第7話-終 悪役令嬢は事件を解決し、田舎の屋敷を後にする


 「まず、いくつか確認したいことがあるんですが……」

 「どんなことかな?」

 「ええと、ですね。ルドルファス家であなたの正体に気が付いていたのは、父上と兄君のふたりだけなんです。そうでないと姉君や屋敷にいる人たちが取る行動が違うはずです。この家に生まれる男子に受け継がれる何かがあると思うのですが?」

 「ああ、私はそういう呪いをかけた。人か魔族かわかる目を持たせた。取引に不便だったのでな」

 「やはり1000年前、直接ルドルファス家の先祖と対峙したのは、魔王、あなたですね?」

 「そのとおりだよ。この家の者は1000年前から変わらない、頑固者ばかりだ」


 私はちょっと嬉しくなった。私の推理が当たっている。

 そうなら……。


 「その取引とは、私が思うに、壮絶なペテンだった」

 「ほう」

 「あなたが魔王になったばかりのことです。魔族にも人類にも安定が欲しかった。だから、アシュワード家の元に集う人類と、それに対する魔王アルザシェーラと魔族、という対立の構図が欲しかった。そうですよね?」

 「そうすれば不穏な動きを見せる者の目が、敵のほうに向くからな」

 「そうなんです。共通の敵があれば、みんな一致団結する。そんな予定調和にルドルファス家の先祖が片棒を担いだ」

 「おとなしく魔族の死体をアシュワードへ渡しておけば良いものを」

 「それが嫌になったんでしょうね。彼の正義が目覚めてしまった。そして魔族の方を脅した。脅せるだけの力を持って」

 「お前はそれがなんなのかわかっているのか?」

 「ええ、もちろん」


 魔王が目を細めて、私を見つめたままため息をつく。


 「破壊するか、どこか手の届かないところに遺棄する必要が出てきた。ここをグレルサブのようにしたくはなかったのでな」

 「そうです。この家を乗っ取ってまで欲しかった物がここにはあるんです。それを兄君マクナビス・ルドルファスに持ち出してくるよう魔王は脅迫した。なにしろ魔族では手にすることもできない物ですから、人の手で持ってくる必要があった」


 私と魔王を遮るように男爵が低い声を出す。


 「あれはそんなことを一言も言っていなかったぞ」

 「それはそうでしょう。人類の敵を家にのさばらしておく父親なんて幻滅されますよ」

 「……だから言ったのだ。ほっとけと」

 「ほっとけなかったのでしょう。事情を知らない姉君もいましたし。そうですね。たとえば家族を殺すとかなんとか、脅されたのでしょう。守りたかったのですよ、この家を。家族を、もちろんあなたも」

 「……」

 「それにあなたは死せる奥方をなんとかしてくれと魔王へ泣きついたのでは?」

 「なぜ、それを!」

 「自明ですよ。奥方が亡くなる前にこちらを描かれたのでしょう? 魔王が描かれなかったのはそのときに魔王がいなかったからです。都合よく現われましたね。さては奥方が亡くなった原因も?」

 「なんだと!」


 魔王は笑い出した。あははと腹を抱えて、愉快そうに笑っている。


 「何でもかんでも魔族のせいにするな。あれは先天的な病だった。私が知る魔法では救えない。アンデッドにするなら別だが」

 「あなたのような存在でも、そうなのですね?」

 「私は神ではないからな」

 「でも、あれですね。そうなら、よく家族がひとり増えて、ばれませんでしたね」

 「認識阻害魔法の逆をすればいい。私はお前たちの家族の一員だと常に見せ続けると、人は自分をだますようになる」

 「さすが人類の敵。1000年の英知です。どうでもいいことですが」

 「なに?」


 さすがに怒ったらしい。笑みが消え、むっとした表情を私に向けた。

 本当のことなのに。では、もっと本当のことを言ってやりましょう。


 「兄君はあなたといっしょに馬に乗って、屋敷より遠く離れたところで話し合いをしていた。屋敷にいる事情を知らない人たちに聞かれたら困りますからね。そして決別。兄君は譲らなかった。逆に脅し返したのでしょう。魔王とルドルファス家の関係を公にするとか。だから、あなたは犬を見せた。欲しいものを持ってこないとどうなるか、犬を使って脅した」

 「その通りだ。だから、この家の者は厄介なのだ。頑固すぎる」

 「そこで不思議なことが起きました。少し教えて欲しいのです。現場には抵抗した痕跡がありませんでした。ただ立ったまま喉笛を犬に食いちぎられているんです。戦おうとすればできたでしょうに」

