我、新造空中戦艦の処女航海に起きた密室の謎に挑み、勇者と対峙する
欲望の空中戦艦編
第8話-① 悪役令嬢は空中戦艦で退屈する
■連合王国領 フレリア海上空 空中戦艦エルトピラー 艦底 第三艦橋 デケンブリ大月(12月)1日 15:00
冷たい鉄の壁に寄りかかりながら、その太った貴族の男を離れたところから眺めていた。
「これが映画やドラマなら、たぶん20分後にはあの男は殺されて、被害者と呼ばれているのかもしれませんね」
手にした細長いグラスの液体から、泡が抜けていく。私はそれをつまらなさそうに見つめながら、そう不穏なことを口走る。
戦艦と言っても、今日は処女航海で一般人の乗船があるため、殺伐とした鉄の床には絨毯が敷かれ、着飾って華やかな20人ほどの人々が、この一番下の見晴らしの良い艦橋に詰め掛けていた。皆だいたいこの船の建造に関わった軍閥や貴族ばかりだ。代わる代わる短めの祝辞を述べていたが、このザルトラン伯爵は、よほど自分の家の自慢でもしたいのか、もうかれこれ30分ほど話し続けている。
そしてその横には勇者がいた。メルルク・エルクノール。この世界の当代の勇者は、その伝統ある青い礼服を着て、少し困ったような顔を浮かべながら、熱弁を振るう貴族の横に立っていた。
この船は勇者の座乗艦として生まれたのだから、そこにいるのは当然と言えば当然ではあるけれど、少し彼女に同情をしていた。
私がそんなふうに思っていても、貴族の話はまだ続いている。
「我が家は1000年前、アシュワード家とともに宿敵アルザシェーラが率いる魔族の軍勢を打ち破り、その功績により伯爵として銘じられた由緒ある一族である。ゆえに本艦の建造に関わることは当然のことであり、そして王家を支える一員として大変な栄誉である。ここにいる勇者殿と最新の本艦を以てして、北方の魔族どもを一掃してくれると強く確信している。我々は一致団結し、二度とグレルサブの惨劇を引き起こさないために……」
窓の下には雄大なフレリア海の、青く澄んだ海原がどこまでも広がっていた。いまは冬だと言うのに、飛行しているこの南方では、まだ青い空が残っていた。雲の合間から海へと光が差し込んでいるのが遠くに見えている。
景色を眺めながら小さなため息をついていたとき、聴衆たちに気づかれないように抜け出してきたイリーナが、私の横に嬉しそうに立った。
「ファルラちゃんは、壁の花なんですか?」
「そうです。叔母様主催の舞踏会より、きついものがありますね」
「あら。戦艦のお披露目なんて、どこもこんなものですよ?」
「そうだとしたら、こうした試乗には今日でこれっきりにしたいです」
私はグラスの液体を喉に流し込む。気が抜けた、なんともしまらない味がした。
何も入っていないグラスを手で揺すりながら、私はイリーナになんとなく聞いてみた。
「それにしても、なぜ軍艦に貴族が関係しているんです?」
「逃げるときに必要ですから」
「うん? 意味がわかりません」
「自分のお金を出して作らせた軍艦なのだから、魔族が攻めて来たらそれに乗せて助けろ、という理屈です。王家もこれを推奨していますよ?」
「ひどい話に聞こえますが……。それは王家にお金がないからですか?」
「ええ、そうなんです。昔からそうでした。軍人、物資、武器、研究。みんなアシュワード家に忠誠を誓う人たちが出しているものなんです」
「……わざとそうしていませんか?」
「ふふ、どうでしょうか」
イリーナが花を散らしたようににっこりと笑う。さすが世界最大の大富豪様。なかなかに腹黒い。王家は貴族に競わしてお金を貢がせる。代わりに貴族は戦いに負けても王家のせいにできる。そのほうがお互いに都合が良いのだろう。
でも、そうなると「アシュワード家の栄光」とやらがなければ、人や物は寄り付かないはず……。そうなら……。
「ファルラー。艦長から許可をもらってきたよ」
いろいろ考えていたら、奥の通路からユーリスがやってきた。こういう場では女性ふたりでやってくるのは奇異の目で見られるので、今回もユーリスには男装してもらった。金糸の豪華な刺繍が入った濃紺のジャケットに、束ねた銀髪がよく似合っている。日の光窓がゆっくりと差していき、その瞳が金色に輝いていく。
いい、かなりいい……。
「イリーナは良い仕事をしましたね」
