第8話-② 悪役令嬢は空中戦艦で勇者と会話する



 真っ白な閃光に目が焼かれるようだった。

 すさまじい轟音に体を揺さぶられる。


 少しずつ光が弱まっていく。分かれていた甲板に飛び散る稲光がみるみる落ち着いていく。

 私はまだ後ろからぎゅっと抱き締めているユーリスに、急いで声をかけた。


 「教えた魔法陣で、今すぐ防壁を展開してください!」

 「わかった!」


 私を左手で抱きしめたまま、ユーリスが右手の先を振る。白い魔法陣が素早くできると、透明な分厚い壁となって、私達の周囲を覆った。

 風が消え、音が消える。それからすぐ閃光が灯った。戦艦が進むその先のさらに遠くで、瞬間的に太陽ができたような圧力のある光が生まれる。

 それが薄れていくと、不気味な雲が湧き上がっていくのが見えた。白い輪を何重にもかぶり、それは高く伸びていく。


 「衝撃波が来ます。しゃがんで!」


 私がそう言うと、すぐに巨大な戦艦がぐらりと揺れた。

 体が飛ばされそうになるのを甲板に伏せて必死にこらえる。


 遅れて音がやってきた。ごーっという低く爆発を続ける音が、耳元にあふれていく。


 私は顔をあげた。

 戦艦の正面から私達の手前にかけて、魔法陣の防壁がとらえたものが、何万本もの黒い線となって現われていた。


 ユーリスがぺたりと座り込み、私にたずねる。


 「ファルラ、これ、なんなの?」


 その場で立ち上がりながら、私はユーリスに答えた。


 「ここは剣と魔法の世界ですが、物理定数は元の世界と同じです。光速や重力加速度、質量、さまざまな科学反応も恐らく一緒でしょう。とすれば、見つけてしまいます。私達がいた世界で、もっとも厄介で道義的に許されず、使ってしまった兵器を」

 「……え。あれって……」


 ユーリスが慌てだした。


 「ええと、あれって特殊で微小な材料を鉱石から取り出すことが必要で、うまく反応させるのもすごい計算が……」

 「魔法の世界ですからね。何か発明してしまったのかもしれません」

 「でも……、そんなのって良くないよ」

 「わかっています。ですが、もう『勇者と魔王が一騎打ちして世界を救う』という時代に戻れないのでしょう」


 私は手をユーリスに差し出した。冷たくなってしまったその手を握り、彼女が立ち上がるのを助けながら言う。


 「隕石を落としたり、高熱を取り出す方法は、魔力がすさまじく必要なので、なかなか扱いがむずかしいのです。安価で量産できて、魔力が少ない者でも敵にダメージを与える兵器……、としたら、こうなるのでしょうね。どの世界でも」

 「うーん。そうだとしたら、あの勇者さんは、もういらないんじゃ……」

 「そうでもないようですよ? 少なくてもドーンハルト先生には見てこいと言われましたし」


 頭をひねっているユーリスが、悩んだまま私にたずねた。


 「見てこい、って、そういうことだよね?」

 「ええ、おそらく。私にあれを持たせてこの船に乗せたのも意味があるはずです」

 「うーん。勇者か……。ファルラがなるっていうのはどう?」

 「何を言っているんですか。嫌ですよ。少なくてもあんなふうに貴族の横に、ずっと立っていたくありません」

 「かっこいいのに」

 「ユーリスほどではないですよ」


 ユーリスの頬に手を添える。それから小声で言う。


 「私は探偵で、あなたの恋人をしていればそれでじゅうぶんです」

 「もう、ファルラは」


 彼女はそう言って少し頬を膨らませる。それから、残念そうにハッチへと歩いていく。

 風ひとつなく、音もなく、その甲板の上を、私達は歩いていった。

 ユーリスが手をぶらぶらとさせながら、不思議そうに私へ聞いた。


 「魔法って、いったいどこから来たんだろう。魔族も。人より魔法ができる人なぐらいなのに」

 「ユーリスは、かわいいですね」

 「ええ……。急になんです?」

 「私は不思議に思うのです。転生者はバラバラな時代から、この世界のバラバラな時代にやってきています。あの兵器もこの空中戦艦も、この19世紀ぐらいの世界には過ぎたものです」

 「それはちょっと思うよ。面白いけどね」

 「私達より古い時代の人もいれば未来から来ている人もいるはずです。そんな人たちが持っている技術をこの世界にばらまく。魔法というのは、大昔からこの世界にやってきた未来の人の技術かもしれません」

 「ファルラって、案外ロマンチストですよね」


 そう言ってにししと笑う。

 私はなんとなくむっとして、ユーリスの光るおでこをぺちぺちと叩いた。


 ユーリスがおでこをかばいながらハッチへとたどり着く。

 ふたりで重い扉を開けると、その先の狭い通路に、女性士官用の黒い軍服をきっちりと着こなし、そこに亜麻色の髪を垂らしている女の人が立っていた。


 「こちらでしたか、ファルラ・フランドール様」

 「ああ、勇者のお仲間の」

 「はい、私、勇者メルルクの副官をしております、ネネ・アルサルーサと申します」

 「そんなえらい方が、私達に何でしょうか?」

 「勇者様より、ぜひお会いしたいとうかがっています」


 私とユーリスが互いに顔を見合わせた。

 ……もう少しあとで会おうと思っていたけれど、先制攻撃を仕掛けられましたか。


 「光栄なことです。ぜひお会いできればと思います。あ、その、いまからですか?」

 「はい、すでにお部屋でお待ちです」

 「なるほど、有無を言わさず、ということでしょうか」


 副官は微笑むだけだった。


 私の後ろでユーリスが重たいハッチの扉をばたりと閉めた。

 とたんに魔法でできた防壁が役目を終えて、ただの水へと代わった。すぐにざぶんという大きな音を立てて大量の水が甲板に降りかかる。私達はそんな音を後ろに聞いて、艦内へと進んだ。



■連合王国領 フレリア海上空 空中戦艦エルトピラー 上級士官用船室 デケンブリ大月(12月)1日 16:30


 部屋の扉を副官が開けると、いかにも応接室みたいな部屋だった。その革張りのソファーに、演説の横に立たされていた勇者がちょこんと座っていた。その勇者は私を見るなり、笑いながら言った。


 「やあ、婚約破棄された悪役令嬢さん」


 大人げないとは思ったけれど、その私より幼い少女に、思わず言い返してしまった。


 「これはこれは。偽物の勇者さん」



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次話は2022年11月19日19:00に公開!

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