 「私が彼に自殺を促したと?」

 「違いますか? それともお前の命で許すと言ったとか?」

 「違う。あれは事故だった。不用意にあれは手を出した。痛みで苦しんでいる黒い犬には、それだけで自分を攻撃しようと感じたんだ」

 「本当に? あなたには都合がよかったですね? 姉君はいなくなりましたし、あとはこの父親がなんとかすれば、それが手に入る」

 「違う」

 「あなたが命じなくてもそうなるように、兄君を追い詰めたのでは? 自分さえいなくなれば、こんなことを知っている自分さえいなくなれば、いま目の前にいる犬に食われてしまえば、みんなみんなきっとうまくいくって、あなたは日ごろからそうやって追い詰めた! 自分では手にすることもできない物のために!」

 「くどい! ……まったく。魔王を問い詰める人間がどこにいる」

 「ここにいますよ。私は探偵です。犯人に真相を吐かせるのは当然のことです。ええ、勇者が魔王を退治するのと同じ、当たり前のことだと思いますが」

 「……お前。どこまで知っている」

 「さあ」

 「さあ、だと?」

 「そうそう。あなたがこの家を乗っ取ってまで欲しがっている物は、人造神様と同じほどの脅威なのでしょう? ふたつ組み合わせたら、どうなるんでしょうね?」


 私はいたずらっ子のように笑う。

 そして心配しているユーリスの手を握った。その冷たい手を温めるように握りしめる。


 魔王の欲しいものは用意した。だから、こうして魔王の感情を揺さぶっている。この後に示す選択肢が選ばれやすくなるように。

 本当に気分を害してしまえば、ユーリスがいたとしてもどうなるかわからない。私はぎりぎりのところを渡っている……。


 そんな私を魔王がにらみつける。


 「なあ、ファルラよ。そもそも人が神を作ってはいけない」

 「なぜです?」

 「すでに人は祈りと己が持つ願望で神を作っている。だからお前のような特殊な能力を持つ転生者が、この地にあふれる。殺しても殺しても湧いてくる」

 「それはたいへんですね」

 「そんな神が地上で実体を持ったらどうなる? あのグロテスクな試験管が量産されるだけだ」

 「そうですね。そんなにお嫌いなら量産させてみましょう。もう少しポンコツではないものをひとつ作って、神に神を作れと願えばいい。そして大量の神様の前で願うんです。魔族を亡ぼせと」

 「黙れ、人間。そんなことはさせない。すべての神は我々が血祭りにあげる! 死体の山を築いてでも、我々は神を作らせない!」

 「なめるな、魔族。追い詰められたら、我々人類は何をするのかわからないんだぞ!」


 怒りのあまり、すごい形相になっている魔王に私は言った。


 「交渉しましょう」

 「なに?」

 「ここにあるものはあげられませんが、もうひとつのものはあげられます」

 「……ギルファの遺産」

 「そういうことです」


 あわててユーリスが握っていた私の手を引く。


 「ファルラ、だめです。あれはだって……」

 「ええ、私はお母さんを売りますよ、この魔王に」

 「そんなことしたら、もうお母さんに会えなくなるんですよ?」

 「私とお母さんは離れていたほうが良いのです」

 「いくらなんでも離れすぎです」

 「あのとき、助けてもらった人に言われました。魔族と人の差は確かにあってよいと。私と母の差もあってよいのだとしたら、私はその差を会えない距離にしておきます。そのほうがお互い幸せなんですよ、きっと」

 「でも……」

 「ユーリスは心配してくれているんですね。大丈夫です。私は別の手段でユーリスの延命を叶えます」

 「違う。そんなことじゃなくて」

 「それに魔王に渡したところでなんともなりません。せいぜい脅威のひとつが消えて喜ぶぐらいでしょう? あれだけ神を作るのを嫌がっているのですから、何もしないはずです」

 「そうだけど、本当にファルラはそれでいいの?」


 良いわけがない。でも、この場合は仕方がない。

 ここですべてを魔王に取られてしまったら、私は王家から不要の役立たずと判断される。ユーリスといっしょにいられるために差し出した対価。それは王家と人類のために尽くすこと。そして……。

 私は母より、ユーリスを取った。だから、こう努めて明るく言った。


 「どうですか、魔王アルザシェーラ。私の話に乗りますか?」


 そう呼ばれた魔王は、こちらをにらみながら、興味深そうに言った。


 「良いだろう。断る理由はない」

 「あれはグレルサブの屋敷の3階にあります。黒い犬が部屋の前で見張っているはずです。逆にそれを目印に。あなた方、魔族でも持ちやすいように呪符とかは外しておきました」