「そうですとも。たいへん面白いでしょう?」
「ええ、同意します」
じろじろとつま先から頭まで舐めるように見るふたりに、ユーリスはきょとんとして言う。
「なにか変です?」
「いえ、何も。強いて言うなら、今日もユーリスはかっこよくてかわいい、ということです」
手にしていたグラスをイリーナに預ける。
「すみません、イリーナ。ちょっと行ってきます」
「どこへです?」
「空の上へ」
■連合王国領 フレリア海上空 空中戦艦エルトピラー 上部甲板乗降デッキ通路 デケンブリ大月(12月)1日 15:20
「本当にいいんですか?」
体格のいい好青年のお手本のような王立空軍シュガロフ少尉が、私に実用本位な分厚い防寒用コートを渡しながら、何度目かの同じ質問を言った。
私はそのコートのひとつをユーリスに渡すと、狭い通路の中で配管に引っ掛けそうながら着込んでいく。
「艦長に許可はいただいています」
「それはわかってますが、もう巡行高度ですよ。風と寒さでやられてしまいます」
「魔法でしのげます。魔法学園にいた頃は、この高さまでよくワイバーンを上がらせていました」
「でも、ですね……」
私は重いハッチを力を込めて開けた。そのわずかな隙間から、身を切るような冷たい風が一気に流れてきて、私の体にぶつかる。
それに負けないように声を張り上げた。
「ユーリス! 耐寒風防魔法を!」
返事をする代わりにユーリスが指先を向ける。ほとばしる光の線が魔法陣をつむぎ、それが私のコートを通して体に沈んでいった。
呆れている少尉に私は大声で言う。
「もうすぐ艦砲射撃の時間です。配置についたほうがお互い良いのでは?」
少尉は仕方がないという諦めた表情を浮かべると、通路を逆に戻って行った。
私はハッチに力を込めて全開にした。猛烈な風が流れ込む。飛ばされないようにハッチの手すりをしっかりと握り締めて前を見た。
どんよりとした灰色の雲の中に潜り込んでいる。ときおり白いもやの塊が私の目の前を猛スピードで通り過ぎていく。
私とユ―リスは意を決して外に出た。
空中戦艦の上部甲板。
ひたすら強い風が私達を襲う。
周囲には何十というプロペラが上を向き、すさまじく大きい回転音で私の耳をつんざく。
ふたりで手をつないで、慎重に歩く。
真ん中まで来ると、私は戦艦が進む方向へと振り向き、前を見据えた。
風が轟音を立てて私に吹き付ける。雲の塊が目の前から飛び込んでくる。気を抜けば、すぐにでも空の上へと飛ばされてしまうだろう。
ユーリスはゆっくりと手を離すと、私の後ろに抱き付いた。耳元に寄り添い、私に聞こえるように言う。
「これから何が始まるんです?」
「見ててください。そろそろ時間です」
大きな機械音がした。ガツンガツンと足元が揺れる。そのまましゃがみ込みたくなる衝動を抑えて、私は腕を組み、仁王立ちになって前をにらみ続けた。
戦艦の甲板の先端が左右に分かれていく。青い稲光がほとばしる。少しずつそれが広がっていく。
この世界では火薬は発達しなかった。代わりに魔法で発生させた電気を使い、通電する物体を電磁気力で飛ばす技術が昔から発達した。
転生前の記憶で言えばレールガン。電磁投射砲。
その小さなものは雷銃と呼ばれ、さっきの少尉もそれをハンドガンの形にして腰にぶら下げていた。
いま目の前で広がっているそれは、「世界最大の大きさまで雷銃を大きくして、空に飛ばしてみた」という、実にでっかくて熱いバカの見本のような代物ものだった。
空気にツンとするオゾン臭が混じる。飛び散る静電気で毛が逆立つ。
甲板が極限まで開き、刺さっていた巨大なボルトが大きな音を立てて沈む。
壮絶な雷の音がどんどん高まっていく。
さて、この世界の人類はここまで到達してしまった。魔族に多くを殺され、奪われ、生き残るために、ここまで歪んでしまった。
「見せてみろ。人の業と欲の果てを!」
瞬時に音と光が爆発した。
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作者が「ゴリアテを呼び寄せたな」と叫んで喜びます!
次話は2022年11月18日19:00に公開!
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