第7話-⑭ 悪役令嬢は自分の母と対面する
驚いたユーリスが私を見つめる。
「え……。ファルラのお母さんは私が……」
「体の方はサイモン先生達がどうにかしたっぽいですが、ええと……、見せたほうが早いですね。人造神様のちょっと下のほうの封印をいっしょにかきわけてくれますか?」
「手伝う、けど……。そんなことして大丈夫?」
「噛みついたりしませんよ」
「もう。そうじゃなくて」
「ほら、この封印です。ここがちょっと入り組んでて」
「……こう?」
「ああ、そうです。やっぱりユーリスはうまいですね。ここと、それもお願いします。あとここをこうして……。ほら、穴ができた」
「なんか漏れていない?」
「大丈夫です。せいぜい人造神様の体液でしょう」
「ええ……」
「人造神様は人が元になっています。人体をバラバラに刻んて直径1メートルのガラス瓶に詰め込んだとしたら、どれぐらいの高さがいると思います?」
「……ああ、そっか。つまり、この高さなら容器の下は空いてる……」
「意外と抜けていましたね、先生たちも。まあ、封印を仕掛けるだけで精一杯だったのでしょうけど」
私は奥の方を探る。手にかかったものをひっぱりだす。黒い布でぐるぐる巻きにしたバスケットボールよりちょっと大きいものを抱えて立ち上がる。それから、ゆっくりとその黒い布をめくっていく。
母の生首が現われた。その顔を私に向けて抱える。
寒いだろうとコートで覆っていたら、目をパチリと開いた。
「まったく、この子は。3年もほったらかして」
「仕方がありません、お母さん。ようやくここに来ることができたのですから許してください」
「そうね。おかげで研究ができました。いっぱいたくさん、頭の中で。だから許してあげます」
「それはそれは」
ユーリスが、それはもうすさまじい顔でこっちを見ていた。
「ええとですね、ユーリス。ほら、願い通り私が死ぬと、野ざらしになる母が不憫だなと思って、この下に置いといたのです。私がこれから起動させようと決意していたときに、人造神様を覆っていた黒い布で巻いて、ぽいとそこへ」
「どうして、生首のままで生きてるんです?」
「絶命するには時間がかかるというあれです。人造神様の願いは生きることでした。だから生かされてしまったというわけです」
「ファルラ、おかしくないです? それならなぜ体が戻らない……」
お母さんが声を上げ、私達に割りこんだ。
「ちょっと、ファルラ。しばらくぶりに会ったと思ったら。この子とよろしくやっているということなの?」
「よろしくって、もうちょっと言い方を……」
「ほら、お母さんに見せてちょうだい」
「あー、はいはい。めんどくさいですね、これ……」
「あら、まあ。私、こんなきれいな子に私が殺されちゃったの? ねえ、あのときからだいぶ大きくなったんじゃない?」
ユーリスを見る。
降りしきる雪の中、彼女はうつむく。
何かを心に決めたように謝りだした。
「あの……、ごめんなさい」
「いいのよー。あれでしょ、みんな悪いのは大公と魔王だから。仕方ないわよ」
「そうは言っても……」
「気にしないで、って言っていいのかわからないけれど。ファルラのことたいせつにしてくれているんでしょ? それなら、いいわ」
「でも……」
「ねえ、あなたたち夜はどんなふうに過ごしてるの?」
私はこほんと咳をして、母の首を私へと向けると、微妙な方向になりそうな話を引き戻した。
「母の頭には、人造神様の設計図が詰まっています。ギルファの遺産。これが正体です。だから微妙に会いたくなかったのですが……」
「そんなこと言わないの。あなたは私の子供なんだから。あ、ユーリスちゃんもだからね」
「お母さん、まだ安全にグレルサブから頭を持ち出す方法が見つかりません。サイモン先生が切断した小指を持ち出したり、魔族が使役していた犬は外に出せたようなので、何か方法があるはずなのですが……」
「いいわよ。それにこの魔法の影響が及ばないところに出たら、たぶん死んじゃうかも。ここなら何千年も待てるし。そのうちいい方法を人が見つけるでしょう」
「ごめんなさい、お母さん。それと、もうひとつお詫びがあります」
「なあに?」
「コーデリア先生が亡くなりました」
母が黙る。私はそれに付き合った。