 「ああ、わかった。貰い受けよう」

 「では、こちらにはもう?」

 「ふふ、そうだな。あきらめてやる」


 これは……。私は勝てたのか。

 表情を変えずにダメ押しで言ってみる。


 「もう二度とこちらにはいらして欲しくはないのですが」

 「私はこれでも愛しているんだ。人を。この醜くも小賢しく、こんなにもかわいい人を。この家の頑固な人々を。ギルファも。そして、お前も」

 「私もそう願っていますよ」


 魔王が立ち上がると、少し満足したように私たちへ言う。


 「良い推理だったよ。残念だが犯人は退室させてもらう」

 「ええ、ぜひお帰りください。闇の果てまで、ぜひ」

 「ファルラ、そしてユーリス。また会うのだろうな」

 「私はあまり会いたくないのですが……。そうなってしまうでしょうね、魔王アルザシェーラ」

 「ふふ、そうだな。そうだとも」


 かつて人であり、いまはすべての魔族を統べる、少女にしか見えないその王は、私達へにこやかに言った。


 「その日を楽しみにしている」



■連合王国領ダートム ルドルファス家礼拝所 ノヴバ小月(11月)23日 11:00


 祭壇の前にある月を模した白い球体を見ながら、私と男爵はぽつりぽつりと話していた。


 「親というのは、どうして子供の結婚を見たがるのでしょうね?」

 「そういうものだ。子供の幸せな姿を見ることが自分の幸せになる」

 「兄君は残念でしたね」

 「……ああ。それでも幸せだったかもしれない。あれの最後は本当なのか?」

 「ええ。周囲に争ったりした後はありませんでした。そもそも暴れたら、あんなきれいに現場が残っているはずがない。下草はめくれ、人の足跡がもっと激しくついています」

 「そうか……」

 「姉君はこちらで結婚式を?」

 「いや、王都の月皇教会で行うと聞いた」

 「素直に謝って行ったほうが良いですよ。親なのでしょう?」

 「そうだが……」

 「もう済んだことです。謝っても謝り足らないのなら、もっと謝ってください。そうでないと、私みたく二度と会えなくなります」

 「ふむ……」


 男爵がずっと模造品の月を見て考えている。

 私はそれにかまわず、執事から借りてきたあの重いステッキをぶんぶんと振り回した。


 「さて、魔王が欲しがっていたものを見せましょう」


 男爵がずっと見つめていた作り物の月に一撃を加える。白い石膏の粉と破片が祭壇にばっと飛び散った。


 「なんてことを! 月の天罰が当たるぞ!」


 そう怒鳴る男爵を無視して、私は何度もご神体になっているそれを打ち据える。

 光る物が見えてきた。

 慎重に突き崩す。

 そうして出てきたのは、一振りの剣だった。見事な文様が剣に浮き出ている。握る柄には宝玉がいくつも埋められ、それがきらりと光っていた。


 「ご紹介しましょう。これが勇者が使ったと言われる伝説の剣です」

 「なんだと! なぜ、この剣がわが家にある!」

 「わかりきったことです。男爵閣下の祖先はアルザシェーラ家と魔族から、人類を守った勇者その人です。恐らく力ではなく口先だけで」

 「馬鹿な。ではアシュワード王家の正当性はどうなる! あれが魔族を退けた家だから、我々貴族は付き従っているのだぞ!」

 「どうでもいいです、そんなこと」

 「そんなことって……」

 「少なくても勇者はいました。妹と父を守り、魔族のたくらみを退けようとした。自分の命をかえりみず。兄君はじゅうぶん勇者だったのでは?」

 「ぬう……」


 私は剣を瓦礫の中から取り出した。魔族には触れることすらできない、その聖なる剣を。


 「とても1000年前の剣とは思えませんね。魔族が壊したがるわけです。実際この剣だけで魔族が入ることができない聖域を作れていますし」

 「あれは剣とは一言も……。私にはこの屋敷をまるまる寄越せと言っていたのだぞ?」

 「屋敷はおまけです。200年前、屋敷と一緒にこの礼拝所を作った人は、これが何なのか知っていたのでしょう。おそらくそのときに黒い犬の伝承も変わっています」

 「なぜ、そんなことを……」

 「あれだけ脅かしておけば、ご神体をぶち壊す人なんて出てこないでしょうから。夜中にお化けが出ると言って子供を脅す親と一緒ですよ」


 私は剣の刃のほうをそっと持ち、呆然としている男爵に柄を向けた。

 それを握ると男爵は剣を縦に持ち、興味深そうに刃をのぞき込んだ。その姿はわりと絵になっていた。案外1000年前は、こういう感じで勇者が立っていたのかもしれない。


