされた期待に応えようと、無理な背伸びをしている……。


 私は手にしていたカップを置いた。


 「お話しがあるのでしょう? そろそろ晩餐の時間のようです。ぜひ手短に」


 勇者が深々とため息をつく。


 「竜核を探してほしい」

 「竜核?」

 「この船には特別に大きな竜核を動力源として積んでいた。それが何者かに盗まれてしまった」

 「では、どうしてこの船は浮いているんです?」

 「他の船のものを急遽借りてきた。おかげで随伴艦が一隻だけになってしまったよ」

 「なるほど。事故を起こしたときのために、処女航海には何隻かついて来るといううあれですか」

 「そうなんだ。それに出力が足らないから、主砲を打てるのも、どうにかあの一回だけ。あとは帰投するので精一杯。何か起きたら飛び降りるほかないね」


 そういうと乾いた笑いを勇者があげる。

 何を笑っているのだろう。勇者なのに。どこか人ごとのように話をしている。

 私は感情を置いて話を続けさせた。


 「それはいつごろ盗まれたのです?」

 「夜の9時には動力を落とすため、作業をしている船員10人が、艦艇下部の動力炉の中に入っているのを見ている。それから朝5時に始動させようとしたところ、船内の明かりが消えたまま、何も動かない。宿直していたシュガロフ少尉が異変に気がついて、動力炉を見てまわったところ、盗まれていることがわかった。すぐに艦長に報告がされ、私のところにも朝には連絡が来ている」

 「では、9時から5時の間に、船にいた方は?」

 「全員下船している。今日のために休ませていた。シュガロフ少尉は宿直だったが、船内にはおらず、停泊していたドッグのそばにある詰め所で休んでいた」

 「誰もいなかったはず、ということなのですね?」

 「だから頭を抱えている。大規模出兵を控えて兵士に不満が溜まっているなか、全員を取り調べるわけにもいかない」


 私は人差し指を唇に当てながら考える。

 誰もいなければそもそも盗まれない。だから、誰かがいたはず……。


 「不届き者がその時間に忍び込んだ可能性は?」

 「無理だろうね。何百人もの兵士が交代で朝まで船を外から見張っていた。厳重な警備だよ。招待客に何かあるとよくないからね。それに手際よく竜核が取り出されていた。力任せにこじ開けた様子がなかったのは、私もネネも見ている」

 「そんなことができそう人はいるんですか?」

 「シュガロフ少尉、ネネ、艦長、そして私。ほかに動力担当の兵員が何人か。万が一があったときのために取り外し方はみんな知っている。その安全な保管方法も」

 「そこを聞きたかったのです。どのように保管されるものなんですか?」

 「だいたい拳より一回り大きいぐらいの赤い石で、水につけていれば安全とされている。触媒がなければ、高熱は出さない」

 「ああ。では水筒のようなものに入っているかもしれませんね」

 「そんなところだとは思う」


 そんなものを盗んで、犯人は何がしたかったのか……。


 「もう少し事件のことを質問しても?」

 「ああ、もちろん」

 「たとえばですが、これを他国に売り払うというのは考えられますか?」

 「なくはないが、こんな大きな竜核を使ったら、すぐにばれるだろう。それだけ大きいものだよ」

 「それでも価値はあるものなのですね? あなたが取り戻したいぐらいには」

 「27人。この竜核を持っていたドラゴンを討ち取るために払った犠牲だよ。それをなかったことにはできない」

 「それはそれは」


 やはり犯人の動機が気になる……。

 この処女航海をだいなしにする? いいえ、結局こうやって飛ばすことはできた。兵器に使う? いいえ、扱うにはこの船と同じ巨大な設備がいる。すぐにばれてしまう。観賞用にも不向きだし、価値はあれど使いにくい。

 勇者が真剣に私を見つめながら、低い声を出す。


 「私には魔族の仕業としか思えない。叩き潰したいものだろうし、私の邪魔をしたくてしょうがないはずだ。だから……」

 「いえ。これは人の仕業です」

 「はは、バカなことを。人があんなものを盗んでどうする。宝石とは違うんだ」

 「おそらくこの船の中にまだあるはずです」

 「それこそバカだ。もう持ち出されているに違いない」

 「持ち出すのなら、その目的は『船を動かさないこと』だったはずです。犯人は発覚した朝から飛び立つまで、何か妨害をしていたでしょう。そうした動きはありませんでしたよね?」

 「ああ。そうだが……」

 「何しろ厳重警備の中、他にも盗めそうなものがあるのに、竜核だけを取っていくような人です。ふふ、うふふ。なかなか面白い人じゃないですか」

 「……何を笑っている」

 「この剣と魔法の世界では、いかようにもトリックを作れますし、いかようにもトリックを破ることができます。もっとも重要なのは『どうしてそれを行ったのか』という動機です」

 「私にはわからないな。嫌がらせでもしたかったのだろうか」

 「それを問いただしてみましょう。犯人を捕まえて」


 勇者が私に少し感心を持ったように見つめた。


 「やってくれるんだね?」

 「ええ、探偵ですから」


 私は勇者に向けてびしっと指先を向けた。


 「ただし報酬をひとつだけ」

 「国家予算の範囲内なら」

 「そんなものではありません。あなたのマフラーをほどいても?」


 勇者がとても嫌そうな顔をする。腰を浮かした副官を手で制すると、勇者は首に巻いていた白いマフラーを外していった。


 「本当に嫌な奴だな」


 すべてがしゅるりとほどけると、その首には手で絞められた痕があった。それは赤黒く、まだとても痛そうに見えた。


 「本物の勇者に首を絞められたという話は、本当だったのですね」

 「正確には帯同していた魔法使いにだけどね。満足したかい?」

 「ええ。それはもう」

 「では、私の恥辱を糧に働いてくれ」


 私は「ええ、もちろん」と言いながらソファーから立ち上がる。お茶をおいしそうに飲んでたユーリスが、それに気づくと、あわててカップをテーブルに置いた。少し名残惜しそうに、彼女も一緒に立ち上がった。

 別れの挨拶をしようとしたとき、ふと思いついたことを口にした。


 「あ、そうそう。最後にもうひとつだけ、よろしいでしょうか?」

 「しつこいな。なんだい?」

 「なぜ勇者を辞めないんです? そんなに嫌々と勇者をしているのなら、お辞めになればいいのに」

 「私には本物の勇者ほど、勇気がないんだよ」



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次話は2022年11月20日19:00に公開!

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