雪がひらひらと舞う暗い空を見つめながら、母が口を開いた。
「そう……。大失敗したわね、私達は。……やんなるわ」
雪が母の顔に落ちていく。
溶けた滴は、まるで母が泣いているように見えた。
私とユーリスは、それをただ見守っていた。
「魔族の血を分けられた者を延命させる方法はないの。コーデリアや私が見つけられなかったのだから」
「でも、見つけてもらわないと困ります」
「ユーリスちゃんもそうなのね」
「はい。コーデリア先生は同じ最後になると言ってました」
「そう……。猶予は?」
「あと9か月」
「むずかしいわ。でも、まあ。考えてみる。お母さん、頭良いんだから」
「お願いします」
「そんな顔しないで。ああ、もう。私に抱きしめられる体があればいいのに。そうしたらぎゅーってしてあげるんだけど。あ、代わりにユーリスちゃんがしてあげて」
「わ、私ですか?」
布を母の頭にかぶせようとしたら、それが抗議の声を上げる。
「ちょ、ちょっと。もうおしまい?」
「はい、用は済ませましたし」
「この子は……。ねえ、せめて景色が見ていたいわ。ずっと真っ暗だったんだし」
「外に出しておくと、誰かに見つかりますよ?」
「なら、あなたの部屋はどう? 鍵が外からかけられるし。窓際ならよいでしょう?」
「ああ、なるほど。そうしましょう。ユーリス、バーゲストと言いましたね、あの犬を番犬にしてもらってよいですか? このまま外には、いられないでしょうし」
何か言いたそうにユーリスがこちらを見つめていた。どうにか言葉を探して話そうとするけれど、それを止めてしまう。
母が母親らしいやさしい声で、そんなユーリスをなぐさめるように言う。
「いいのよ、ユーリスちゃん。気にしないで。もう済んだことなんだから。これからもファルラと一緒にいてあげてね」
ユーリスの顔が少しだけほころぶ。そして、こうつぶやいた。
「ありがとう、お母さん……」
「そうね。次はファルラと一緒の白いウェディングドレス姿が見たいわ」
何を言っているんだ、この母親は。
思わず母の頭をぐにぐにと揉みしだいてしまった。
痛い痛いと喜んでるのか怒っているのか、わからない声を上げる母をほっといた。
そして思う。
なぜ親というものは同じことを言うのだろう。まったく……。
■連合王国領ダートム ルドルファス家本宅一階食堂 ノヴバ小月(11月)23日 7:00
食堂の暖炉には火がくべられ、窓から見える景色とは真逆の温かい空気が流れていた。
私の目の前には、それを重苦しく変えるようにルドルファス男爵閣下その人が座っていた。
苦悩の表情を浮かべ、腕組みをして、席に着いている私とユーリスを眺めている。
ようやくその口が開き、私達へ疑り深くたずねた。
「事件を解決したと執事から聞いたが?」
「少なくても脅威は去ったはずです」
「はったりではないのか? 我が家が1000年も苦しんでいたことなのだぞ?」
「それはもうまもなく終わるでしょう」
食堂の扉が開く。
カツカツという靴音を立てて、その人が入ってきた。
暖かそうな白いワンピースをひるがえし、テーブルの横を通っていく。
男爵の腰が浮く。椅子が後ろに倒れた。「どういうことだ」と声を張り上げる。
私は澄ました顔で聞いた。
「あのまま魔族領へお帰りになられたのかと思いましたよ。魔王アルザシェーラ」
「見届けると言ったろう?」
「始めて会った駅でそのように言われましたね。では、探偵らしく、私の推理をここで披露しても?」
「ああ、頼むよ」
「男爵閣下も、どうかお座りください。今からお話しする内容によっては、人類が滅ぶかもしれませんから」
ふふ、うふふ。
私は少し面白くなってきて笑ってしまった。
男爵が倒れた椅子を直して、どかりと座る。少女の姿をした魔王は、そこからひとつ空けた椅子に座り、私に話をするようにうながした。
「では、始めてくれないか?」
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作者が自分の母親のアレな発言を訴えながら喜びます!
次話は2022年11月16日19:00に公開!
第7話グレルサブの黒い犬編は、いよいよ完結!
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