 私はパンパンと手を叩いた。


 「これで解決です。魔族は消えました。あなたたちの呪縛も解けた。これからどうするかは、男爵と姉君にお任せします」

 「ぬうう。待て……」

 「あ、この件は私の胸に閉まっておきます。そのほうがよいでしょうから」

 「すまぬ。私の一存では対処がむずかしい」

 「国王陛下と内密にご連絡を。悪いようにはならないはずです。それには姉君の旦那さんが良い働きをしてくれるでしょう」

 「そうだな……」

 「では、男爵閣下。これにて探偵は去ることとします」

 「ああ。世話になった。ファルラ・ファランドールよ、いろいろとすまなかった。ありがとう」

 「いえいえ、どういたしまして」



■連合王国領ダートム ダートム駅前 ノヴバ小月(11月)21日 14:00


 ルドルファス家の馬車で送られてダートムの駅へと着いた。

 来たときとは違い、あたりは一面の雪景色になっていた。

 執事の人に持たされたバスケットがまだ温かい。「お昼は列車の中でまた食べましょう」とユーリスと話しながら馬車から降りていると、下男のマルケスが私にたずねてきた。


 「結局、黒い犬はいたんですか? あんなのがいたと思ったら、ぼちぼち外も歩けやしない」

 「ええ、いましたよ。私がステッキで打ち据えて追い返しました。もう出ることはないでしょう」

 「すごいな、あんた……。まるで勇者みたいだ」

 「勇者ですか。そうですね……。そうだといいですね」


 私はただあいまいに微笑んだ。

 ユーリスに手を貸して馬車から降ろしてあげる。振り落ちる雪が私達の間で溶けていく。

 下男が馬車の扉を閉めようとしながら、不思議そうに声をあげた。


 「あれ。そういや女の子を乗っけてたような……」

 「いましたよ。たまに思い出してあげてください。愛しているそうですから」

 「はあ」


 私は少し笑うと、下男に礼を言う。それからユーリスの手を握り、暖かい駅へと入っていった。



■王都アヴローラ アヴローラ中央駅ドーム下ホール ノヴバ小月(11月)21日 20:30


 旅行鞄を持ったユーリスが、眠そうにあくびをしていた。


 「おうちに帰るまでが旅行ですよ」

 「それ、遠足じゃなくてもいいんですか?」

 「何にでも応用はできますよ」

 「楽しかった、とは思うんです。いろいろあったけれど、事件は解決できましたし、私達もあの日を振り返られて……」

 「私は推理します。きっと家に着くなり『やっぱり我が家がいちばんだ』とユーリスが叫んでいるだろうと」

 「それはたぶん当たりです」


 私達はくすくすと笑い合う。


 「もう、ファルラちゃんは。また私を置いて面白いことを」


 その声に振り向くと、高そうなコートを羽織ったその人が立っていた。


 「イリーナ! どうしてここへ?」

 「これを渡して欲しいと、ドーンハルト先生から言われたんです。パン屋さんに行ったら、ヨハンナさんが今頃駅に着くだろうって。なんでも新婚旅行だとか」

 「こんな血なまぐさい新婚旅行なんてありますか」


 手渡された封筒を開け、中身を見る。そこにはこう書かれていた。


 ――新造空中戦艦エルトピラー。試乗会招待状。


 「ええと、ああ、開かれるのは10日後ですね……。なぜ、先生はこれを?」

 「さあ? ファルラちゃんがそこにいることがだいじだととしか」

 「また、めんどくさいものを……。ドーンハルト先生がからむと、だいたい魔族が関係していて、ろくなことには……」

 「私も同じように招待されていますの。ユフス家として、建造にお金を出していますから」

 「まあ、イリーナはそうでしょうが……」


 次の舞台は豪華客船ですか。もっともこちらは戦艦のようですが。

 はて、ナイル川を渡るあれの結末はどうだったかと記憶を探る。


 ユーリスがそんな私の手を握って、ぶんぶんと振り出した。


 「さあ、探偵さん、謎を解きましょう。向こうからやってくるなんて、願ったり叶ったりです!」

 「ユーリスは元気ですね……。まあ、そうですね。そうしましょう」


 私は不敵に笑いながらこう言った。


 「楽しめる謎だと良いですね」



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次話は2022年11月17日19:00に公開!

第8話欲望の空中戦艦編開始!

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